3 挑戦者
俺達が道場に行くと中央に対峙している二人の剣士がいた。
片や、我等の大学の剣道部主将、宮本だ。
相手は・・・顔が大きいのか、被った面の横腹が脹れあがっている。巨大な体に合わないつんつるてん(衣服のそでやたけが短くなって手足が出ている様子)の胴着の袖からは、毛むくじゃらの太い腕が見える。
宮本が頻繁に高い気合いを発し、爪先だって竹刀の先を震えさせて牽制している。『鶺鴒』の尻尾の様だ。
しかし、相手の剣士は少し高い中段に構え、どっしりとした腰と足で微動だにしない。宮本の姿勢と違うのは、後ろ足を真っ直ぐ伸ばし、踵を全く上げていない。
「・・・な、あれ、古武道だろ?」
長尾が林太郎に囁いた。
林太郎は答える代わりに、驚きの目で敵の剣士を見ている。
剣道部にとって幸運だったのは、試合が終わってあらかたの見物人が去っていたことだ。試合の後、稽古と聞いてあまり剣道に興味の無い人は帰ってしまった。しかし、このままで行けば、我が校はかなり不名誉な状況に陥ることは間違いない。
あきらかに、試合にも出ていなかった異様な剣士に負けを喫しているのだ。
越後大学の部員達は、後ろに座って腕組みなどしてにやにやとしている。
主将が上段に構えた。瞬時に片手で打ち出される彼の上段打ちは、この大学では防げる者はいないと言う。全国大会でも個人戦で良いところまで勝ち残った。
宮本は右の足を細かに動かし、敵の隙を窺う。
敵の剣士がすっと右肩を前に回転させて、竹刀を持つ両手を左に移動させた。その瞬間、宮本は飛び込んで、右片手打ちで相手の左横面に打ち込んだ。
きええいという鋭い気合い。
すると相手の剣士は左に右肩を出したまま右足をとんと踏んで前に出た!
竹刀を左に引きつけ、左頭に打ち込まれた竹刀を受けた瞬間、凄い速さで左足を踏み込んで肩を今までと反対の右に回し、竹刀を主将の右面にそのまま打ちつけた!
受けたのと同時に体が前に平行移動をして、肩がくるりと入れ替わった様に見えた。
「面有り」
両校の部を受け持つ体育教師の手が、相手側に上がった。
蹲踞をして戻ってくる主将の宮本は、よろけながらしきりに首を傾げている。強烈な打撃を受けたが、どう負けたのかよく分からないらしい。この男は大学剣道の世界では一目置かれているのだが。
「もう終わりですか?」
相手校の剣道教師がほくそ笑んで、我等の宇佐美先生に聞く。宇佐美先生は仏頂面でこちらを見た。
林太郎と目が逢うと、にやっと笑った。
「いや・・・今、控えの選手が来ました」
どうも胸中、藁をも掴みたいらしい。可哀相にも林太郎は悲劇のヒーローにされてしまう。
宇佐美先生が寄ってきて、
「林太郎、頼む。相手校の教師の最上は俺の大学時代のライバルなんだ。野郎、飛んでもない奴を見つけて来やがった・・・あいつはかなりの古武道を修行した奴らしい。子供の頃からやってなければあんな動きは出来ん。お前もそうだろう?頼むよ」
林太郎は溜め息を突いて、
「・・・分かりました。やるだけやります。でも負けても文句無しですよ」
「焼き肉驕るぞ!」
「さっきのあれは何て技だ?」
「・・・『返し』だよ。防御と攻撃が殆ど一体となっているんだ」
林太郎は道場の壁の前でユニフォームを脱ぎだした。俺は・・・部員が持っていたタオルをひっつかんで林太郎の前に立つ。女ならともかく、男にそういうことをやってやるのはかなり浮いた行為だった。
壁に向かっていた林太郎が俺を見て笑った。
「・・・有り難う」
恥ずかしさの報酬に何ていう可愛い表情!
だが、バスタオルぐらいじゃ林太郎の体を隠せなかった。
ビキニパンツ一枚になった後ろ姿を、こともあろうに敵方に披露してしまった。汗で濡れたビキニパンツは丁度、林太郎の妖艶なお尻の割れ目あたりで引っ掛かっている。腰が括れ窪んだ腰の背骨。それが女性のようなフォルムを作っている。俺は生唾を呑んでしまった。
後ろを盗み見ると、あの大男は胡座をかいて道場の中央で林太郎を待っている。まるで熊が座っている様に見える。面の中から鋭い目で林太郎の肉体を眺めているようだ。
借り物の稽古着だが、着終わったその姿に皆、嘆息した。
端正な容姿に肩までの黒髪、長い首。美少年剣士の誕生だった。それにどうも普通の剣道部員がやるような着付けではない。侍のような本格的な格好だ。
宇佐美先生に、居合用の帯を借りて袴の下に巻いている。それの上に袴の紐を巻いて少し下に固結びしている。後ろで居合用の帯を巻いて留めているので、袴の後ろが腰から突きだしたように見える。
林太郎が着ると何ともセクシーだ。