第15話 ハーベンの頼み
プレイズが目を覚ますと、そこは地下牢ではなく小綺麗な部屋だった。ベッドに横たわっていた体を起こし辺りを見回すと、部屋の奥に白い髭をたくわえた老人が椅子に座っていた。
「おお。やっと、お気づきになられたか」
老人は安心したように安堵のため息をつき、プレイズの横まで行った。
「ここは?」
「医務室じゃ。わしは医者のホスピ―という者じゃ。おまえ様はそこで三日も寝ておったんじゃよ」
「三日も……。いったいどういうことですか」
「どうやらなにも覚えておらんようじゃの。ここに来た時は、おまえ様は死にかけておったんじゃぞ」
きょとんとするプレイズに、ホスピーは彼が倒れる前の出来事を話した。
「そうだ、そうだった。僕は父上の敵をとるためにゴーストと闘ったんだ。そして、あいつに追い詰められて……。ソフィア! そうだ、ソフィアの声が聞こえてきて、そして目の前が明るくなって、それから……」
プレイズはそこからの記憶が途切れていた。
「まぁ、無理をせずとも体調が戻ればそのうち思い出すじゃろうて」
医務室のドアが静かに開いた。現れたのはハーベンだった。
「やっと気づいたか。このまま死なれては貴重なゴースト退治の人材が失われるところだった」
ハーベンはプレイズのそばに寄り、励ますようにその背中を軽く叩いた。
「今でも信じられません。僕がゴーストを倒したなんて……」
「何を言ってるのだ。おまえが倒していないと言うのなら、一体誰が倒したというのだ。そうか。どうやら、まだ記憶が完全にもどってないようだな」
ハーベンはそう言ってホスピ―に目をやった。ホスピ―は肩をすくめ苦笑した。
「プレイズ。体調が戻ったら私のところへ来てほしい。少し話したいことがある」
ハーベンはそう告げると、さっさと部屋を出て行った。
次の日――。
「ハーベン様! プレイズ様がお見えです」
元気を取り戻したプレイズはハーベンの部屋を訪れた。ハーベンは机で書類のようなものを読んでいた。
「ハーベン様。お話とはなんでしょうか」
ハーベンは書類を置き、緊張して直立しているプレイズに目を向けた。
「先日のゴースト退治の活躍は見事だった。その力を見込んでおまえに頼みがある」
「頼み?」
「我が城の正式な兵士になってもらえないか」
「えっ!?」
プレイズは予想もしなかったハーベンの頼みに目を白黒させた。
「おまえはバリアントバスターとして優秀で、かつ今まで誰もなし得なかったゴースト退治にも成功した。特にゴースト退治に関しては陛下も賞賛しておられる。おまえが入ってくれたら我が軍は、人間もバリアントも、そしてゴーストにも立ち向かえる最強の軍団になる。陛下も大変お喜びになられるであろう」
(国王陛下が僕のことを賞賛してくださった……)
人から褒められ、実績を重ねてゆくことに喜びを感じてきた今までのプレイズなら、それは筆舌に尽くしがたいほどの喜びだっただろう。しかし、なぜかこの時のプレイズは、それを感じることができなかった。その気持ちの変化にプレイズ自身も戸惑った。
「どうした? 浮かない顔をしてるな。もう少し喜んでもらえると期待したのだが」
「い、いえ! そんなことはありません。光栄の至りに存じます。ところで、ハーベンさま。私にはそのような名誉を与えていだけるということですが……、父上の名誉はもとに戻していただけるのでしょうか」
「父上? ああ、ファーテルのことか……」
ハーベンは表情を曇らせた。
「それはできない……」
プレイズはハーベンのもとへ駆け寄った。
「な、なぜですか!? 父上が陛下を襲ったのはゴーストのせいで、叛逆の意志など全くなかったとことはご存じではないですか。それなのになぜ」
「ファーテルが叛逆者として処刑されたという噂は、既に国中に知れ渡った。それを今さらになって、あれはゴーストのせいで陛下と我々の勘違いだったと言えるわけがない。我々の権威に傷つくからな」
プレイズは自分の耳を疑った。まさか、そんな理由でファーテルの名誉挽回を拒んでいることが信じられなかった。
(陛下の依頼に命がけで答えようとした父上の誠意より、自分達の権威の方を優先するのか……)
プレイズはがっくりとうなだれた。
「とは言え、陛下と我々は事実を知りファーテルが勇敢であったことは認めている。それでよいではないか」
「よくはありません! 世間に知ってもらわないと、私達が先祖代々築き上げてきたバリアントバスターとしての信用や名誉がなくなり、我が家の歴史も終わってしまいます」
「だからおまえに救いの手を差し伸べてやったのだ。まだわからないのか」
(この人は、最初から僕の家を終わらせてしまうつもりだったのか……)
ハーベンは椅子から立ちあがってプレイズの前まで歩き、励ますように肩にやさしく手をそえた。しかし、その手に温もりはなかった。
「そういうわけだ。だから、私の頼みをきいてくれ。きっとファーテルも喜んでくれると思う」
「お断りします」
ハーベンが眉根を寄せた。
「私は、今まで通り家業を継い行きます。そしていつか父上の名誉を挽回させてみせます」
「ファーテルの名誉を挽回させるだと? おまえは本気で言ってるのか」
「はい。ハーベン様が私のことに気を使ってくださったことには心から感謝いたします。でも、私がこの先やるべきことは、バリアントバスターを生業としてきた私の家の名誉と誇りを守ることなんです。たとえ叛逆者の息子という汚名を着せられても」
ハーベンは心を探るようにプレイズの目を凝視した。プレイズも負けじと目をそらさなかった。
「迷いはなさそうだな……。わかった。残念だが、そこまで決意しているのなら諦めるしかないな。下がってよい」
プレイズは深く頭を下げて部屋から出て行った。
ハーベンは机にもどり椅子に腰を降ろした。そして両手でおもいきり机の上を叩いた。その大きな音に見張りの兵士がぎょつとした。
(なまいきな……。近衛隊長のこの私の頼みを断るとは。なにがバリアントバスターの名誉と誇りのためだ。卑しい身分のくせに。陛下のご希望がなかったら、あんな奴に気など使うものか)
まるで別人のような陰険な目つきになったハーベンは、ある書類に目を通し始めた。それはハーベンが極秘で雇っている密偵から入手したプレイズに関する報告書で、主にプレイズのバリアントバスターとしての実績が書かれてあった。
ハーベンは最後の「追記」と書かれた項目で目が止まった。そこには、プレイズがゴースト退治の前に、魔道師の孫のソフィアや、バンディーひきいる山賊たちと接触したことが書かれてあった。
ハーベンは嫌な予感をおぼえた。
(魔道師と山賊たちとの繋がり……。バリアントだけではなくゴーストまでも倒すあの実力……。そして自らファーテルの名誉挽回をとげようという目標……。危険だな。このままあいつを放置するのは陛下や私の権威を揺るがしかねない)
ハーベンは見張りの兵士を呼んだ。
「フランクを呼んで来い。急用だと言え」
見張り兵が部屋から出てしばらくするとドアが開き、まるでゴリラのような巨漢の兵士がぬっと現れた。
「ハーベン様。何の御用でしょうか」
「フランク。おまえに頼みたい事がある。プレイズという男を家まで送って欲しい」
「プレイズ? ああ、あのゴーストを倒したというバリアントバスターですか。でも、家まで送るぐらいなら別に俺たちではなくても……」
フランクは不服そうな表情で無精髭をゴシゴシとこすった。
「ただ送るだけなら特殊部隊長のおまえに頼むわけない。詳しく話す。こっちへ来い」
ハーベンは小声でフランクに何かを支持した。それを聞いたフランクの表情が強張った。