11話
11話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
あれから半日近くも探しているが見つかりそうに無い。ここら辺は無駄に山が多くあるせいで、隠れるところなんていくらでもある。というか、山の中に入ってしまえば俺なんかが見つけるのは困難だろう。
「もうそろそろ日暮れだな」
茜は日が落ちたら帰って来いとか言っていたが、そんなことは聞こえなかったことにしてしまおう。
さて次はどこを探すかと辺りを見渡すと、とても歪な山を見つけた。もちろん今までも見たことぐらいあったが、改めてみるとおかしい、山の一部が不自然に消えてなくなっている。いや、削り取られていると言ったほうが表現として正しいのかもしれない。
よく目を凝らせばどうにか平面を保っている場所に、岩のようなものが並んでいる。なぜかそれは俺の目を引き付けた。
「あそこで決まりだな」
俺は山道どころか獣道すらないような山を登っていく。足元が悪く、更には視界も確保できないくらいに暗い中での山歩きをする破目になるとは。
これだけの場所なら、死体の一つや二つ埋まっててもおかしくはないとさえ思える人気の無さ。それこそ俺が遭難して骨になったりしてな。
いや、もちろん冗談だよ、流石にここで遭難はしないって最悪斜面を転がってれば、道に出て行けるだろうしね。
「ふぅ」
普段山登りはおろかまともな運動と言えば、学校の授業でする程度のことしかやっていない俺にとって見ればこんな山、ただの地獄だぜ。
本当に辛いです。
小枝が肌を切り裂くし、足場が悪くてこけまくるし、前は見えないし、すごく孤独な感じ。つい一週間前までは当たり前のように感じていた孤独が今となっては恐怖だ。
まったく俺も弱ったもんですよ。
この山登りを中断して茜の言い付けを守って、神社に帰れば問題なく孤独感とおさらばできるが、俺は登らないといけない気がした。
それからも、傷とあざを大量生産しながら山を登っていく。
登りきると、そこには墓場があった。いや、実際には頂上まで登ったわけでもちろんはなく、地上から見えた謎の石たちを目指して登ってきたわけだ。
「墓場か」
そこに並ぶ墓石の数はざっと百前後、大小さまざまで形も歪な、正直みっともない形のものも多い墓場がそこにはあった。
「誰が造ったんだよ、絶対素人作だよな」
そんな汚いくはある墓石だけど、どれもとても温かく優しい。
なんとなく墓場を眺めていると、端のほうで膝を抱えて座ってる人影を発見する。その人影は、最早人ではない者のものだった。
例えば幽霊とか。
もっと言えば葵とか。
発見したことはとてもいいことではあるが、まるで声の掛け方が分からない。こんなときに葵がどんな言葉を掛けてもらうことを求めているのかが全くもって分からない、全然分からない。
こんなときに俺の掛けて欲しかった言葉を掛けることが正解なのか、もっと別の何か答えがあるのか。さっぱり分からない。
こんな状態がしばらく続いた。幸いなことに、葵は俺に気付くことは一切なかった。
もう空には月も上がってしまっている。そろそろ何か行動を起こさないといけないと俺の精神的によくない、様な気がする。
俺は腹を括って声を掛けることにする。もちろん今だってどんな声の掛け方をしていいか分からない。ただ、一人でいる時間がとても寂しいことは分かる。だから、声を掛ける。
「どうした?」
出来るだけ自然に、出来るだけ優しく。葵の隣に腰を下ろしながら。
「ひぇ」
驚いてくれてありがとう。こっちも少しは緊張が解けるよ。
「い、樹さん?」
はい、樹さんですよ。茜さんじゃないけど俺で勘弁してくださいね。
「何してるんですか?」
お前を探しに来たんだよ!
なんてことは言わない。恥ずかしいから、というのもあるが俺なんかが言う台詞でもないだろう。どうせならもっと主人公っぽい人が言うべきだ。
だから俺ははぐらかす。
「さぁ」
ちょっと普段の俺とかけ離れすぎかもしれないが、まあ、どうにかなるだろう。いや、どうにかなってください。お願いします。
「ちゃんと言って下さい!」
「……夜の散歩?」
こんなところで勘弁して下さると有難い。
「おさんぽ、ですか?」
「そうそう散歩。葵こそ何してるんだ?」
俺は出来るだけ自然に俺から葵へと質問される側を入れ替える。
自然に自然にと思っていると、より不自然になるなんて話を聞くがそんなものは関係ない。なんせ俺はもともと不自然だからな。まさかこんなところで人とのコミュニケーションを取れていなかったことが役に立ってくれるなんて。
俺、感動。
「わたしは……分かりません」
分かりませんって何だよ。
なんてことも言わない。こんなこと言ったってどうしようもないから。自分でもよく分からないなんてよくあることだろう?
だから俺はしばらく黙り込む、自分で何かを話してくれるまで。
「でも、自然とここに来ていただけです」
「何か思い出でもあるのか?」
「わたしが死んじゃった場所で、茜さんと出会って助けてもらった場所です」
って、ことはやっぱり茜が関係してるんだな。散々騒いでおきながらお前が原因じゃねぇかよ。
「でも、よく分かりません」
「ん?」
「わたしが死んじゃった場所には茜さんがいました。あのお面を被ったときの茜さんがいたんです。それで、もしかして、わたしが死んじゃったのって茜さんが関係してるのかなって」
なるほどなるほど、つまりはだ、
「茜に殺されたかもしれないって事か」
「違いますよ、違います。茜さんはそんなことしませんよ」
「でももしかしたら、程度には考えてるんだろ」
「うぅ」
葵は唸る。
これはイエスととってもいいのかな。問題ないですよね、その程度にだったら誰だって考えますもんね。
「まあ、でもなあ、もしかしたら茜が怖すぎて葵が気絶しちゃっただけ、っていうのもありそうだよな。そんでもってその後に不慮の事故で……っていう」
三〇〇年も前に起こる事故というのがどんなものかは知らないが、案外馬鹿に出来ないくらいありそうなんだよな。天狗姿になった茜の威圧感とか、葵の精神的に弱そうな感じとか、もろもろ考えると本当にありそうなんだよ。
「馬鹿にしないで下さいよぉ、わたしでも怖くて気絶なんて事はないです」
少しは元気になったのかな。いや、無理してるだけかもしれないか。まったく、もっと分かり易かったらよかったのに。まあ、これでだいぶ分かり易い方なんだろうけどさ、本当にこういう時はつくづく人の心が覗けたらと思うよ。
「でも茜の威圧感なら分からないだろ。それこそ直接ってこともありえそうだし」
「茜さんはそんなこと出来ません。あんな風でも人間の血を見るのが苦手なんですよ」
おお、意外な弱点発覚。
というか、あんな風と言っちゃ駄目だろ。俺ならともかく、葵が言っちゃいけませんよね。そんな風に言ったら庇護してるのか小馬鹿にしてるのか分かったもんじゃないからな。
それにさ、茜が人間の血を見れないなら茜は葵の死に関係してないよね。
「あっ!」
「どうかしたか?」
「なんでもありませんよ」
嬉しそうに葵は笑った。
なにか自分の中で答えを見つけたのだろう。
「そうそう、樹さんを運ぶのも大変だったんですからね。わたしがどれだけ茜さんの心のケアをしたと思ってるんですか?」
「その件に関しましては大変ご迷惑おかけしました」
たぶん俺は二回運ばれている、死んだときと陰陽師のときの二回。いやいや、本当に申し訳ない、こればっかりは責められても仕方が無い。
「茜さん妖怪の血は全然気にしないんですけどね。どうしてでしょうか?」
「なんかあったんじゃないか。それは気にしないでおこうぜ、なんか悪いし」
ということは、俺を運ぶのに苦労したのは最初の一回だけか。それならまあ、許してもらうとしよう。
「そうですね。ああ、それと茜さんは」
「あ~~お~~い~~」
空から大声を上げて飛んでくる、いや訂正しよう。正しくは、空から大声を上げて落下してくる、だ。
その落下してくる物体は俺たちめがけ恐ろしい速度で迫ってくる。これは俺の生命に危機が迫っているのではないだろうか。落下物のほうはどうだっていい、どうせ自分で静止するだろうからな、ただもしそれが失敗したらここにいる俺たちはかなりまずくないか、葵にも茜は触れちゃうし、いやこんなことを考えているうちにとっとと逃げ出してしまえ。
「葵、逃げろ」
「へ?」
残念なことに葵さんは自分の危機を察知することが出来なかったようです。さようならおげんきで。
落下物は綺麗に葵の目の前で静止し、葵を抱きしめる。
それでも静止したときに起きた大きな風が木々を揺らす。
「無事じゃたか? どこも怪我しとらんな? 変な輩になにかされとらんな?」
「大丈夫ですよ、茜さん」
「本当に大丈夫なんじゃな?」
「はい」
色々なものが吹っ切れたような、なかなかいい表情をしている。俺が見てもそう思えるのだから他の人が見たって同じ事を言うはずだ。
「それとなんじゃ、まったく。樹おぬしは何をしとった、日が暮れたら帰ってくるように言っとったじゃろ」
「葵が見つかったからいいだろ」
「何を言っとるおぬしまで消えたかと思うたわい」
「なんだ、俺の事まで心配してくれたのか?」
「当たり前じゃ」
「お、おう」
少し困らせてやるつもりで言ったのだが、こんな不意打ちを食らってしまうとは。いや、ちょっと嬉しかったからいいんだけどさ。
「ワシはおぬしらの保護者じゃからな」
「は?」
「え?」
これに関しては葵も困惑気味のご様子だ。そりゃ当然だろう、他人から見れば葵が茜の保護者だからな。
というか、俺の喜びを返せ! どうしてくれるんだよ、喜んじゃっただろうが。
「どうしたんじゃ二人して驚いた顔をして? ああ、そういう事じゃな、ワシがおぬしらのことを大事にしているということが分かって嬉しかったんじゃろ」
ニヤニヤと茜が笑っている。俺は人の気持ちをここまで逆撫ですることの出来る笑みというのを他に知らない。茜も普段は普通の笑顔なのに。
「違いますよぉ」
「んなわけあるかぁ」
「どうしたんじゃ二人して」
今度は茜が困惑気味のご様子だ。お前のその困惑顔の意味が分からないのは俺だけじゃないはず。
「誰が保護者だって?」
「わたし茜さんにお世話された覚えがないです」
「世話はしたじゃろ」
「例えばなんだよ」
「妖怪について教えてやったのは誰じゃ。ワシじゃろ」
「それだけですかぁ」
「それに料理とかもしたのう」
「それはわたしです」
「買出しもしたじゃろ」
「俺が来てからは俺だな」
茜の額に汗が滲み出す、ついでに目も泳ぎだした。
「じゃ、じゃあ、そうじゃおぬしら誰の許可を貰ってこの墓場に入っとる」
「わたしのお墓はここにあります」
「そもそもお前が作ったわけじゃないだろ」
「残念じゃったな。ここはワシが造った墓場じゃよ」
勝ち誇った顔で茜は俺を見下す。ご丁寧に俺の目線の少し上でホバリングをして。
「そんな馬鹿な」
流石に墓場を造るなんていうのは無理があるって。いくら茜とはいえね、墓場を造るなんて事はないだろ。
「樹さん本当ですよ、ここは茜さんが造った墓地です」
「葵の言う通りじゃよ、ここはワシが五年も掛けて造った墓場じゃ」
茜め、余計なもん造りやがって。いや、この言い方はここで眠ってる方々にも悪いな、それと葵にも。
「そもそも、ここに入った入らない、って話は茜が保護者としてどうなのか? って事に関係ないだろ」
「いいや、関係あるの。それだけワシのほうが長くいきとるという事じゃからのう」
「単に老人って事じゃないんですかねぇ」
「なにを言うとるこの赤ん坊が」
「お前今認めたな、自分が老人って認めたな」
これ以上続けても無駄と判断したのか、ただの口喧嘩になってると思ったのか、葵が割ってはいる。
「ストーップ、二人ともそこまでです。茜さんは保護者じゃありません」
よく言ったぞ、葵。
「保護者はわたしです」
ん?
んんん?
なに言ってんだよ。今度は葵さんが保護者発言ですか、なるほどね。これはあれかな、俺も名乗りを上げないといけないのかな。
「さ、さぁワシは楓を待たせていることじゃし帰るかのう」
「そうだな、楓を待たせているなら早く帰らないとな」
茜がスルーしたのをいい事に俺も一緒になってなかったことにする。とうか、もう既にここから茜は立ち去ってしまう。なんという逃げ足の速さ。
「俺たちは来た道を戻るか」
「ひどいですよぉ、無視しないでください」
「さ、葵俺たちは道なき道を下っていくぞ」
またあの道を戻るのか、あんなところから下りたくねぇな。
「待ってください樹さん、向こうから戻りましょう」
青いが指をさす位置には何ということでしょう、階段がありました。
俺は無駄に時間と体力を消費してしまっていたのか。これからはちゃんと山道を確認してから山登りをしよう。
近寄ってみると、やや急な階段ではあるが道なき道を下ることに比べればこんなもの余裕だな。
ああ、階段って素晴らしい。
「あれ、楓じゃね」
俺は階段の下に楓と109号室の住人らしき狐を見つけた。らしき、というかもろに一〇九号室の狐がいた。
おいおい、尻尾が八本の狐が出歩いていたらすぐに消されちまうぞ。




