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今日から俺も妖怪です。  作者: 天野
6/21

5話

5話です。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

「さて、行くかの」

 夜も明けた今日。

 楓の案内で敵の待っている場所へと向かおうとしている。

「で場所はどこじゃ」

「山奥の屋敷です」

「お金持ちなんですね」

「いえ、それほどではありません」

「じゃあ、ワシは先に行くとしようかの」

「茜さんたまには歩きましょうよ」

「そうだ、お前も歩け。健康のためにもな」

「うさいのう。ワシはいいんじゃよ。それよりもほれ、樹おぬしは何も持たずに行くのか?」

 茜は扇子。

 楓は小刀。

 葵は無し。

 みんな何かしらの武器を持っている。葵に関して言えばそもそも持てないから仕方が無いが、とりあえずみんな武器を持っている。

「特にこれといった武器が思いつかないしな」

「じゃあ、これでも持って行ったらどうですか?」

 葵が指を指した場所には、この前の陰陽師が持っていた棒があった。

「そうだな、これでも持っていくよ」

 素直に俺は棒を手に取り、持ち心地を確認するが、まあ、なんとも言えぬ感じだ。持ちやすいわけでも、持ちにくいわけでもない。俺は持ちにくくないだけよしとし、とりあえず、武器として使うことを決める。

「では、行くとしようかの」

「もちろん歩いてな」

「しつこいのう」

 何だかんだといいながらも茜は歩いて行くことにしたようで、歩幅が小さいながらも俺たちの後ろを歩いている。

「おぬしら歩くのが早いの」

「茜殿が遅いだけでは」

「茜さんが遅いだけです」

「茜が遅いだけだ」

 三者三様の言葉使いで、全く同じことを言われている。

 なるほど、だから歩くのが嫌だったんですね。

「特に樹。おぬしはもう少しばかり顔を上げたらどうじゃ。そんなに下ばかり見たって面白くも無いじゃろうに。ついでに回りも見て、ゆっくりと歩くべきじゃ」

「お前が走れば俺がゆっくりと歩く必要も無いんだけどな」

 茜の言葉が少しだけ心に刺さる。

 下ばかり見て、ってところなんか俺の今までの生き方みたいなものについても言われてるような気さえしてきた。

「さあ、見えてきましたよ」

「うわぁ、大きいですね」

「でかいのぉ」

「これは凄いな」

 そこには洋館が建っていた。それも、かなりでかいやつが。

 それにしても、よくこんな屋敷がこんなところに建っていることに気づかずに生活してきたもんだ。

「わたし今まで気づきませんでしたよ。こんな大きいお屋敷なのに」

「近くまで来ないと見えないような結界でも張っとるんじゃろ」

「茜殿流石です。この屋敷には結界を張ってあります。人間対策なので大したものではありませんが」

「おーい楓ちゃん。いやー心配したで」

 屋敷の中から明るい茶髪の青年が現れる。

「客か?」

「蘇鉄殿を倒しに来た仲間です」

「ふーん仲間ねぇ」

 俺たち全員を一瞥した後、

「ワイは伊吹蘇鉄や。楓ちゃんのお仲間さんたちよろしゅうな」

 俺たちも一通り挨拶を終え屋敷の中へと招き入れられる。

「とりあえず、食事でもどうだ?」

「頂こうかの」

「わたしもお家見てみたいです」

「おい、茜、葵。流石にそれは……」

「じゃあ、とりあえず上がってくれ」

「いやでも」

「どうぞ、お上がり下さい。大してもてなしは出来ませんが」

 そういう事じゃないよね。今から戦うんでしょ? そんな人と食事って。

「樹、こういう時はちゃんと用意されているもんじゃ。きっと美味いものが出てくるに違いない」

「そういう事じゃなくて」

「早く行きましょうよ」

 なんでお前たち目を輝かせてるんだよ。

「ほれ、行くぞ」

 茜に手を引かれ屋敷の中、もっと言えば椅子に座らされ、結局食事を取ることになってしまう。

「美味いの、何じゃこれは」

「あぅ、美味しそうです」

「美味いけどさ、美味いけど」

 なんか違わない?

「そうやろ、ワイの特技やからな。美味くて当然や」

 和食から洋食まで、下手なレストランよりよっぽど美味い料理が山のように出てきた。毒とか盛られてないといいんだが。

「どないした、少年。別に変なもんは入ってへんからもっと食べてくれ」

「あ、はい」

 もっと食べろと言われても、量が多すぎて俺の胃袋が限界がすぐそこまで見えているんだけど。

「なんじゃ食べんのか、ワシがもらってやろうかのう」

 言い終える頃には俺の分の食べ物が綺麗に消えていた。

 どこにそんな余裕があるんだ。最強なのは、お前の胃袋であってお前自身でないことがよく分かったよ。

「よく食えるな。胃袋いくつ付いてるんだよ」

「そんなもん一つに決まっとろうが」

「人を丸呑みにくらい出来そうだよな」

「茜殿はそのようなことが出来るのですか」

「茜さん凄いです」

「流石のワシも人は食わん」

「天狗も昔は食ってたりしてな」

「人を食うのは化け狐じゃ。やつらは魂までも食い尽くすからの」

 茜と蘇鉄の会話にはどこか棘があるように感じる。

 それにしても凄い。茜の食事のスピードが恐ろしい。これはいじめかな? と思うほどにあった料理の数々を端から順に平らげていく。平らげるというよりも流し込んでいるという感じに近いかもしれない。

「もう無いんかのう」

「悪いがもう品切れや」

「それなら仕方ないの」

「では、皆様方そろそろ始めたいと思いますので、準備の程をよろしくお願いいたします」

「うむ」

「はい」

「……はい」

 今からですか、せめて一時間休憩をくれるとありがたい。

 というか、休憩をくれ。胃の中のものぶちまけちゃいますよ。お見せできないものを見せることになりますよ。

 いいんですか?

「やっぱりちょっと休憩をくれませんかね」

「何言っとるんじゃ、ここからが本題じゃというのに」

「そうですよ、樹さん。ここからが本題です」

「今動けそうに無い」

「左様ですか。ならば、三十分ほど休憩を挟み始めましょう」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます。一生付いていきます楓様」

 出来ることならもう三十分程時間が欲しかったが、少しでも休憩する時間が貰えただけよしとしよう。

「い、いえ、それほどのことはしておりません。すいませんが、私少々準備をしてまいりますので」

 これで俺の胃の中のものを晒さずに済む可能性がグッと上がった。

 そして、楓はどこかへと行ってしまう。

「じゃ、俺はさきに庭で待ってるな。少年ちゃんと胃の中のもん消化しとけよ」

「はい、消化しときます」

 蘇鉄も庭へと出て行ってしまった。

「敵に心配されるとは惨めじゃな」

「敵に餌付けされてたやつが何言ってんだ」

「わたしは惨めでも餌付けもされてませんよ」

 凄いでしょ、と言いたげな顔で葵が俺たちを見つめている。

 わざわざ身を乗り出しながら言うことでもないよな。

「何を言っとるんじゃ葵は行儀が悪いじゃろ。身を乗り出すどころか、机にめりこんどるからの」

 めりこんどる。

 こいつ、狙ってんのか。つまんないぞ。クッソつまんない。これは無いものとして扱うのが優しさだな。うん、そうだな。

「うぅ。お行儀が悪いなんて茜さんに言われるとショックです」

「確かにな、口の周りに色々つけたやつに、行儀が悪いなんて言われたらショックだよな」

「ワシの口の周りに色々付いとるじゃと、ワシがそんな醜態晒しとるわけがないじゃろ。ほれ、口に何かついとるか?」

 口を拭きながら言われても困るばかりなんだが。

「皆様お待たせしてしまいました。そろそろ、時間もいい頃でしょうし庭に向かいましょう」

「……おぬし、その姿どうした」

 葵が完全に固まってしまい、茜ですら息を呑んだ楓の姿というものは、世の男にとってみればなかなかにありがたいものだろう。俺なんてここ数年で一番真剣に目の前の姿を記憶しようとしている。

「これは、私の戦闘服ですが?」

 俺がここまで真剣になっているのは、楓がいま『スク水』を着用なされているからに他ならない。

 それもなぜか若干小さいサイズであろう『スク水』を着用している。こうなってくると胸が小ぶりなのが悔やまれるが、足フェチである俺にはもはやどうでもいいことだ。

「楓さん、どうしてそんなものを」

「兄上が、戦うときこのような服を着用するのだ、とおっしゃっていましたので」

 ナイス兄上。いや、ありがとうございますお義兄様。尊敬しますお義兄様。

 これは本当に素晴らしい、楓の綺麗な足が余すところ無く見れてしまう。

 白くきめ細やかで、傷一つ無い綺麗な足。筋肉も程よく付いている。決して肉厚すぎず、それでいて程よく肉の付いた太ももなんてもう、それはそれは素晴らしいものだ。ぜひ触らせていただきたい。

 楓を見ていると、妖怪の世界には夢と希望が溢れているということがよく分かる、なんと素晴らしいことだろうか。

「あっ、樹さんは見ちゃだめですよ」

 いつの間にか葵が復活していたようだ。

「何を言っているんだ、葵。俺はただ、目を見開いているだけじゃないか」

 そう、俺は目を見開いて視界に映る楓の足を記憶しているだけ。ただ記憶しているだけ。それだけだというのに、全く葵は何を言っているんだか。

「なかなかいい足しとるの。触らせてもらってもよいか?」

「ええどうぞ」

「茜さんだめですよ」

「本人がよいと言っとるんじゃからいいんじゃよ」

 茜が楓の足を気持ち良さそうに触りだした。

 羨ましすぎる。

「気持ちいいのう。最高じゃ。葵の胸も気持ちいいが、楓の足もなかなかじゃ」

 俺も触れないかな。無理かな。無理だな。

 ああ、気持ち良さそうだな、茜。ずるくないか、合法ロリが触れて男である俺が触れないなんて、絶対に間違っている。

「俺も、あの、その」

「さ、そろそろ行くかの」

「その前に楓さんは着替えてきてください」

 茜の野郎、タイミングよく切り上げやがって、一生憾んでやるからな。

 楓が着替え終わるのを待ってから、広々とした庭へとでていく。

「意外と早かったな。ちゃんと胃の中のもん消化したか?」

「ええ、まあ」

「ほんで、ワレら死ぬ準備は出来てるか?」

 今までの、どこか温かい空気が冷たい空気へと一瞬にして入れ替わる。

「誰に言うとる。最強のワシに向かって死ぬ準備じゃと? ワシらの心配より自分の心配をしたらどうじゃ」

「三分で片付けてやるよ」

 それだけを短く口にすると、背中に回していた左手を顔に当てる。いや、違う。左手に持った鬼の面を顔に当てた。

 赤く染まり、額から角を二本生やした鬼の面を顔に当てた蘇鉄は、肌を面の赤色に侵食されていくように赤く染められていく。さらには明るい茶髪が綺麗な金色に変わっていき、次第に鬼の面と蘇鉄の顔は一体化していった。もちろん角も生えている。

「おい、樹。今すぐワシの部屋から桐の箱を持って来い。中身だけでかまわん」

「いや、でも」

「いいから早く行くんじゃ」

 静かに威圧的な声で諭す茜の言葉に俺が困惑していると、

「行かせへん」

 完全に肌を赤に染め角も自らの物のように馴染み、髪をオールバックに纏め、さらには体中の筋肉が一周りほど大きくなった蘇鉄が俺の目の前に立っていた。

 次の瞬間には俺は宙高くを浮いていた。そして気が付けば思考の加速が始まっている。

 俺の体そのものに大きなダメージは見られない。手に持っていた棒が折れているってことは、たぶん腹でも殴られて今宙を舞っているのだろう。それでもって思考が加速しているってことは、内臓がやられたのか。

 俺は冷静に今の状況を理解し地面に降り立つと、蘇鉄が俺を出迎えてくれた。

「さようなら」

 蘇鉄は別れの言葉を口にしながら俺の顔面めがけ拳を振りぬいた。それを間一髪でかわし、そのままカウンターを仕掛けるが蘇鉄は綺麗にかわした。

「なかなかやるな」

 楽しそうに笑う蘇鉄に俺は恐怖した。

 加速した俺は過去最強の妖怪と並ぶぐらいに強くなれるんじゃないのかよ。過去最強ってことはそいつらもういないんじゃないのかよ。じゃあ、こいつ何なんだ。

「ワイのスピードについてこれるのは鞍馬天狗か九尾の狐だけだと思ってたが、こんなのがいたとはな」

 蘇鉄の攻撃を懸命にかわすものの、時たま食らってしまう拳が痛い。

 こんなの俺じゃ勝てるわけが無い。能力的には同等だとしても、経験値が比べ物にならない。茜と楓はゆっくりとこっちを振り向いているところだし、葵にいたってはほとんど動いていないし。

「……何なんだよ」

「おっ、もう諦めムードかや。そりゃそうだよな、過去最強の妖怪のうちの一人であるワイに敵うわけがあらへん」

 はい?

 過去最強? そりゃねぇよ、過去最強とか反則だろ。

 次第に俺の回避が追いつかなくなってくる。ここまで約三十秒ってところか。

「どないするんや、少年? このままやと確実に死ぬぞ」

 さあ、どうしようか? 俺が勝てないのは明白だ。茜を信じて箱の中身を持ってくるしかないか。他に今出来ることが思いつかない。茜は蘇鉄が面を被るのを見て俺に持ってくるように言ったんだから、何かしら対応策があるんだろう。

 ただ、俺がここから離れている間に片がついてしまうなんて事もありかねない。でも、取りに行かなければ確実にみんな死んでしまう。取りに言って帰ってくるまで一〇秒、いや、五秒で帰ってくれば問題ない。今の俺なら戦えなくともそれが出来る。こんなことしか出来ないのは非常に腹立たしいが、何も出来ないわけじゃない。そう思うしかない。

「それしかないよな」

 俺は攻撃を食らうの覚悟で背を向け、辺りの木々を破壊しながら神社へと向かった。どうやら追ってはないようだ。

 神社にはすぐに着き、桐の箱の中身を素早く手に取り茜の元へと帰る。

「早かったな、五秒ぐらいか。何してたんや」

 どうやら俺のことを待ってくれていたようだ、馬鹿で助かったよ。ただ、語尾が明らかに殺意に満ちていた。

「なるほどな。そないもん取りに行っとったんか」

 蘇鉄はすぐさま茜に攻撃対象を移した。

 茜が死んでしまえば完全に終わりだ。全部が終わる。ここにいるものの命が終わる。絶対に終わってしまう。

 茜を死守する。それだけを考え、俺は蘇鉄と茜の間に割ってはいる。もちろん例のものを茜に渡した上で。

「邪魔や」

 蘇鉄は俺の心臓を的確に殴った。その拳は明らかに電気のようなものを宿しており俺の体は一瞬完全に俺の命令を受け付けなくなる。

「がはっ」

 蘇鉄の拳はその間に俺の体を貫通し、当然のごとく、心臓を潰してしまう。ただ、幸いなことに俺はまだ生きているようだ。カッターの刃に生かされてる俺って惨めと言うかなんと言うか。

 蘇鉄は俺をそのまま投げ捨て、茜にと向かっていく。が、どうやら決死の時間稼ぎが功を奏したようで、

「一〇〇年ぶりじゃのう」

 と、なんとも暢気な声を上げて動き出した。

 その姿は、まさに天狗。肌は赤く染まり、鼻も長い。そして白髪は毛量を一気に増やし、そして伸びきっており、黒々とした翼が背中から生えている。さらに言えば、存在感が半端じゃない。全ての視線を引き寄せ、全てを圧倒する存在感。

「ほれ、樹これでも食べとれ」

 茜は俺の口の中にマリモのような薬を放り込む。いや、俺死んじゃうって。

 マリモは口の中で溶け、体中に染み渡っていく。傷はすぐに再生をはじめ、むず痒さを耐え抜くと、その先には天にも昇るほどの安らぎが待っていた。

 天には昇らずに済みそうだけど。

 俺の傷が癒えるのと同時に、思考の加速も停止する。まあ、仕方が無い、なにせ俺が追い詰められたときの限定三分だからな。

 この先は何が起こっているのか俺には理解ができなかった。気づいたら地面にクレーターが生まれ、気づいたら屋敷が半壊し、気づいたら強烈な光が辺りを包み、気づいたら蘇鉄が通常状態に戻っていた。

「三分経過じゃな。で、どうするんじゃ」

「話し方が随分と変わったな、鞍馬天狗」

「ワシも年を取ったからの」

「三〇〇年前は男口調だったのにな」

 お前一〇〇歳じゃなかったのかよ。

「あの時はまだ五〇じゃったからのう」

 わけが分からないんだが。

 葵も茜を見て完全に静止してるし。驚いて動けないって方が正しいかもしれないが、まあ今はどうでもいい。

「ワレも三〇秒残ってへんやろ」

「そうじゃな。じゃから、時間稼ぎも早々に止めてもらいたいんじゃがな」

「……」

「ワシらの勝ちでよいのか?」

「あかん」

「ワシらが勝ったじゃろ」

「ワイは仲間を連れて来いって言うたんや。なあ、楓ちゃん」

「……ええ」

 楓もさぞ驚いた様子だ。きっとこんなの始めて見たんだろう。俺だって初めてだ。

「じゃから、ワシらが仲間じゃと」

「ワイはあいつの兄貴から、ちゃんとした仲間を連れてくるまであかんって言われてるんやで」

「ワシらがちゃんとしてない、と言いたいんじゃな?」

 茜と蘇鉄以外もうまともに喋ることも出来ないみたいだ。もちろん俺もそうなんだけど、これは流石に喋れない。あんな次元の違うもんを見せられた上で何をどう喋れというんだか。

「ワイは『仕事相手』やのぅて『仲間』を連れて来いって言うてんやで。多少の目こぼし程度やったらあいつも許してくれるやろが、これじゃあ妥協点にも達してねぇ」

「要するに、ワシらが楓の仲間になれればいいんじゃな? おぬしを倒すための仕事相手ではなく、ただの仲間になれればいいんじゃろ」

 ただの仲間、ってのも変な気がするけどな。

「せや」

 茜はにやりと笑い、楓は唖然とし、葵は肩を震わせていた。

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