第17話 旅立ち
崖の淵から巨人のような手が現れ、その次に巨大な龍のような顔がぬっと現れた。龍型バリアントは燃えるような真っ赤な目で兵士たちを睨みつけた。
兵士たちは初めて見る龍型バリアントの姿に尻込みし、一人、また一人と逃げ始めた。フランクも唖然とした表情でドラゴンを見上げた。
「ここは、あいつの縄張りだったのか……」
プレイズはバリアントの体つきを注視した。以前ファスト村で闘った巨大バリアントとは違っていたが、顎下のウロコが他の場所に比べて薄いのを見逃さなかった。
「奴は炎を吐くぞ! バンディーさん、伏せて!」
突然ドラゴンは空気を吸い込み顎下を膨らませた。そして逃げて行く兵士たちに向かって一気に炎を吐いた。兵士たち全員が一瞬にして火だるまになって倒れ、その炎の熱波はプレイズたちにも襲いかかった。とっさに伏せていたプレイズとバンディーはその直撃からまぬがれ背中を少し焦がすだけですんだが、立っていたフランクはそれをもろに受けてしまった。
「くそっ……化け物め……。許さんぞ……」
大火傷を負ったフランクは燃えるマントを脱ぎ捨て、ドラゴンを睨みつけながらふらふらと歩き始めた。そして持っていた剣を捨て、プレイズが落とした殺龍剣を拾い上げると、ドラゴンに向かって中段にかまえた。
「やめろっ!」
プレイズが叫んだ。
「うるさい! この剣さえあれば俺も化け物と闘える。きさまのような卑しい奴にできて、特殊部隊長の俺にできないはずがない。来い! 化け物!」
バリアントはフランクの様子を伺うようにしばらく静観していた。
「何している……。そっちが来なければこっちから行くぞ!」
フランクはバリアントに向かって疾走し、その手前で殺龍剣を上段に構えながら飛び上がり、渾身の力を込めてバリアントの体に振り降ろした。しかしバリアントの硬いウロコはその刃を簡単にはじき返した。
「なにっ!?」
狼狽えるフランクをあざ笑うかのように、バリアントはグアグアと吼えると、目にも留まらぬ速さでフランクに噛みつき、そのまま頭を振ってフランクの体を空中に放り投げた。
「うわあーーっ!」
フランクの悲鳴が谷底に消えていった。
さらにバリアントはプレイズたちに気づいて身を乗り出した。プレイズはとっさに逃げようとしたが、恐怖で体が固まり動けなくなったバンディーを置いて行くわけにもいかず、その場に留まった。二人は覚悟を決めた。ところが、バリアントはそれ以上近づくことなく、二人をしばらく見続けた後、体をゆっくりと後退させ、そのまま崖下へ戻っていった。
「どうしたんだ……。なぜ襲って来ない?」
唖然とするプレイズに、バンディーが何かに気づいたように言った。
「どうやら、バリアントはプレイズ様のことだけを見ていたようです。もしかしたら、プレイズ様が有名なバリアントバスターであることを思い出して怖気づいたのでしょうか」
「いくらなんでも、それはないですよ……」
プレイズはその意見を否定した。しかし、バンディーが言うように、バリアントが自分だけをじっと見ていた事は否定できなかった。
(もしかしたら、またこれに救われたのかな……)
プレイズは左手のブレスレットを顔の前に掲げ、目を閉じ耳をすませてみた。もしかしたらゴースト退治の時のようにソフィアの声が聞こえてくるのではないかと思ったからだ。しかし、声は聞こえてこなかった。
「バンディーさま〜!」
森の中からダミ声の男が数人の仲間たちを従えて走って来るのが見えた。
「おまえたち、だいじょうぶだったのか」
「へい。おかげさまで……」
「つまり、途中でさっさと逃げ出したわけだな」
バンディーが男たちを軽蔑したような目で見ると、全員がばつの悪そうな表情で目を伏せた。
「まあいい。今となっては命があっただけでも幸運なのかもしれない」
そう言ってバンディーは立ち上がって周りを見渡した。そこはまるで戦場の跡のように無残な光景が広がっていた。
「プレイズ様が怪我をされた。俺たちの小屋までお連れして介抱してくれ」
男たちは「へい!」と返事をし、プレイズを両脇からかかえて立たせた。
三日後――。
肩の傷が少し癒えたプレイズは、山賊の小屋から出て眼下に広がる景色を見ていた。
山賊の小屋は山の頂上付近にあり、そこから北にプレイズが住むルーウィン王国の城下町、そしてはるか南にテクニア王国の城塞都市がうっすらと見えた。
バンディーが後ろから声をかけた。
「おからだの調子はいかがですか」
「おかげさまで、すっかり良くなりました。今回の件に関してはなんとお礼を言ってよいかわかりません。バンディーさんたちは僕の命の恩人です」
「命の恩人……。ありがたきお言葉です。これでファスト村での恩返しができましたかね」
バンディーは照れ臭そうに笑った。
「しかし、山賊の皆さんには気の毒なことをさせてしまいました……」
「気にしないでください。奴らはいつも、自分たちような人間はろくな死に方はしないだろうと言ってました。半面、せめて最期ぐらいは、ほんのわずかでも人様の役に立って死にたいものだ、とも言ってました。それが、どうやら実現できたようです。たぶん、奴らは今頃あの世で喜んでいるかもしれません。だからプレイズ様はこれからもどんなことがあっても、誇りあるバリアントバスターとして世の中のために活躍していってください。でないと、あなたを守った連中ががっかりするかもしれませんよ」
プレイズはバンディーの話にうなずいた後、ゆっくりと空を見上げた。そして、「ありがとう」と心の中で礼を言った。
次の日――。
「プレイズ様、これからどこへ?」
「テクニアへ行こうと思っています。もうこの国で生きてゆくことはできないので」
「そうですか……。ならば、ここへ行かれてはいかがです?」
バンディーは上着のポケットから何かが書かれた紙の切れ端を手渡した。そこには、居酒屋ローディーとフェイムの二つの文字が書かれていた。
「ローディーは城塞都市テクニアにある居酒屋の名前です。この店は国中のバリアントバスターが集まる店なので、仕事のきっかけになるかもしれません」
「このフェイムとは、もしかして……」
「以前お話しした女のバリアントバスターです。もちろん今は関わりはありません。気にしないでください」
「何から何までありがとう。感謝してます」
プレイズはバンディーに頭を下げると、その紙を丁寧に折りたたみ、腰につけたバッグの中に入れた。
「それでは行きます。お元気で!」
「プレイズ様も!」
プレイズはバンディーと握手を交わし、そして部下たちにも手を振って別れを告げた。しばらく歩いて何気に振り向くと、バンディーたちはまだ手を振り続けていた。ダミ声の男の「お達者で〜!」という叫び声が幾度か聞こえた。
(さて、テクニアまでの道中は長そうだな……。そうだ。その前にソフィアに会いに行こう。いろいろと訊きたい事もあるし。……でも、まだあの村にいるかな?)
プレイズはバンディーからもらった堅パンをかじりながら、日が暮れかかった山道を進んで行った。
そして――。
特殊部隊がバリアントに全滅させられたその腹いせに、ハーベン率いる部隊が生き残った山賊たちを全滅させたという噂がルーウィンの城下町にながれたのは、プレイズが旅立った一週間後のことだった。
ルーウィンから離れ、一人、テクニア目指して旅するプレイズはその噂を知るよしもなかった。