第12話 尋問
暗くジメジメとした石組みの地下牢の中で、プレイズはしゃがみこんで床をじっと見つめていた。
(父上……。あなたが陛下を襲うなんて信じられません。教えてください。いったい何があったんですか)
返事などあるわけがないと分かっていても、プレイズは心の中で亡きファーテルに何度も訊き続けた。
「出ろ!」
見張りの兵士が錆びついた鉄製の扉を鈍い音をたてながら開けた。プレイズはよろよろと立ち上がりおぼつかない足で兵士のもとまで歩いた。
「今からハーベンさまがおまえに尋問される。まぁ、たぶん形だけだろう。すでにおまえの処分は決まったようなものだからな」
兵士はプレイズを強く縛った縄を乱暴に引っ張って尋問室まで連れて行った。
尋問室の扉が開くと、そこには数人の兵士と、机の上で目を閉じて腕組みをしているハーベンの姿があった。
「ファーテルの息子、プレイズ。おまえに訊きたいことがある」
ハーベンは目を開け、抑揚のない声でそう言ってプレイズをじっと見つめた。その眼光はまるでプレイズの心の奥底まで見抜くような鋭さがあった。プレイズは固唾を飲んだ。
「この度の陛下に対するファーテルの叛逆行為は、以前からおまえたちが企てていたことか?」
「叛逆? ま、まさかそのようなことを考えるわけありません! 叛逆どころか、逆に私どもは国王陛下の依頼を誇りに思っておりました。ゴーストを倒すという経験のない依頼をいかにして成功させるか、どうすれば陛下を失望させずに済むか、その方法に関して親子で真剣に取り組みました。父上の陛下に対する忠誠心は並々ならぬもので、それは息子の私にも強く感じられました。そのことは直接父上と話されたハーベン様が一番よくご存じだったのではないですか?」
「口をつつしめ! ハーベンさまに向かってなんだその物言いは!」
ハーベンの横に立っていた小太りの兵士が声を荒げた。それをハーベンが手で制した。
「まぁ、よい……。確かにおまえが言うようにファーテルと話した時は、奴が叛逆を企てているようには見えなかった。自分で言うのもなんだが、人の嘘、偽り、隠し事を見抜く目はあるほうだ。その才能がないと陛下をお守りする仕事は務まらんからな」
「ハーベンさま、では父上は……」
「もし奴が無実なら答えはひとつ。乱心したとしか考えられん。しかし、仮にそうだとしてもあまりにも唐突で不自然すぎる」
(乱心……)
プレイズはその言葉にひっかかった。
「ハーベンさま、お願いです! 父上がゴーストと闘ったときの様子を詳しくお聞かせ願えませんでしょうか」
「それを訊いてどうする」
「父上がゴーストとどのように闘ったのか、そしてなぜ陛下を襲ってしまったのか、息子として知っておきたいのです」
再び小太りの兵士が口を挟んだ
「ハーベンさま! こやつの言うことにいちいち答える必要はありません。仮に乱心だったとしても陛下を襲った大罪は免れません。こやつもファーテルの息子なら、息子らしく父親の過ちの責任をとらせましょう」
「お願いです、ハーベンさま、聞かせてください!」
「よかろう……」
ハーベンは必死の形相のプレイズに哀れを感じたのか、それとも他に考えがあったのか、意外やあっさりと彼の問いに応じた。
「ハ、ハーベンさま! その必要はないかと」
小太りの兵士がまた口を挟んだ。
「きさまは黙っておれ!」
ハーベンの怒声に驚いた小太りの兵士が慌てて後ろへ退いた。
「その日……、陛下はファーテルのゴースト退治の様子を近くで見たいと望まれた。我々は万が一のことがないよう厳重な警備で臨んだ。ゴーストはいつものように夜の零時を回ったときに城の中庭に現れた。それは赤く丸い形をし、庭の真ん中で浮遊していた。それに対してファーテルは剣ではなく、なぜか木刀で構えた。しばらくの間ゴーストとファーテルは対峙していたが、突然ファーテルがなにやらぶつぶつと呟き始めた。そして、その呟きがひと際大きくなった時、なにかを大声で叫び、踵を変え、木刀を上段にかまえて陛下の方へ向かって突進したのだ」
プレイズは思わず一歩前へ踏み出した。
「父上は、なんと叫んだのですか!?」
「覚えておらん。それどころじゃなかったからな。だれか覚えている者はいるか」
ハーベンが横に並んでいた兵士たちに訊くと、一人が遠慮気味に手を挙げた。
「たしか……威張るなクソ爺い! と不敬なことを叫んでおりました」
(ありえない……。父上はそんな暴言をはくような人ではない。いったい何が起こったんだ? わけがわからない……)
「以上だ。他に質問はあるか」
「いえ……。ありがたきご厚意に感謝いたします」
「私からの質問はもうない。これで尋問は終わる。おまえの処分はおって伝える」
意外とあっさりと終わった尋問にプレイズは拍子抜けした。拷問でもかけれられて身に覚えのない罪を自白させられるのではないかと覚悟していたからだ。
「ハーベンさま! 少し手ぬるくありませんか。もう少し尋問されたほうがよろしいのではないでしょうか。こやつ、絶対何かを隠しているはずです」
あまりにも簡単な尋問に不満を持った小太りの兵士が再びハーベンに進言した。すると、ハーベンをその兵士を睨みつけた。
「誰に向かってものを言ってる。私がないと言うからないのだ」
その恐ろしいまでの鋭い眼光に兵士は「も、申し訳ありません……」と怖気ついた声を出しうなだれた。
尋問が終わり、再びプレイズは地下牢に戻された。真っ暗な牢屋の中でプレイズはファーテルがとった不可解な言動について考え続けた。
(確かに、話を聞いた限りでは父上が突然乱心したようにもみえる……。しかし、父上に限ってそんなことが絶対あるはずがない。あの巨大バリアント退治の時も死も恐れなかった強靭な精神を持つ父上だ。――まてよ。まさか、ゴーストが……)
プレイズはゴーストがファーテルの心に何かの影響を与えたのではないかと思った。しかし、仮にその推測が正しかったとしても、今さらファーテルが戻ってくるわけではない。その現実が再びプレイズに言いようのない悲しみを与えた。
「父上……」
プレイズの頭の中にファーテルと過ごした幼少の日々が駆け巡った。
バリアント退治の訓練に明け暮れた毎日は決して楽しいものではなかったし、ファーテルの理不尽な言行動は彼の心を何度も傷つけた。それでもファーテルが彼を褒めてくれた時に見せてくれた笑顔は最高の喜びと幸せを与えてくれた。しかし、その笑顔はもう二度と見ることができない。もう二度と褒めてもらえることもない。そう思った時、プレイズの目から涙があふれだし、それはとめどなく流れ続けた。そしてその涙が枯れると、まるで泣きつかれた幼い子どもように深い眠りについていた。