銀河鉄道の今
チカの案内で銀河鉄道ムーンラインに乗ることに。
しかし銀河鉄道は物語通りには行かない?
『銀河鉄道』
その名を聞いた事ない人はいないだろう。
しかしそれは架空の鉄道会社であって実際に存在する会社だとは知らないだろう。ていうか知るわけがない。
「でその銀河鉄道って、宮沢賢治の...」
「はい、銀河鉄道関連の物語のモデル路線ですね。」
「じゃあ舞台になった路線が乗りたいけど、アンドロメダとかさぁ」
「申し訳ないですが、アンドロメダ線には乗れないですねぇ」
「あ、満席とか?」
「いえ、5年前になくなりました」
え?嘘だろ?
「なんで廃止になったの?」
「乗客減少が一番の理由ですね」
経済的な理由かよ!こう見えても宇宙鉄道って現実の会社とほぼ変わらない状況に置かれているのか。
「銀河鉄道は昔は宇宙の色んなところを走っていましたが、今は5路線ぐらいしかありません。その内の1つがムーンラインで、主に通勤路線として走っています」
「通勤路線なんだ...」
「ビジネス関係が多いですね。この路線は本数も多くて、先ほど見た列車もムーンラインの列車です。」
宇宙鉄道と聞くと夢の話に聞こえるものの、いざ色んな事を聞くと夢の2文字は消えるほどの現実が突きつけられている。
車両はC58蒸気機関車に、茶色い客車が5両繋いだ列車だった。特に名前はない。
「そろそろ出発です。列車に乗りましょう。」
車内を見ると乗客は俺とチカの2人だけだった。
「この路線も赤字なの?」
「いえ、本数が多いだけで、実際の銀河鉄道の収入の半分がこのムーンラインです。」
「いくつか質問したいけど、燃料は何を使っているの?まさか石炭じゃないだろうな?」
「いいえ、宙廃石という特別な石を使っています。煙も透明の無害で、永遠に採れる素晴らしい資源です。その石で発電も出来、その電気が使った電車もありますよ。」
やっぱり幅が広いな宇宙鉄道。
「それで重力とか空気は大丈夫なの?」
「どの駅も地球と同じ環境に整備しています」
やはり表向きでは人類最初の○○と言いながら裏では人々の予想をはるかに超える技術が発展しているのか。
なんでそんな凄いものを一般向けにしないのか?
なぜ審査が通った人のみ利用出来るのか?
『まもなくⅢ番線から銀河鉄道、銀鉄月面行が発車します。』
ベルがなって、いざ月へ出発!
それにしても蒸気機関車にしては加速が速い。
数分走ると窓が明るくなった。地下から出たのだ。結構な坂を登るため、身体が席に押し付けられる。街の景色を見ようとして下をみたら...街が...小さい.......
「オエッ」
「ちょっ?テツさん!大丈夫ですか!?今さら引き返せないけど...」
「いや、大丈夫。忘れていただけ」
「酔い止めの飲み忘れですか?」
「違う。高所恐怖症だったとことがだよ」
宇宙に行けることばかりで、高いところを走るということをすっかり忘れていた。しかもかなりの怖がりなため、今まで観覧車や高層ビルどころか、学校の屋上すらのぼれない。
これじゃ行けないよ。
しかし街の風景はあっという間で、直ぐに青と白と緑しか分からないところまで来た。
「すごい所に来たなぁ」
地球から離れるとどこを見ても藍色の風景が広がる。意外に星が輝いて綺麗かと思ったらそうでも無い。
「思ったより綺麗ではないね。」
「地球の近くはそんなものです。地球から離れるほど景色が綺麗になりますよ。」
列車は速く、1時間ちょっとで月に着いてしまった。
「おっしゃー月に到着!」
月に足が着いた感覚は、普通のコンクリートと変わらない。しかし人間は都合がいい生き物。これが特別な感覚だと思ってしまう。
「さぁ月を観光するぞ〜ってあれ?」
どこを見ても月面が広がるだけ。何もねぇ。
「チカさんチカさん。何もないですけど…」
「それはこの辺未開発なので何もありませんよ」
「よくここに連れて来ようとしたな」
「テツさんは行く旅よりも乗る旅派です。だから最古参であり、王道中の王道の銀河鉄道を選んだのです。月も宇宙で一番身近な星ですからね。」
確かに初心者はこれに乗るべきだな
「それに景色を見てから文句を言って下さい。」
「ーっ!」
言葉が出なかった。チカが指指した方向には地球があった。今は温暖化で汚れている星が、遠くから見ればまだ美しい星なんだ。
日本の時刻は昼だから月は見えないが、他の国の人はどういう思いで見ているのか。
地球から伸びている透明な線路もまた美しい。
変化があまりないはずなのに、一生ここにいても飽きない景色。
浄化させるほどの風景。
「さぁ、そろそろ帰りましょうか」
チカが声をかけるまでの数時間、俺たちは黙ってその星を見ていた。
帰りも変わらない列車で地球に戻る。もう夕方で、夕日を目指すように列車は走っていった。
景色を見ないため寝ようとしたものの、感じないはずの浮遊感の恐怖と、目の前の質問攻めで結局再度恐怖を覚えて駅に戻ってきた。
「いかがでしたか?宇宙鉄道の旅は?」
チカの家を出ようとしたところで声をかけてきた。
「良かったよ。本当に地球は青くて綺麗だったし」
「では言い忘れてましたが、ここは地球・きぬやま駅です。また用があればここから...」
「いや、二度と来ないかも」
「なんでですか!?あんなに楽しそうにしていたのに?」
「俺は重度の高所恐怖症なんだ。この恐怖心はどうしようもないんだ。今日はありがとう」
「ちょっ、ちょっと」
チカの声を無視して家に向かって走った。
もう十分なんだ。綺麗な景色、宙に走る列車に乗れたこと。
もう...........十分なんだ.......
A級乗客日記NO.1
大京テツ氏の交渉は成功した。私の選んだ客さんは間違いなかった。これでプライベートでも付き合うことも出来る。
やはり選ぶリストがリストだから、少しひねくれている部分も見える。しかし交渉もスムーズで、普通に会話をしていたから人間不信はただの口実とも捉えることも出来る。
マニュアル通りに銀河鉄道を案内し、彼は気に入った様子。
問題なく続けると思ったが、別の問題が発生した。
彼は高所恐怖症だった。調べ不足とはいえ、ここまで酷いとは思わなかった。
また家に来ることを信じているが、これは二度と来ない可能性もある。
契約解除の手続きもしなければならないだろうか?