第10話 国王の依頼 その5
「おまえら、なにしてる」
プレイズを取り囲んだ男たちの背後から声が聞こえた。
「あ、 バンディーさま! おつかれさまです。さっき、ソフィアの知り合いという野郎がノコノコ現れやがったんで、ちょっとかわいがってやったところで。もしかしたらお宝でも持ってないかと思って」
ダミ声の男は、気絶して倒れているプレイズを指差した。
「ソフィアの知り合い? しかし、少しやり過ぎじゃないのか」
「へぇ……。でも、こいつが国王に認められたバリアントバスターって粋がってたんで、つい俺ら、カッとなって」
「バリアントバスター?」
バンディーはプレイズに近づき顔を見た。まぶたが腫れ、あざだらけのその顔を見たバンディーは何かに気づいたのか、さらに腰をかがめて顔を覗き込んだ。
「この男は自分の名前を名乗ったか?」
「たしか……プレイズとか言ってました」
「プレイズ!?」
その名を聞いてバンディーは目を見開いた。そして気絶しているプレイズの肩を揺さぶって起こそうとした。
「かなり痛めつけたんで、それくらいじゃ気がつきませんぜ。まあ、死んではいないと思いますが」
ダミ声の男はそう言ってゲッゲッと下品に笑った。
「この大バカ野郎!!」
突然、バンディーが右手で剣を抜きダミ声の男を斬りつけた。周りの男たちが「うわあ!」と恐怖の声をあげた。茫然と立ち尽くすダミ声の男のズボンベルトが真っ二つに切れ、ズボンが足もとにストンと落っこちた。男は腰を抜かし、へなへなとへたり込んだ。
「このお方はな! 俺の命の恩人だ!」
周りの男たち全員が驚愕し、慌てふためいた。
プレイズが目が覚めると、そこは見たことがない薄汚い小屋の中だった。窓からは朝焼けの光が差し込んでいた。
「気づかれましたか」
バンディーが心配そうな顔でプレイズを覗き混んだ。見知らぬ男の顔に驚いたプレイズは反射的に起き上がろうとしたが、激しい痛みが襲い体を動かすことができなかった。
「だれだ!?」
「私はバンディーと申します。あなたをこのような目に合わせた連中の……リーダーです。私の監督不行き届きでした。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げるバンディーを見ながら、プレイズは山賊たちに襲われたことを思い出して怒りがこみ上げ、バンディーを睨みつけた。
「今さらお怒りが静まるとは思いません……。ただ、今、私にできることはただ謝ることだけです。どうか、どうか、お許しください」
頭を何度も下げ、ひたすら謝り続けるバンディーの姿を見て、プレイズの怒りは徐々ににおさまっていった。
「なぜ僕を助けたんだ」
プレイズの問いにバンディーが小声で答えた。
「命の恩人だからです……」
「えっ?」
「私はファスト村が巨大なバリアントに襲われた時、あなた様の活躍で一命を取り止めた村の者です」
プレイズは驚きのあまり言葉が出なかった。
「あの一件で、家族、親戚すべてを失った私は村を出てゆきました。そしてあなた様に憧れ、私もバリアントバスターになろうと決意し剣術を学びました。もうこれ以上、私のようなバリアントの犠牲者を増やさないようにと……。しかし、バリアントバスターになるには腕が未熟過ぎました。初めて闘ったバリアントに見事に敗れて、このざまです」
そう言ってバンディーは右手で自分の左手を引っ張った。左手が鈍い音を立てて抜けた。それは義手だった。プレイズは唖然としてバンディーが持った義手を見つめた。
「まったくお恥ずかしい話です……。バリアントバスターになるどころか、普通の剣士にもなれず使いものにならなくなった私は路頭に迷い、今では山賊を束ねる者に成り下がってしまいました」
バンディーは唇を噛み締めながら左肩の装甲に義手をはめ込んだ。彼の身の上を知り少し同情したプレイズは、もうこれ以上彼を憎むことをやめた。
「バンディーさんでしたっけ。お願いがあります」
「なんでしょう?」
「私を家まで送ってもらえませんか。どうしても今日中に帰らなければならない用があるんです」
「もちろんお引き受けします。ただ、あなた様の体がまだ動かないようなので、ちょっと準備しますので、しばらくお待ち願えますか」
そう言ってバンディーは小屋から出て行った。
しばらくしてバンディーとその手下たちが、急ごしらえの担架のようなものを運んできた。そして、二人の手下が申し訳なさそうな顔をしながら、腫れ物にさわるようにそっとプレイズを担架の上に乗せた。
「馬車で家までお送りいたします。あなたさまの馬も一緒に連れてまいります」
手下たちが慎重に担架のプレイズを馬車に乗せると、バンディーもプレイズの横に同乗した。「はいよー!」と叫ぶ御者の声とともに馬車がゆっくりと動き始めた。馬車を見送る山賊たちの中に、何度も頭を下げるダミ声の男の姿があった。
馬車は険しい山道をゴトゴトと揺れながら進んだ。馬車が大きく揺れるたびにプレイズは体の痛みに耐えかね声を上げた。数時間後、馬車が山道を降りて草原の平坦な道を走るようになると、プレイズの体の痛みもやがてやわらいでいった。
「バンディーさん。ソサリ村のソフィアという女の子を知ってますよね」
突然のプレイズの質問にバンディーは慌てた。
「は、はい。それが、なにか……」
「あなたたちが、彼女の家の中にある、あるものを奪い取ろうとしているのは本当ですか」
バンディーは答えなかった。
「答えてください、バンディーさん」
「はい……。本当です。ゴーストを退治する道具が、どうしても欲しかったので」
「ゴーストを退治する道具?」
「あるお方から頼まれたんです。エスティムという魔導師の家に行けばそれがあるはずだから、それを奪ってきてくれ、金はいくらでも出すと言われて……。でも一度も成功しませんでした。ソフィアに会うと何故か、やる気がなくなってしまうんです。まるで催眠術をかけられたように……」
プレイズは、昨夜ソフィアの家に来た男たちの一件を思い出し、やはりあれはバンディーが言ったように催眠術だったのかも知れないと思った。
「それで、その頼んだ奴とは誰ですか」
「フェイムという名のバリアントバスターです。ただ、もうこの依頼は断ろうと思います。ソフィアがプレイズ様のお知り合いということなので、これ以上続けるわけにはいきません」
「それを聞いて安心しました。ところで、そのフェイムという奴はどこにいるんですか」
「隣国のテクニアです。あとフェイムは男ではなく、女です」
「女!?」
バリアントバスターと聞いて、てっきり男だとばかり思っていたプレイズは、初めて聞く女のバリアントバスターの存在に興味を抱いた。と同時にソフィアを苦しめた張本人に対する憎しみもそれ以上に湧いてきた。
馬車が止まった。御者の男が大声で叫んだ。
「バンディーさま! プレイズ様のご自宅に着きましたよ」
バンディーが馬車から顔を出すと、そこには家の前で不安気な表情で立っているファーテルの姿があった。