6話
6話です。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
俺たちは昨日の傷の手当を一通りした後、茜の提案により話をしている。別に小難しい話をしているのではなく、お互い気になってた事とか言いたい事とかを話すだけだ。
要するに雑談をしている。
「なあ、何で俺あのマリモ食えたんだ」
「四八時間以上経っとったからじゃが?」
「俺の記憶が正しければ一日しか経ってないぞ」
「何を言っとるんじゃ、陰陽師にやられた後たっぷりと二日も眠っとったじゃろうが。ワシらは副作用で逝ってしもうたかと思ったんじゃからの」
副作用で死ぬかもしれない、って考えが浮かんでくるくらいには危ない物だったんだな。
俺はそれを二つも……。
「そんなことはどうでもよい、今は楓と話をする時間じゃ。おぬしのことなどいつでも相手をしてやるから、今は黙っといてくれんか」
相手をしてやるって、おい。お前は俺に相手をしてやってる、って気持ちで接していたのか。なんてこった、これじゃ俺がまるで子供じゃないか。
「別に私の話なんて聞かなくてもよいのではないでしょうか」
「いや、そうはいかん。のう、葵」
「……」
「どうかしたんか? 葵」
「あ、いえ、なんでもないです。そうですね、そうはいかないです」
「おぬしなんか変じゃぞ」
確かに葵が変だ。
普段から静かだけど、よりいっそう静かになった気がするし、茜が急に話しかけたりすれば凄く驚くし、とにかく茜が天狗らしい姿になったあのときから変になった気がする。まあ、あんなのを突然見せられて取り乱すというのも分からなくもないが。
「そんなこと無いですよ、わたしは普通です」
「そうか? それならよいのじゃが。で、楓おぬし歳はいくつなんじゃ?」
「十九です」
案外普通の歳で安心した。
何せ年齢不詳の幼女と生後三百年の十七歳というわけの分からない幽霊が周りにいるからな、十九歳だなんて凄く安心だ。
「ワシよりも年上じゃな」
「いや、何言ってんだよ。お前百歳なんだろ、いや、蘇鉄が三百年ぶりだの何だの言ってたから、お前もう相当な歳だよな」
「何言っとるんじゃ、ワシはまだ生後一日じゃぞ」
「おいおいおい、流石におかしいよな。どう考えたっておかしいよな」
「茜殿は生後一日だったのですか!」
信じちゃうの!
それ信じちゃうの?
どう考えたって嘘でしょうが。
「ほら、信じちゃう人が出てくるから、早く本当の歳を言ったらどうだ」
「いや、だからワシは生後一日じゃと言っとるじゃろうが」
「葵、こいつと始めてあったのはいつだ?」
「……」
「葵?」
「はい、えっとそうですね。一〇〇年前の墓地だったと思います」
「お前、最低でも一〇〇年は生きてるよな」
「なんじゃって? 良く聞こえんかったのう」
この野郎、知らん振りかよ。
「茜殿、茜殿は一〇〇歳なのですか? それとも、生まれて間もないのですか?」
「もちろん生まれたてほやほやじゃ」
「茜殿は生まれたてほやほやなのですね」
目を輝かせるな、まったく。生まれたてほやほやで、どうして言葉を喋ってんだよ、二足歩行してんだよ。そもそも昨日も会ってたでしょうに。
「茜さん、そろそろ事実を教えてもらいましょうか? さもないと、戸棚の中に隠している高そうな大福、俺が食べちゃいますよ」
俺に出来る最大限の脅しを実行する。
「う、うむ、そうじゃな。そろそろ、本当のことを言おうかの。大福が人質に捕られてしまっては仕方が無い」
どれだけ大福が大事なんだよ。
「ワシは三五〇歳じゃ。じゃが、生後一日でもある」
意味が分からない。三五〇歳で生後一日ってなんだよ。
「ワシは今から三〇〇年前、今は妖怪大戦争などと呼ばれとる争いを起こしたときに、神によって力をこのお面に九割程持っていかれてしまっての、そのときにワシは歳をリセットしたんじゃ、それ以降この力を使うごとに歳をやり直しとるんじゃよ」
茜は天狗の面を手に取りながら、そんななんとも言いがたい話をさらりと終えてしまう。
軽い気持ちで聞いた俺がなんか恥ずかしい、なんか意外とちゃんとした理由だったよ。何でリセットしてるのかは上手く隠されちゃったけれど、意外とまじめな理由だった。凄く恥ずかしい、誰か助けて。
「妖怪大戦争とは妖怪が神と戦ったときのことではないのですか」
「違うの。実際はワシと酒呑童子が暴れて、それに怒った神が妖怪たちにルールを与えただけの話じゃ」
「ですが、多くの妖怪が死んだと聞きました」
「ワシらは人間に妖怪として捉えられると消えてしまうじゃろ。それが神の作ったルールでのう、そのことを知らなかった者、信じなかった者がルールを破って消えていっただけじゃ。それがいつの間にか尾ひれがついて妖怪大戦争なんぞと呼ばれとるんじゃよ」
三〇〇年前のことだと流石に尾ひれも付くか。というか、人間の間じゃそんな話は聞かないけどな。
「まあ、ワシの話はここらでよいじゃろ。次は楓じゃ」
「私ですか。別に私には人様に話すことなど何もありませんが」
「おぬしの兄のことを話してくれんか? もちろん、無理にとは言わん」
「おい、お前なもうちょっと考えたらどうなんだよ。なあ、楓」
「いや、話します」
あ、はい。そうですか。無駄な気遣いでしたかね。なんか、今日は空回りが多いな。
「兄上は医者でした。もちろん、人間相手ではなく妖怪相手ですが。とても優しくいい妖怪だったと思います。人から見ても妖怪から見ても理想的な兄だったのではないでしょうか。ちょっと過保護だった気もしますが」
死んでからも、自分の妹が一人じゃないか気に掛けてくれてるんだもんな、本当にいい兄だと思うよ。確かに過保護かもしれないけど。
「ただ兄上は人がよすぎるのか、時々罠に引っかかって怪我だらけで帰ってきたりもしてました。でも、あの時は最初から死んでしまうのを覚悟していたのかもしれません」
少しためらうような表情を浮かべてから話を続ける。
「あるとき兄上は、ある妖怪の討伐隊の医療係として呼ばれました……」
「じゃが、そこでおぬしの兄は死んだわけじゃな」
楓が言葉を続けることが難しいと判断したのか、茜がその先に続いたであろう言葉を口にした。
「はい、茜殿のおっしゃる通りです」
おいおい、ただの雑談じゃないんですか。もうなんか完全に暗い空気に包まれちゃってますよ。茜さん、あんたちゃんと責任とってくれるんでしょうね。
「ワシがおぬしに聞きたいことはもう聞いた。楓、おぬしは何か聞きたいことはあるかの。わしに限らず、樹でも葵でもよいぞ」
「特にこれといったものは無いです」
「ほかに知っておいて欲しいこともないんじゃな?」
「はい」
「そうか、じゃあ良いかの。ちょっと待っておれ」
茜はどこかへと電話をしているようだ。
まったく、いまひとつ空気がよくなっていないような気もするが、多少はマシになったかな。いや、だいぶマシだよ。うん、そうだよな。
「今から一時間もしたら来るそうじゃよ」
「誰がだよ」
「もちろん、鬼がじゃよ」
楓も、なんだか調子の悪そうな葵も、もちろん俺も、思わず目を見開いてしまう。
「鬼って、あの鬼か?」
「その鬼じゃ」
「蘇鉄殿ということですか」
「そうじゃ」
「本当に来るのか」
「まったく、しつこいのう。何度言ったら分かるんじゃ、鬼が来る。そして楓の兄の遺品をここで見る。それだけの話じゃろ」
「そうは言っても昨日の今日ですよ。茜殿」
「別に殺しあうわけじゃないんじゃからよいじゃろ。ただ、酒を飲んで騒ぐだけなんじゃから」
流石に恐怖というものがありますからね、俺なんか心臓を貫かれているんですよ。ものすごく真面目に言わせて貰うが、まともに話なんか出来ない気がするんだけど。
「まあ、気にせんでもよい。鬼には別室で待機していてもらうからの」
「まあ、そういうことでしたら」
そういうことだったらいいのかよ。より嫌な感じだよ。なんだよ別室待機って、それなら同じ部屋にいたほうが安心だわ。
「葵もそういうことでよいか?」
「はい、大丈夫です」
何が大丈夫なんだよ、凄く笑い方がおかしいぞ。そんな作り笑顔で大丈夫とか行っちゃいけないだろ。
「樹、おぬしは聞かなくてもよいな」
「いや、聞こうぜ。もしかしたら問題ありかもしれないだろ、それも大問題が」
別にないんだけどね。
「問題でもあるのかのう」
呆れた、と言いたげなため息をついた後、茜は俺に問いかけた。
別に呆れなくたっていいだろうに、もしかしたら本当に何か問題があるかもしれないだろ。
「たぶん無い」
まあ、問題なんて緊張でまともに声が出ないことぐらいだろうけど。
「無いのなら、無駄な手間を取らせるんで無い」
無駄な手間とか言うなよ、たかが一言か二言ぐらいだろうに。
「そろそろ、準備でもしとくかの」
「準備って何するんだよ」
「当然宴会の準備じゃよ。葵料理のほうは任せてもよいか」
「任せてください」
こんな調子の葵に任せて大丈夫なのか、何なら俺が変わってやってもいいんだけど、また空回りしそうで嫌だな。
「樹は酒でも買ってきてくれんか」
「俺は未成年だぞ」
「何を言うとるおぬしは妖怪じゃろ。妖怪に未成年もクソもあるわけなかろうが」
妖怪って本当にしがらみが無いのな。
「そもそも、未成年じゃ酒売ってくれないだろ」
「安心せい、人間にお使い偉いね。などと言われて飴を渡されるワシが酒を買える場所じゃ」
「お、おう」
そんなことがあったんですね。きっとこれはもっと壮絶なこともあったに違いない。これからは幼女だからといって子ども扱いするのはやめよう。きっとこんな風にお怒りの妖怪の方々がいることだろうし。
「まったく、人間ときたらこっちが正体をあらわに出来んことをいい事に好き勝手やってくれるからの」
「そんな怒るなって。見た目がそれじゃ仕方ないだろ。なあ、葵」
「そうですよ」
「何じゃと」
「ひっ」
いつものように茜が冗談交じりに起こった振りをしただけなのに、なぜか葵が怯えてしまった。
「すまんの、急に声を荒げてしもうて」
全くもって茜が悪いわけではないような気がするんだが。
「い、いや、わたしこそすいません」
しばらくの沈黙。
「み、皆さん。早く準備を進めましょう」
「そうじゃな、樹よ場所はネズミーランドの一〇八号室じゃ。すまんが行って来てくれんか」
「ああ、行ってくるよ」
てか、またネズミーランドかよ、あそこどうなってんの? 一〇八号室は確か佐藤さんだっけか、あのアル中のおじさんならありえそうだな。
「そうじゃ、これを小鬼に渡してやるとよい」
茜は俺にトカゲの丸焼きを手渡す。
きもちわりぃぃ。
「コレハ、ナンデスカ?」
「小鬼の好物じゃ」
佐藤さんこんなもん食べてんのかよ。いやまず、あの人小鬼だったんだな。
「それと、ワシの使いじゃということを言うことを忘れるでないぞ」
「言わないと何か問題でもあるのか?」
「小鬼みたいなやつはのう、人間に正体を明かさないようにしとるからの。同じ妖怪で無い限り家に上げはせんじゃろ」
あれ、おかしいな、俺何度も家に上げられそうになったんだけどな。
「そういうことなら分かりましたよ」
なんだかんだで、度々訪れてしまっているネズミーランドへと向かった。
それにしても、ネズミーランドって大家さんアパートの名前つけるってふざけ過ぎだよな。それこそ、くじ引きで決めましたぐらい適当なんだよな。確かに、あの場所からなら本家ネズミーランドの花火が見えるときもあるけど、だからって流石にヒッドイ名前すぎやしないか。
そんなこんなしているうちに着いたネズミーランドは、今日も清々しいねずみ色だった。
ちなみに一〇九号室にも顔を出したが、狐を寝ているようだった。なぜか尻尾が七本になっていたような気がしたが、まあ気のせいだろう。
「佐藤さん、ちょっといいですか」
「どちらさんですか~」
気の抜けた返事と共に姿を現したのは、男性としては背の低い佐藤さんこと、小鬼さんだ。
「おお坊主、ついに俺の酒に付き合う気になったか、よしよし上がってくれ」
「いや、そんなんじゃなくて。えっと、茜の紹介できたんですけど」
「茜って誰だ? そんな幼女知らんけどな」
思いっきり幼女言っちゃったじゃん、この人絶対に隠し事向いてないよね。そのくせしてよくここまで生きて来れたもんだ、妖怪だって事がばれたら一発退場なのに。
「知ってるんですね。そうそうこんなもん預かってますよ」
「その汚いもんはなんだ」
涎を垂らしながらトカゲの丸焼きを見ているって事は、これは正体を現したということでいいんだよな。
「じゃあ捨てちゃいましょうか。汚いですもんね」
「……ああ待って、ホント待って、茜さんのことは知ってるから。用件も分かってるから、ちょっと待って捨てないで」
いい大人が子供に向かって懇願する姿というのは、なかなか見るに堪えないものがありますな。
「はい、捨てません、とりあえずどうぞ茜からの預かり物なんで」
早く俺の手元から消えて欲しいので。という本心の部分は絶対に出してはいけない最高レベルの機密情報だ。
「いや~茜さんもなかなかいい物をくれたな。これは俺も良い酒を渡さないと。ちょっと待ってろよ」
しばらくして部屋から出てきた佐藤さんは色々な酒を一五本も持ってきた。内わけはビール五本、焼酎五本、日本酒五本。焼酎と日本酒なんて同じじゃないのかよ。
「あんまり良いもんが無かったから数の多さで勘弁してくれ」
「はい、分かりました」
クッソ重い酒を佐藤さんにも手伝ってもらって運んでいるときに、なかなか興味深い話を聞いた。
「なあ、坊主知ってるか、最近ここらの妖怪が食われてるらしいんだ」
「人間に見つかって消えてるだけじゃないんですか?」
「いや、どうもそういう感じじゃないらしい。まあ、茜さんのところにいるなら心配する必要は無いだろうけど、一応気を付けとけよ」
「はい」
と、まあ、茜がいれば正直本当に気に留める必要も無いような話をした。ただ、妖怪が妖怪を食うってのは、どんな感じなのか気になったり気にならなかったり。
「ごくろうじゃったな」
運び終えた俺にそんな言葉を掛ける妖怪が一人。
「お前ならあれくらい難なく運べただろ」
「ワシは幼女だから無理じゃ」
「都合よく幼女使ってんじゃねえよ」
「じゃあ、ワシは老婆じゃから無理じゃ」
「お前は現役バリバリだろ」
「もうすでに現役は引退した幼女な老婆じゃから無理じゃ」
クソ、なんてこった何を言っても上手いこと丸め込まれているような気がしてならない。
「樹殿お疲れ様です」
「樹さんおつかれさまです」
楓は料理の運搬を、葵は熊の人形に乗り移っての料理を、それぞれ中断してこちらへとやって来る。
もしかして、茜さん仕事して無いんじゃないですか、これ。
「いやいや本当に疲れた。どこかの幼女な老婆のおかげで俺の腰は限界ギリギリだよ」
「腹の立つ野郎じゃな。食ってしまうぞ」
「人は食わないんじゃないのか?」
「おぬしは妖怪じゃろ」
「お二人とも、蘇鉄殿がもう来てしまわれますぞ」
「お客さんの前で喧嘩はよくないと思いますよ」
そういえば葵がだいぶ普段の調子に近いような気がするが、もう大丈夫なのか。
「五月蝿い、ワシはこの馬鹿と話があるのじゃ」
「誰が馬鹿だって? え?」
「おぬし以外に誰がおるんじゃよ」
「おぬしさん、おぬしさんはおられますかー。返事が無いって事はここにはいないみたいだぞ」
「樹、覚悟しておくんじゃな。いつか絶対に痛い目見せてやるからの」
よっしゃ、俺の勝ち。
それからしばらくそんなくだらない言い合いをしていると、蘇鉄が来た。もちろん別室に通されたのだが、その別室というのがすぐ隣の部屋だった。
「もう少し離れた部屋に行ってもらえよ」
「ここじゃなければ意味が無いじゃろ」
「茜殿は何をお考えなのですか」
「茜さん、もう少し離れた場所に連れて行ってくださいよ~」
少し動揺している声色の楓と、少し怯えた声色の葵と、いつものように暢気な声色の茜。
いやいや、声には個性が出ますな。実は俺も若干怖いのはここだけの秘密。
「とりあえず酒でも飲むかのう。ほれ、楓も一杯どうじゃ」
どうじゃ。と聞いていながら勝手に酒をグラスに注ぐ茜。
楓に拒否権ないじゃん。というのは言ってはいけないお約束。
「は、はい」
楓は茜に注がれた酒を一気に飲み干した。
一気飲みは危ないんじゃなかったっけ、それとも妖怪は体の構造が違うから大丈夫なのか。まあ、どうでもいいが、一杯飲んだだけで楓の顔が薄っすらと赤くなってきた。
「もう一杯飲むか?」
「当然だ!」
あれ、性格が……。
またしても茜に注がれた酒を一気飲みした楓は完全に出来上がってしまう。
「茜も飲めー。どんどん飲めー」
「そうじゃな、ワシも飲もうかの」
普通にこの光景を見たら、警察も黙っちゃいられないよな。未成年の子供が一升瓶片手に酒を流し込んでるんだから。
「樹も飲め、男だろ。酒ぐらい飲めないでどうするんだよ」
「そうじゃぞ、男が酒ぐらい飲めんでどうする」
口調ははっきりしているが、これは完全に酔っ払ってしまっている。葵なんかは、匂いだけで酔ってしまったようだし。
「樹さーん、なんか変な気分なのです。ぽわぽわするんですよ」
酔っ払いどもに囲まれる俺、なんだこの構図は。ただ、ここにいつやつらが見事なまでに、クオリティが高いのがなんとも言えぬ。
そして、とても素晴らしい考えが頭を駆け巡った。
もしかして、酔って脱ぎだしたり………。しませんね。はい、分かってますよ、これはきっと男の性ってやつです。
酔い潰したら脱がせられるんじゃないの? とかも考えたが、チキンな俺には到底出来そうにない。
「楓、お前はそろそろ止めとけって」
「なんだよ、樹。酒も飲めないやつが私に指図するのか」
「ぽわぽわ~、ふわふわ~」
葵はもうだめだ、悪いが見捨てよう。
「酒は良いのう、最高じゃ」
茜はまだまだ余裕があるだろう、きっとある。
「ひっく、私はまだまだ飲むぞ。酒を持ってこーい」
「ほれ酒じゃ」
「お前なんで飲ませてんだよ」
「別に良いじゃろ。本人が飲みたいと言っとるんじゃから」
「そういう問題じゃないだろうよ」
「二人とも何喧嘩してるんだ。せっかくの酒が不味くなるだろ」
「わたしはどーせ、役立たずですよ、雑魚ですよーだ、だめだめですよー。わたしを助けてくれた人に、殺されたことがあるような気がする記憶がおかしくなった女ですよ」
葵よ、何があったんだ、どうしてそんなにいじけてる。特に最後の一文はなんだ、もの凄く怖いんだが。
「樹、酒をくれないか」
「楓、もうお前は休め。休んどけ」
「茜なぜか樹が私を苛めるんだ」
「女を苛めるなど最低じゃな、まさに外道の所業じゃ。それに比べてワシは酒を飲ますとても偉い妖怪じゃな」
「誰が外道だよ」
「樹に決まってるだろ、私に酒を渡さないなんて妖怪のすることじゃない」
別に妖怪じゃなくてもいいよ。
二人はそのまま肩を組み、二人揃って一升瓶を片手に騒ぎ出す。いや、今までも十分に五月蝿かったけど。
「わたしなんて……わたしなんて……」
葵はすでに半分夢の世界へと行ってしまったようだ。
「おつまみはないのか」
「葵が寝てしまったからないのう」
「おい、樹買ってこーい」
「自分で行って来い」
「茜、樹が私を苛める」
「樹買ってくるのじゃ」
「俺は行かないからな。行かないぞ、何が何でも行かないからな。いいか行かないぞ」
「そんなことじゃモテないぞ」
「一生童貞じゃな」
この野郎、俺は買いに行かんぞ。行ってたまるか、こんな老婆と酔っ払いのために働くなんて御免だからな。
それに、モテないのと童貞なのは全く関係ないだろ。関係ないはずだ。
ですよね?
「まったく、これだから人間は」
軽くため息をしながら首を振る楓。
さっきは妖怪がどうのこうのって言われた気がするんだが。
「全くじゃ、これじゃから人間は。楓おぬしも食うか」
茜は楓に柿ピーらしきものを渡した。
「茜は流石だな」
「ワシじゃからな当然じゃ」
おい待てコラ、お前おつまみあるじゃねぇか、しっかりとあるじゃんかよ。なんだ、お前ら俺をパシリとして使いたかったんじゃねぇの。
「おい、今何食った」
「柿ピーじゃが」
「柿ピーだけど」
「それっておつまみじゃないのか」
「そうじゃよ」
「そうだよ」
なるほど、これは俺がわざわざおつまみを買ってくる姿を馬鹿にしたかったのかな。そうだとしたら、パシリよりもたちが悪くないか。
「早く買ってこいよ」
「もうおつまみあるだろ」
「何言っとるんじゃ、あれはワシのおやつじゃ」
「いや、さっきおつまみって言ってたよな」
「……何言ってんの?」
「……何言っとるんじゃ?」
無駄にシンクロ率が高いよな、酔った楓と茜って。本当はいい事なのかもしれないが、こんなときは腹が立つだけだから、ぜひとも止めていただきたい。
「きょ、今日は月が綺麗じゃのう」
「ほ、ホントだ、月が綺麗だなー」
この馬鹿たちは、これで上手く話を切り替えたつもりなのか。
「樹よ、電気を消してくれんか」
「それくらい自分でやれよ」
「いいじゃろ、これくらい」
まったく、少しは働けよ。心の中ではそう毒づきながらも俺は電気を消す。
「いい月じゃな」
「久々に月を見るのも悪くないな」
二人がそこまで綺麗だと言っているのを聞いていると、俺もその月を見てみたくなる。少しだけ場所を移動し、外を覗いてみるとそこには丸々とした満月が上がっていた。
「綺麗だな」
雲一つない空で、一際綺麗に輝く月に照らされた風景というのもなかなかいいものだ。凄く落ち着く。こんな月を眺めながら酒を飲むというのはどんな気分なんだろう、微塵も酒を飲むつもりなどないが、ふとそんなことを考えてしまった。
「楓も寝てしもうたか」
すやすやと、小さな寝息を立てて寝ている。普段の楓とも、酒に酔った楓とも違う、とても幸せそうな顔だ。決して普段が不幸そうとか言うことではないが、とにかく幸せそうな寝顔だった。
「そろそろ、おぬしも寝ておいてはどうじゃ」
「そうだな、そろそろ俺も寝るかな」
俺も横になれるスペースを探していると、葵の寝顔が視界に入ってくる。こっちはこっちで幸せそうに笑っている。今日は小難しい顔をしていることが多かったから、少しばかり安心した。
そんな幸せそうな寝顔を見ていると、本格的に睡魔さんが忍び寄ってくるのを感じる。これはこのまま朝まで起きることはなさそうな気がするな。まあ、別にいいか誰に怒られるでもなさそうだし。
俺が完全に夢の国に行ってしまう前に、茜が音を立てないように部屋を出て行くのを、薄らぼんやりとした意識の中で見たような気がした。




