第13話 敵討ち
「起きろ。ハーベンさまがお待ちだ」
プレイズは見張りの兵士の声で目が覚めた。そして再び尋問室まで連れて行かれた。しかし、なぜか兵士はプレイズに対して昨日のような乱暴な扱いをしなかった。
尋問室には昨日と同じくハーベンと兵士たちがいたが、なぜか小太りの兵士の姿だけが見あたらなかった。プレイズはこれから言い渡されるであろう処分に覚悟を決め、この後におよんで狼狽えるのも誇り高きバリアントバスターとして見苦しいと思い、あえて胸を張って中に入った。
「プレイズ。おまえにチャンスを与える」
ハーベンのその言葉に自分の耳を疑った。そして聞き違えたのかと思い周りの兵士に目をやった。しかし、誰一人表情を変える者はいなかった。
「今、なんとおっしゃいましたか」
「何度も言わせるな。チャンスを与えると言った」
「チャンス……? どういう意味でしょうか」
「昨夜、陛下の寝室にゴーストが現れた。陛下の悲鳴に我々が部屋の中に入ると、陛下は何かに取り憑かれたような茫然とした表情で剣を持って立っていた。そして突然、何かを叫んで、私の前にいた部下を斬り殺した。我々は何が起こったのか理解できず、剣を振り回す陛下からただ身を守るだけだった。しばらくするとゴーストは窓から出てゆき、それと同じくして陛下も我に返られた」
「まさか……。それは、私の父上の時と……」
「同じだ」
部屋の中にしばらく沈黙が流れた。ハーベンはじっと天井を見つめ、兵士たちは青ざめた表情で足もとに目を落としていた。
「プレイズ。本来ならお前には厳しい処分を言い渡すつもりだった。しかし、ファーテルの件といい、昨夜の陛下の件といい、すべての原因はあのゴーストにあったと思わざるをえない」
「では、父上は……」
「叛逆を企てたのではなく、あのゴーストの謎の力の影響で陛下を襲ったのだろう。つまり、おまえの父は無実だった……」
「無実!」
プレイズが顔を輝かせた。
「ゆえにおまえの処分も考え直す必要がでてきた。ただ、ファーテルに叛逆の意思がなかったとしても、陛下に襲いかかった事実は事実。今さら無実だったと言っても誰も信じまい。そこで、おまえにチャンスを与える。父の敵をとれ。もしとれたら、おまえを解放してやる」
プレイズの顔が曇った。
敵をとれ――。聞こえはいいが、それはゴーストを倒す術を知らないプレイズにとって、結果的にハーベンたちによって処刑させられるという事と同じ意味だった。
(チャンスか……。ものは言いようだな)
プレイズは覚悟を決めた。
「わかりました。ハーベン様のご厚意に深く感謝いたします。見事、敵をとってみせます」
深夜零時を過ぎた――。
一旦、地下牢に戻され待機させられていたプレイズは、その時が来るのを待っていた。
(不思議だな……。いつもバリアントと闘う前にはそれなりに緊張するものだが、今回は全くそれがない。むしろ晴れやかな気分だ……)
扉が開いた。そこには兵を従えたハーベンが立っていた。
「ゴーストが現れた。今度は兵舎の中だ」
ハーベンがそう告げると、後ろにいた兵士がプレイズの前に何かを置いた。それはバリアントバスター専用の剣や防具一式だった。
「おまえの家から持ってきた。まさか丸腰で闘わせるわけにもゆくまい」
プレイズはハーベンに礼を言い、いつものように迅速にそれらを装備した。
兵舎の中は騒然としていた。ゴーストから逃げる者。および腰で立ち向かおうとする者。ただ口をポカンと開けて状況を静観する者。そこにはいつものような勇ましい兵士たちの姿はなく、ただ恐怖に動揺する烏合の衆がいた。
「ゴーストはどこにいる!?」
ハーベンが逃げてきた兵士の襟首をつかんで訊いた。
「食堂です。ハーベンさま、危険です。逃げてください! あいつ、以前より大きくなっています」
「大きくなった? それで状況は」
「あいつを退治しようと挑んだ兵士たちが、仲間同士で殺し合いをしています」
「なんだと……」
ハーベンは愕然とした表情で兵士を離した。兵士が脱兎のごとく逃げて行くと、それに続くように兵舎の奥から数十人の兵士たちが我れ先にと逃げてきた。中には血まみれになった兵士を背負っている者もいた。
(もう思い残す事はない……。父上。プレイズはバリアントバスターの名に恥じないように最後まで全力で闘い抜きます。どうかお力をお与えください)
プレイズは兵士たちが逃げて来た方向を睨みつけ、背負った剣に手を回した。
「ハーベン様! もし私が乱心したら容赦なく斬り捨ててください!」
そう言って、プレイズはゴーストがいる食堂に向かって駆けて行った。