8話
というわけで、8話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
朝起きると、茜と蘇鉄が酒を飲んでいた。
茜お前、夜通し飲んでたわけじゃあるまいな。
「おっ、楓ちゃん起きたか。ほら、約束通り遺品やで」
どうやらちょうど起きたらしい楓にアルバムのようなものをひょいと抛る。
「はえ、ああ、はい。ありがとうございます蘇鉄殿」
どうやら、楓は問題なく通常運行に戻ったらしい。また飲みだすようなことだけは止めて頂きたいものだ。
「おはよぉござまぁす」
とても眠そうな朝の挨拶と共に葵も目を覚ます。
「ちょうど全員起きたことじゃし、せっかくじゃからそのアルバムでも見るかの。楓よいか?」
「ええ、問題ありません。むしろ有難いです、一人で見るのは少し不安ですので」
「なんですかぁ? アルバムですか、いいですね見ましょうよ」
「いいのか?」
「妥協点としてやぞ」
酒の力があるのかもしれないが、素直に喜んでおこうとしよう。
「早く開けるのじゃ」
「早く、早く」
「葵殿茜殿、そんなに焦らないで下さい」
楓は緊張の面持ちで少し分厚めの表紙を持ち上げる。
「まさにアルバムじゃな」
「楓さん可愛いですぅ」
俺は遠目に眺めているだけだが、どうやら楓の写真が小さい頃から最近のものまで随分と多くの写真が並んでいる。
時々写りこんでいる人の良さそうな青年は楓のお兄さんか。
「そうだ少年。なんか欲しい刃物はあるか?」
「急になんだよ」
わいわいと騒いでいる女子たちを尻目に、蘇鉄が物騒なことを聞いてきた。
欲しいものじゃなくて、刃物限定なんですね。
「いや、流石に心臓を一突きはやり過ぎたと思ってな」
「気にしなくてもいいって、別に死んだわけじゃないし」
「どないなもんでも言うてくれ。知り合いに優秀な刀鍛冶がおってな、日本刀からペーパーナイフまで何でも作れるらしいから遠慮はいらんぞ」
「いや、だからいらないって」
「そない言わんとな、これから武器が必要になることもあるやろ」
「ん?」
「ここで、あやかし堂って何でも屋を開いたんやろ。客が妖怪やとどないな仕事かも分からんからな、武器ぐらい携帯しとけってことや」
「本当にいらないって」
茜がいればどうにかなるだろうし。
「ワイなりの責任の取り方としてさ、どうしても嫌だってんならその心臓握りつぶすぞ」
「分かった分かった、分かったからとりあえずその握りこぶしを下ろしてくれ」
人を脅して責任を取るってどうなんだよ。
「じゃあ――」
「何じゃこれ?」
「手紙ですね」
「楓さん、読みましょうよ」
「――で、頼む」
「こないなもんでええのか」
「ああ」
俺が持つ刃物としてはこれが一番似合うだろう。
「で、では読みますよ」
どうやらあちらでは、手紙の朗読が始まるようだ。
『妹ちゃん、久しぶり。
いや、もしかしたら数日振りかもしれないね。
まあ、何でもいいや、とりあえず、
ごめんなさい。
僕は死んじゃったよ。もしかしたら今、妹ちゃんの横でこんなものを書いていたんだよ。なんて事を言っているかもしれないけど、たぶん僕は死んだはずだ。
いや、絶対に死んでいるよね。何だって、あんな化け物と殺し合いをしようって言ってるんだから。
僕たちが生きていられるわけがない。
でも、大ダメージぐらいは与えて、しばらくは治療に専念しなければならないくらいにはしておくつもりだよ、そうしないと僕たちの大事なものが無くなっちゃうからね。
でももしかしたら、倒しているかもしれないね。蘇鉄が手伝ってくれれば可能性はあるんだけど、何せ彼は酒呑童子だからね。でも彼は手伝ってはくれないだろうね、彼は面倒くさがりだから。ああ、紹介を忘れていたけど蘇鉄っていうのは僕の友達だよ。いや、紹介なんてする必要はないのかな? この手紙は蘇鉄に渡す予定だからね。
急だけど妹ちゃん、僕が死んだことについて蘇鉄を責めないでくれるかい?
蘇鉄がいればどうにかなったかもしれないけど、彼がいても僕は死んでいたかもしれないからね。
それに、彼も僕の大事なものの一つなんだ。だから彼を責めないでくれると助かるな。それと、もしよかったら慰めてあげてくれるとより助かるな。
彼は面倒くさがりな癖に、責任感が強いから、きっと自分を必要以上に責めてるはずだよ。まったく性格も面倒くさいなんて困った友達だよね。
身内話はここら辺で一旦止めたほうがいいかな?
そうだね、ここで一旦止めよう。だってそこには妹ちゃんの友達がいるんでしょ。というか、いないとこの手紙は読めていないはずだからね(でも、蘇鉄は馬鹿だからただの寄せ集めの妖怪を友達だなんて嘘に騙されてないといいな)。
妹ちゃんのアルバムはもう見てくれたかな。あれは、妹ちゃんのとっておきの写真を集めたものだからね、きっとワイワイと出来ただろう。僕のとっておきは五ページ目の妹ちゃんがお漏らしをして泣いちゃってる写真だよ。妹ちゃんがお漏らしをしたのはあの一回だけだからね、凄くレアな写真だよ。泣いている姿自体も珍しいからねとっても貴重な写真なんだ。
いけないいけない、僕が言いたかったのはこんな事じゃないんだ。すっごく脱線しちゃったけど、僕は友達とワイワイするのが楽しいことだって知って欲しかったんだ。家は山奥にあるから妹ちゃんに友達という友達がいなかったでしょ、だから僕は心配だったんだよ。僕が死んじゃったら妹ちゃんは一人になっちゃうんじゃないかなって。
どうだい?
今、周りにいる人たちは。
いい人かな?
妹ちゃんのこと大事にしてくれてるかな?
もし、いい人たちで大事にしてくれてるなら、その人たちのことを妹ちゃんも大事にするんだよ。
いいね?
ごめんね、もう出かけないといけないみたいだ。
まだ、便箋一〇〇枚ぐらい書きたいことが残ってるんだけど、時間が無いから仕方が無いね。
じゃあ、行ってくるよ。
間違えた『逝ってくるよ』だね。
妹ちゃん、君は僕の事を忘れて好きに生きるといいよ。
人生は楽しむものだからね。
追伸
やっぱり心の片隅にでも僕のことを置いておいてくれると嬉しいな』
「……兄上」
目じりに涙を溜めた楓がポツリと呟いた。
「いい兄ではないか。のう葵」
茜が楓と葵の肩を持ち問いかける。
「は、はい」
突然のことに驚いたのか体をビクつかせた。
「そんなに驚かんでもよいじゃろ」
「突然肩をもたれたら驚いても不思議はないだろ」
「そんなもんかのう」
「そんなもんだ」
そんなもんだ、なんて言っておいてなんだが、実際葵の驚きすぎな感じも否めない。まったく、どうしたんだよ。
「よし、ワシはとりあえず楓をいじり倒すかの」
「急にどうしたんだよ」
「いや、人生は楽しむものだと言っとったじゃろ。じゃから、楽しもうと思っての。まずは例のお漏らしのやつからじゃな」
ニヤニヤと実に楽しそうに楓からアルバムをかっさらい、写真を端から端まで丁寧にコメントを付けていった。もちろん、小馬鹿にしたものが多かったが、それでも楓は楽しそうにしていたからよしとしよう。
その後も、馬鹿なコメントを付ける茜。
それを楽しそうに聞く楓。
おっかなびっくり聞く葵。
突っ込む俺。
俺たちを見守る蘇鉄。
という具合でまたまた夜まで馬鹿騒ぎを続けた。
こんなにも時間が進むのが早いとは……。始めてこんなことを感じたよ。
「ワイはぼちぼち帰るかな」
「では私も帰らせていただきます」
蘇鉄は酒を片手に持ち、楓は両手で大事そうにアルバムを持ち立ち上がる。
「楓さん、これからはどうするんですか?」
「どうと言うと?」
「お家のこととかです」
そういえば、楓の家は茜と蘇鉄の手により半壊したんだったな。
「しばらくは野宿ですかね」
「女の子が野宿はいけませんよ!」
間髪入れずに、というか被せながら葵が声を上げる。
「そうは言いましても家がないですから」
「家ならここがありますよ」
「一人暮らしというのをしてみたいので……」
「じゃあ、樹さんのお家に住めばいいんです!」
俺の家ですか?
まあ、あそこなら妖怪もいるけどね。
俺の家ですか?
「確かに樹の家なら生活必需品も揃っておるじゃろうし。いいかもしれんの」
「そういうことでしたら、有難く使わせていただきます」
ぺこりと楓は頭を下げた。
俺はまだ了承した覚えが無いのですが、まあね、確かにあそこなら安心ですよ。ここからも近いしね、それにしたってほら、男が住んでた部屋をそのまま使うことに対する抵抗とか、ほかにも色々と、嫌じゃないんですか?
「樹殿?」
「ああ、いやなんでもない。楓がいいのならじゃんじゃん使ってくれ」
「ほな、ワイも住ませてもらおう」
「お前は許さんぞ。絶対にあの家には入れないからな」
「冗談やで、冗談」
この野郎もう少し冗談めかして言ったらどうだ。
「ほれほれ、鬼は帰ってよいぞ。楓はまだ残っていてもよいのじゃが」
「いえ、もう帰らせて頂きます」
「遠慮せんでもよいぞ?」
「しつこいぞ、帰りたいって言ってんだから帰らせてやれよ。それに葵なんて立って寝てる状態だしな」
「わたしは寝てませんよ。ただ目をつぶってるだけです」
「葵殿が倒れてしまう前に私は帰らせていただきます」
「そうじゃな、楓はいつでも歓迎するぞ」
蘇鉄のほうも歓迎してやれよ。可愛そうだろ、一人ってのは案外寂しいもんなんだから。
なんだかんだと話し込んでしまったが、本格的に葵が危なくなってきたので、ここらでお開きとなった。




