第11話 国王の依頼 その6
「おまえともあろうものが油断したな。あの旅のおかたが見つけてくれなかったら、きっと死んでたぞ」
ファーテルがベッドに横たわるプレイズを見ながら、心配そうに眉間に皺を寄せた。
プレイズは嘘をついた――。山賊に襲われて倒れていたところを、たまたま通りがかった旅人が助けてくれて家まで送ってくれたと。もし、正直に言っていたら、ファーテルはその場でバンディーたちを斬り捨てただろうと思ったからだ。
「父上……」
「なんだ?」
「エスティムの家に行っても、ゴーストを倒す方法はなにも得られませんでした。申し訳ありません……」
「いちいち報告しなくても、おまえの表情を見ればわかるわい」
「では、陛下の依頼は……?」
ファーテルは腕を組み、目を閉じた。そしてしばらくして何かを決意したかのようにかっと目を開いた。
「依頼は受ける。ただ、おまえはその体では無理だから私一人で受ける」
「えっ、無茶ですよ!」
「心配するな。おまえがいない間、ぼんやりしていたわけではない。可能な限り昔の文献や仲間たちから情報を集め、それなりに準備はしていたのだ」
ファーテルは部屋を出て、そして何かを手にして戻ってきた。
「父上、それは?」
ファーテルが持っていたのは古い木刀だった。
「これは友人のバリアントバスターから借りたものだ。なんでも樹齢千年を超える神木から切り出したという霊剣らしい。友人が言うには、ゴーストが邪悪な霊なら、この剣が持つ正しき霊力がきっとゴーストを追い払ってくれるだろうと」
「だろう? その知り合いの方はそれを試されたことがあるんですか」
「疑うのか?」
「い、いえ、そういうわけではなく……」
「この霊剣は、必ずや我々に更なる名声を与えてくれるだろう」
ファーテルは何かに取り憑かれたように霊剣を頭上にかかげた。プレイズはファーテルの目を見て、彼が再び名誉欲にかられて冷静な判断を失っている事に気づいた。
「お願いです、父上。どうかおやめになられたほうが……」
「ふん、腰ぬけめ。若いくせに失敗する事を異常に気にしおって。おまえのような小心者の願いなど聞く耳持たんわ!」
「父上……」
もうこれ以上言っても無駄だろうと諦めたプレイズは小さなため息をついた。
次の日の朝、近衛隊長のハーベンが依頼の返事を聞きに訪れた。プレイズは自室の窓からファーテルとハーベンのやりとりを覗き見した。二人は何かを話した後、笑顔で握手を交わした。そしてファーテルは用意していた馬に乗り、ハーベンたちと一緒に城へ向かった。
(父上……)
プレイズは次第に小さくなってゆくファーテルの後姿を見ながら、それがなぜか彼の最後の姿になるような嫌な予感がして心が落ち着かなかった。
夜になった――。
時計を見ると深夜の十二時を過ぎていた。ゴーストは既に現れたのだろうか。父上は無事退治すことができたのだろうか。ファーテルの不安は時間がたつとともに次第に大きくなり、それは既に彼の心に収まる限界を超えていた。
(だめだ……。耐えられない)
プレイズは棚に置いてあった酒瓶を手にとり、ラッパ飲みで酒を喉に一気に流し込んだ。しばらくすると、酔いと溜まりに溜まった疲れが強烈な睡魔を呼び、気絶するようにベッドに倒れ込んだ。
どれくらいたっただろうか――。
プレイズは誰かが大声を出しながらドアを激しく叩く音で目が覚めた。窓から差し込む穏やかな光が既に夜が明けていた事を教えてくれた。
「出て来いプレイズ! 中にいることはわかってるぞ!」
(なんだ、なんだ?)
プレイズは寝ぼけた頭で、まだ痛みの残る体を引きずって玄関まで歩きドアを開けた。そして外の光景を見て一気に目が覚めた。武器を構えた近衛兵隊たちが家を取り囲んでいたからだ。
「おまえがファーテルの息子のプレイズか?」
ドアを叩いていた兵士が高圧的な態度で訊いた。
「は、はい。そうですが……何か?」
「ひっ捕らえろ!」
その兵士が命じると、後ろで待機していた数人の兵士たちがプレイズを取り囲み縄で縛りあげた。
「痛い! な、何をする! いったいどういう事だ!」
プレイズは兵士たちに食ってかかった。するとその様子を静観していた馬上の男が口を開いた。近衛隊長のハーベンだった。
「共謀罪の疑いだ」
「きょうぼう、ざい?」
プレイズはハーベンが言った言葉の意味をすぐに理解する事ができなかった。
「昨夜のゴースト退治の現場において、きさまの父親であるファーテルが見学していた陛下に突然木刀で襲いかかった。まさに陛下の命を狙おうとした大逆罪だ。ただ、幸いな事にすぐ近くにいた我々がお守りできたので無事ではあったが」
(なんだ? いったい何を言ってるんだ? 父上が陛下を襲った? そんなバカな……)
プレイズの頭の中は混乱した。
「そ、それで……父上は?」
「無論、その場で処刑した」
プレイズは驚愕し、「処刑……」とつぶやきながらへなへなと膝をついた。
「きさまにはファーテルとの共謀の疑いが出ている。これからくわしい話を聞きたい。隠しだてすると、きさまもファーテルと同じ運命をたどるだろう」
プレイズは何も答えず、瞳孔の開いた目でただ地面を見続けた。
「連れて行け!」
ハーベンがそう命令すると、兵士たちはプレイズを強引に立たせ、まるで捕らえた獣を連れてゆくかのように彼を縛った縄を強く引っ張った。体を痛め、かつショックで脱力していたプレイズはその勢いについて行けず足を絡ませて前のめりに倒れた。
「しっかり歩け! この叛逆者の息子め!」
兵士の罵りの声は既にプレイズの耳には入らなかった。
プレイズは目を閉じた。目の前の闇の中に、昨日見た馬に乗って去ってゆくファーテルの後ろ姿が現れた。しかし、そのファーテルはプレイズの方を振り向くことはなかった。