第1話 初めての仕事
その若きバリアントバスターの名前はプレイズ。
先祖代々、バリアントという変種獣の退治を生業としてきた家の後継者となるべく、幼い頃からバリアントを倒す技をたたきこまれてきた。
バリアントは大昔から存在する獣と人間が混じり合ったような異形の生き物だった。その種類と生態は全くの謎で、その不気味さゆえ人間に忌み嫌われていた。バスターとはそのバリアントを退治することを専門とする職業名だ。一般的な兵士や剣士が持たない特殊な技や武器を使いこなし、時には命を落とすこともある危険な仕事だった。しかし、そのわりには社会的地位は決して高くはなく、一部の市民の中にはバスターを卑しい職業と差別する者もいた。
プレイズは産まれた時に母を亡くし、父親のファーテルの男手一つで育てられた。
ファーテルは世間でも評判の高い優秀なバリアントバスターだったが、プレイズよりも仕事の方を優先し、ほとんど家を留守にしていた。その影響か、プレイズはいつも孤独で愛情に飢え、周りの人間の顔色を異常に気にする子どもに育っていた。
ファーテルの指導は厳しく、プレイズが子どもだろうが容赦しなかった。自分の思ったようにプレイズが技を覚えないと殴り倒すこともしょっちゅうだった。しかし、プレイズは泣きごとひとつ言わずにそれに耐えた。それには理由があった。ファーテルに素直に従いそれなりの結果が出せると、いつも無表情なファーテルが笑顔で褒めてくれたからだ。プレイズはそれが嬉しくてたまらなかった。笑ってもらえると幸せな気持ちになった。だから少しでも多く褒められるように訓練に励み、武術大会でも常に優秀な成績を取り続けていた。
「おまえは、私が褒めれば褒める程どんどん成長してゆくな。今日からおまえのことを、褒められバスターとでも呼んでやるか」
褒められバスター――
それが誉め言葉なのか皮肉なのか、子どものプレイズには知るよしもなかったが、父の笑顔さえ見られればそんな呼び名なんかどうでもいいと思っていた。
そんなプレイズが十七歳を迎えた日のこと――。
「プレイズよ。バリアント退治に行ってくれ」
「承知しました。いつもの森へ行けばよろしいのですね」
「この町の西にあるファスト村から依頼があった。最近、龍型バリアントが現れるようになり村人を怯えさせているそうだ。そいつを倒してきてほしい」
「えっ、依頼? それは、もしかして、いつもの訓練ではなく……」
「仕事だ」
バリアントバスターとしての最初の仕事を命じられたプレイズは、思わぬ誕生日プレゼントに驚き、その喜びと同時に湧き上がる緊張感に体が小さく震えるのを感じた。
「あ、ありがとうございます! ところで、父上。そのバリアントはいかなる悪事を働いていたのですか?」
「悪事? それを訊いてどうする」
「いつも訓練の時に、倒すべきバリアントの悪事を必ず教えてくださったので……」
ファーテルはそのその質問に一瞬不愉快そうに眉根を寄せた後、プレイズを一喝した。
「余計なことは考えるな! おまえは今日からバリアントバスターのプロになるのだぞ。いつもの訓練とはわけが違う。依頼主の要望に応えるべく、確実にバリアントを退治することだけを考えればよいのだ!」
ファーテルの突然の激昂ぶりに驚いたプレイズは、思わず膝まずき頭を下げた。
「も、申し訳ありません! 私の仕事に対する認識の甘さをお詫びするとともに、その甘さをご指摘いただけたことを心より感謝いたします」
「うむ……。なかなか素直でよいぞ、プレイズ」
いささか大袈裟な詫びの言葉にファーテルが微笑むと、プレイズも嬉しそうに顔を緩ませた。
次の日の深夜――。
「バリアントバスターというから、もっと筋骨たくましい大男が来るのかと思っておったが、ずいぶん小柄でお若いんじゃの。大丈夫かの……」
「期待に応えられるよう、全力で仕事をさせていただきます」
ファスト村の老いた村長は、年齢に似合わないプレイズの堅苦しい言いまわしに苦笑した。
「そろそろあの辺から出てくるはずじゃが……。おっ? おいでなすったな」
村長が村の奥にある森を指さすと、茂みがガサガサと揺れ、そこから人間の大人二人分ほどの身長の青いバリアントが姿を現した。龍のような頭と胴体に、人間のような手足。そして長い尻尾。それは、バスターの間では龍型バリアントと呼ばれていた。
(龍型にしてはずいぶん小さいな……)
想像以上に小柄なバリアントに拍子ぬけになりながらも、プレイズは背負った殺龍剣の柄に手をかけて身構えた。バリアントは落ち着きなく周りをキャロキョロと見回すと、村の広場の方へ向かってゆっくりと歩き始めた。
「村長さま。あいつはいったい何の悪事を働いているんですか」
「悪事? まあ、村の井戸水を勝手に飲んだり、ゴミをあさったりとか……」
「え? それだけですか」
「ああ。用がすんだらさっさと帰っていくわい」
その答えに剣の柄かけていた手がゆるんだ。
「じゃあ、なぜ退治を」
その質問に村長の皺だらけの顔がゆがんだ。
「村人が嫌がっているからに決まっておるじゃろ。なんじゃ、おまえは。くだらん質問なんかしとらんで、さっさと仕事せんか!」
「はっ、申し訳ありません!」
村長の思わぬ叱責に、プレイズは慌てて剣を抜いて上段に構え、バリアントに向かって疾走した。プレイズに気づいたバリアントはギャアと叫び、あわてて踵を返して森へ逃げようとしたが、その瞬間、その首が夜空に高く舞い上がった。
「ほおーっ!!」
目にもとまらぬプレイズの見事な剣さばきに、村長は感嘆の声を上げて拍手を送った。その乾いた音が静かな村に響き渡ると、バリアント退治に成功したことに気づいた村人達が次々と家から出てきた。
「さすが、バリアントバスター!」
「これで安心して眠れるわ」
「いつもゴミを荒らされて困ってたのよね」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
村人に囲まれ称賛の拍手を浴びたプレイズは、初めての仕事の成功に一安心するとともに、生まれて始めてファーテル以外の人々から褒められたことに、今まで体験したことのない喜びを感じていた。
「うれしいな。皆に褒められたぞ。父上にも褒めてもらえるかな……」
プレイズは我が家がある方向へ振り向いて微笑んだ。