3話
3話です。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
目が覚めると見慣れない天井が視界に広がっている。これから見慣れていくであろう、その天井におはようを告げて体を起こす。
突然で申し訳の無い話なのだが、ドロップキックというものをご存知だろうか。とび蹴りみたいなやつだ。まあ、分からないなら分からないで問題は無いのだが、とりあえず寝起きに蹴りが飛んでくるかどうか考えてみてくれ。
どうだ、通常絶対に無いだろ。そんな通常食らうことの無いドロップキックが飛んでくる、障子が開け放たれて俺が視線を向けてすぐに、俺の顔をしっかりと狙って。
「茜様参上じゃ」
俺の顔を思いっきり蹴り飛ばしておきながら心配の一つもしないとは。
「ほれ、朝飯じゃ」
「ああ」
もっと優しく起こせよ。そもそも、俺起きてたしね。別に朝起きるくらいなんでもないですからね。わざわざこんな手荒な起こされ方しなくても起きますからね。
それとここに住みだしてから数日、毎日こうして起こされている。まあ、いつまでもやられっ放しの俺ではない。次こそは華麗にかわしてやる。そしてそこから逆に蹴りを決めてやる。
そんな決意と共に俺たちは寝床を後にし、居間へと向かった。
居間には、昔ながらのちゃぶ台にご飯と焼き魚と味噌汁とお新香が用意されていた。二人分だったが。
「食うぞ」
茜はすぐに食事を始めたが俺はこの食事に手を付けていいのか迷っていた。
「お茶どうぞ」
いつぞやのように人形に乗り移った葵がお茶を運んできてくれる。
「ありがとう」
「樹さん食べないのですか?」
「これは俺が食べてもいいのか」
「ほかに誰が食べるんですか」
ああ、はい、分かりました。私が頂かせていただきます。
葵は茜にもお茶を渡すと人形から抜け出し、俺たちの食事をただただ眺めていた。幽霊だから食事が出来ないというのはまあ納得の理由だが、なんか申し訳ない気がしてならない。
「樹さんお口に合いますか」
「うん、美味いよ」
「当たり前じゃ、葵の料理が不味いわけが無かろう」
これ葵が作ったのか、物も持てないのにどうやったんだ。あーでも、人形に乗り移れば物も持てるのか。と、なると葵はあの姿で台所に立っているのか、なかなか面白い光景かもな。
そんなくだらない、俺の新しい日常の一幕を繰り広げていると、駆け足で石階段を上る音がいくつか聞こえた。
「珍しいのう」
「そうですね」
「そうだな」
俺以外の人が来るだけでも珍しいのに、複数の人間が、しかも駆け足に。何か嫌な予感がする。予感というか確信というか、なんと言うか嫌な感じがする。
「ちょっと見に行かないか」
「嫌じゃよ、まだ食事中じゃし」
「そうですよ、お食事中は席を立ってはいけません」
「でもさ、なんか嫌な感じがしないか」
「そりゃ食事中にあんな足音を立てられたら気分も悪ぅなるわ」
「そういうことじゃなくて、何であんなに急いで、それも何人も、こんな神社に来てるんだよ」
「こんなとは何じゃ、これでもワシらの家じゃぞ」
引っ掛かるところ、そこじゃないんじゃないですかね。もっとほかにあるでしょ、引っ掛かるところ。確かにここは俺の新しい家だけど、言い方も悪かったけど、おかしくないですか。
「茜さん、樹さん、足音止まりましたよ」
確かに足音は止まった、実際は音を立てずに歩いているだけかもしれないが。
「ちょっと見てこようぜ、なんか変だって」
「五月蝿いのう、行けばいいんじゃな」
そうだよ、行けばいいんだよ。付いてきてくれればいいんだよ。
俺は茜と葵を付き添えて表に出た。表には人がいた。もちろん人と言ってもただの人間ではなく、たぶん陰陽師だと思う。気迫がただの人間とは比べ物にならないからな。
「お前たちはあの雑魚を抑えておけ、我々がこの大物を片付ける」
それに頷いた三人が俺を取り囲む、残りは茜を取り囲む。どうやら葵は上手く隠れているようだ。向こうではすでに戦闘が始まっていた。始まっていたといっても、早々に近くの森の中に入ってしまい、今は見えないが戦闘をしているであろうという音だけは聞こえている。
こちらはいまだ睨み合っている状態だ。相手も新人なのか、かなり緊張した面持ちで先端の尖った棒を俺に向かって突き出してくる。
それも三方向から。
最初は難なく避けられたが、次第にその攻撃の速度が上がっていき、コンビネーション技的なのも混ぜてきだした。俺がこの囲まれた中から逃げようとすると、二人が俺を止めもう一人が攻撃なんてそんなレベルの攻撃でしかないが、ただの人間と大差ない俺にしてみたら恐ろしいったらありゃしない。
さっきから妙に命中率が上がっているし。
せめて俺にも何か武器があればいいのだが、あいにく俺は武器を持っていない、殴りかかろうとしても相手は棒のリーチを利用して俺が近づかないようにしている。
「くっそ」
徐々に徐々に俺のストレスが溜まっていく。一発一発は痛くないし、そもそもかすり傷程度のダメージしかないけど、ストレスが溜まる。とにかく腹が立つ。焦らしプレイですか、まったく、子供にそんなことしてんじゃねぇよ。
一瞬隙が生まれた。
相手にじゃなく俺に、隙が出来てしまった。
いつものように愚痴をこぼしていたからだろうか。とにかく隙が生まれてしまったらしい。その隙を見逃さなかった彼らのうち二人が俺の脇腹と左肩を突く。突き刺す。肩は完全に動かなくなり、脇腹からは血液が滴っている。
「……ああ、ああああ」
また俺はどこぞの誰とも知らぬ相手に殺されかけている。何だよ、おい。最強の天狗様はどうしたんだよ。そんなに強いなら俺のことを助けてくれてもいいじゃないか。せっかく居場所が見つかったと思ったのに、俺はもう死ぬのかよ。
残っていたもう一人が俺の顔に棒を振り下ろそうとしたとき、時間が止まった。
様な気がした。よくよく見てみればゆっくりと動いている、ただそれは動いていないようにも取れるぐらいにゆっくりとした動きだった。宙には俺を殺さんとしている人のものと思われる汗がゆっくりと落ちていっているし、まぶたもゆっくりと下りてきている。
とにかく時間の流れがとてつもなく遅くなっている。俺はこの現象に驚きつつもその場を離れるために棒に触れないように起き上がる。ここであることに気が付く。
こいつら隙だらけじゃん。
俺はこの隙を有効活用するために、まずは俺に止めを刺そうとしていた男の脇腹を蹴りぬく。俺の予想をはるかに超える勢いで男は水平に飛ばされる。とんだ先には木が生えており、その木をへし折って、やっと勢いが消える。
「……すげぇ」
俺は感じたことの無い高揚感に身を包まれてた。
そのまま残った男のうち一人を殴り飛ばし、もう一人は頭を鷲掴みにして地面に叩き込む。男の頭を叩きつけた場所に亀裂が走る。
この力が持続しているうちに、と俺は茜の後を追う。
追って行った先では、戦闘が行われていた。いまだ回りは遅いはずなのに、確かに動いていた、遅いのは間違いないのだが、多少は動いている。茜は周りの陰陽よりも僅かばかり早いようだ。
でもまあ、決して俺のほうが遅いなんて事はないから倒せるだろう。
俺は五人陰陽師を端から殴り飛ばしていく。威力は十分のようで、一度殴れば吹き飛び、その後は気を失ってしまっている。俺はそんな調子で陰陽師を全員殴り終えると、周りとの速度が通常営業に戻る。
それと同時に体を激痛が駆け抜けた。
脇腹や肩はもちろんのことながら、体中が痛い。眼球、首、腕、手、手の指、太もも、足、足の指。全てが痛む、内臓は刺し傷のせいもあってか余計に痛む。意識が持ちこたえていることが奇跡とさえ思える程に痛む。
足は俺の体を支えることさえ出来なくなり、体が地面に叩きつけられた。喘ぐことさえ出来ないほどに体中が痛む。足の小指をタンスの角にぶつけたことは人間何度もあるだろうが、そんなものとは比較にならない。そもそも比較対象として成り立っていない。
『クジラとシラスどっちのほうが大きいでしょうか?』
なんて風な質問となんら変わらない。見るまでも無く、聞くまでも無く、考えるまでも無くクジラのほうが大きいだろう。
それと同じだ。何なら『痛い』という言葉で表現することが馬鹿馬鹿しくなってくる。それぐらいに痛い。この三分ほどの間で感じるはずだった痛みが、全部今になってやってきたのかもしれない。というか、もう考えているのも辛い。
流石にこれはまずいな。なんて思うまでも無く、そんな時間など無く、突然に、唐突に、プツリと意識が消えた。停電でも起こしたかのように、急にそして全身同時の感覚が失われていった。




