赤ずきんの覚醒
目を焼くような強烈な光が収まると、その中心には赤ずきんがたっていた。
だがその姿は八雲達が知る姿ではない。
八雲達が知る赤ずきんはバケットをもった赤いずきんを被った少女であったが、目の前にいるのは頭巾のフードを脱いでおり、両手に狼の腕の模したような籠手をつけている。
更に違う部分は彼女の頭部と下半身の部分にある物だった。
それは灰色の動物の耳と尻尾……おそらく狼のものであろう物で、元々愛らしい姿をした赤ずきんにはよく似合っている。
「はっ、驚かせやがって。いつも使っている赤ずきんじゃねぇか。いくら可愛くしたとしても役に立たねぇだろ!」
八雲を押さえつけていたヴェンが赤ずきんの姿を見て蔑む。
「貴方……マスターから退いてください。さもないとぶっとばしますよ」
ヴェンを睨み付け、指をさしてながら赤ずきんはいう。
「はっ、お前みたいなやつなんかに俺をぶっとばせるわけねぇだろ!やれるもんならやってみな!」
赤ずきんの言葉をヴェンが馬鹿にするように答える。
普通に考えれば赤ずきんに変身し重量が増したヴェンをぶっとばせることなど無理だろう。
「そう……なら覚悟してくださいね」
そういった瞬間、目の前にいた赤ずきんはヴェンの視界から消え、一瞬で目の前に現れる。
「なっ!?はや……ぐほぉっ!?」
ヴェンが驚きをあげるまもなく赤ずきんの右ストレートがヴェンの左頬を捉え、その拳を振り切った。
すると赤ずきんのどこにその力があると言うくらい勢いでヴェンが後方に吹き飛び壁に激突する。
少しまって立ち上がってくるかみるが気絶しているのかいっこうに起きあがる気配はない。
一方、あまりのことに八雲もジョニー達も驚きが隠せなかった。
小さな少女が大柄の岩のように固く重くなった人間を吹き飛ばせるなどあり得ない。
だが目の前の赤ずきんはそれをなんなくやってのけてしまったのだ。
「あ……赤ずきん?」
「はい!マスター!貴方の赤ずきんですよ!立てますか?」
八雲に赤ずきんは普段の同じ顔で微笑みかける。
いきなりのことで混乱している八雲は赤ずきんの手を借りなんとか立ち上がる。
「赤ずきん、その力は……?」
「わかりません。けど私はノートの中でずっと思ってたんです。『強くなってマスターを助けたい』って。そうしたマスターも強くなりたいって意思が伝わってきて気付いたらこんな風になってました!」
あっけからんと言う赤ずきんに八雲は言葉を失う。
しかし、少し考えたあと口角を少しあげる。
「赤ずきん、勝ち目はあるか?」
「もちろんです!やれます!」
八雲の言葉に自信満々に答える赤ずきん、だがその二人の様子を忌々しげに見ている人物がいた。
「ヴェンを吹き飛ばすとはやるじゃねぇか。だがなお前ごときが調子にのんじゃねぇ!イーク、あいつらを動けなくしてやれ!」
「言われなくてもやる……」
イークは袖から隠していた縄を取り出す。
これもイークの力が付与されているものである。
一瞬でも絡めてしまえば後は力が入らなくなるまで待てばいいとイークが投げ縄の要領で二人に向かい縄を投げつける。
「させません!」
そういうと赤ずきんは八雲の前に出て縄の前に飛び出す。
「馬鹿め!触れれば俺の能力の餌食だ!」
「掴まなければいい話です!」
そういって赤ずきんは籠手をの突起に触るの両腕の籠手から鋭い爪のようなものが現れイークの縄を簡単に切り裂きていった。
「馬鹿な!?」
予想外のことにイークも驚きの声をあげる。
「がら空きです!」
声が聞こえイークが下を見ると懐に赤ずきんが潜り込んでいた。
そして、一度爪を収納するとがら空きのボディに思いっきり殴る。
「がっ……」
ヴェンと同様にイークも壁まで吹き飛ばされ気絶してしまう。
「なっ!?」
あっという間に仲間を払いのけた赤ずきんにジョニーは開いた口が塞がらなかった。
今まで弱者の呼び出す雑魚と思っていた赤ずきんにここまでしてやられるとは夢にも思わなかったジョニーは忌々しげに八雲を睨み付ける。
「はっ!そいつらを倒せようが弱いお前が俺に勝てるわけねぇんだよ!くらいなぁ!」
ジョニーの声と共に以前八雲を襲った土の拳がジョニーの足元から現れ、八雲目掛けて襲い掛かる。
横に避けようと八雲が動こうとするがさっきまで振るわれていた暴力でボロボロになっていた体では満足に動くことすらできなかった。
「マスター!」
赤ずきんは飛び付いて八雲を押し倒す。
赤ずきんの行動あってか間一髪赤ずきんの髪を掠める程度の被害で済み、八雲は攻撃を受けることはなかった。
「ちっ、避けやがったか。だが足手まといのマスターを連れたままじゃ俺は倒せねぇぜ?おらおら!追加だぁ!」
避けられたことに苛つくジョニーはまた土の拳を作り上げ攻撃する。
だが数は先程と異なり五本の土の拳が正面、上下左右から襲いかかる。
「くっ……」
八雲達に下がって避けようとも土の拳の早さはとんでもなく、二人が下がりきる前に二人に到達する方が早い。
さすがの強化された赤ずきんも一度に多方向から攻撃を防ぐなどの手段を持たない為、八雲を守ることができない。
せめて自分の身を盾にしようと赤ずきんが前に立った瞬間、不意に黄色く光る半透明の壁が現れ、土の拳と激突する。
光る壁の方が固いのか土の拳は激突と同時に崩れてしまい元の土に還ってしまう。
「こ、これは……」
八雲にはこの壁に見覚えがあった。
ざっざっと音が聞こえ、後ろを向くとそこには壁を作り出した能力者である少女がゆっくりと八雲のもとに歩き出していた。
「全く、こんなところにいたんですのね!探しましたわよ。八雲」
「キャ、キャシー……」
八雲の後方からキャシーが口元を扇子で隠しながら近付くと八雲の全体をジロジロ見ていた。
「こんなボロボロになって……後で保健室に行きましょう。なんなら制服も新調しなくちゃいけないかしら?」
「キャシー、そんなこといってる場合じゃ……「わかってますわ。……ジョニー・ラノフ!貴方がやった行為は許されることではありません。伊織を解放して警察に自首しなさい!」
扇子をパチンッと閉じ、扇子の先端をジョニーに向ける。
「はっ!誰がそんなことするか!こいつは俺のもんだ!お前たちになんてやらねぇよ!」
「はぁ、女性をもの扱いなんて最低ですのね。それにしても貴方油断しすぎではないかしら?後ろを見てみなさい」
キャシーに言われ、ジョニーが振り向くとそこにいた筈の伊織がおらず、脱がされた服があるだけだった。
「な!?」
「キャシーの言う通り、君は油断しすぎだね。後ろにいる僕に気付かず伊織を持っていかれるなんてキャシーに意識を向けすぎだよ」
次の瞬間、誰もいなかった空間に伊織をお姫様抱っこしたダニーが現れた。
体からパチパチと電気のようなものが出ており、普段はおとなしめな髪の毛もいたるところが跳ねている。
「ぐぐぐ……」
伊織を持ってかれた悔しさなのからか思い通りにならない苛立ちからなのかジョニーは奥歯を砕いてしまわないかと思うほど歯を食いしばる。
「くそがぁーー!」
怒ったジョニーは石の拳を再度作り出し、キャシーの壁を攻撃し続ける。
しかし、壁の強度は固く攻撃はいっこうに通らない。
先程のように上下左右から攻撃するもキャシーが追加の壁を作り、箱のような形の結界が出来上がる。
それでもジョニーは諦めることなく何度も何度も能力を使い続けていた。
「八雲、あとは私達に任せなさい」
「だね。その体じゃ満足に動けないでしょ?」
箱状の結界で攻撃を防ぎながらボロボロの八雲に無理をさせたくない二人は八雲に後ろに下がっているように言う。
しかし、八雲は二人の言うことを聞かず一歩前に出てきた。
「二人とも、ありがとう……けどこれは俺がしなくちゃいけない事だ。ここで人に任せてたら今後、俺は進めないと思う。だから、ここは俺と赤ずきんに任せてくれないかな?」
力なくも微笑む八雲の顔を見て、キャシーとダニーはお互いの顔を見合わせると浅くため息を吐いた。
「はぁ、仕方ありませんわね。ダニーもそれでよろしくて?」
「そうだね。こうなったら八雲はテコでも動かないからね」
「えぇ、そうですわね。八雲、もしピンチななら私達は無理矢理にでも助けに入りますからね」
「あぁ、ありがと「待って!」
八雲がお礼をいい前を向こうとした瞬間、今まで黙っていた伊織が声を掛ける。
ダニーは伊織を地面に降ろして、持っていたナイフで縄を切ると自分の着ていた制服の上着を伊織に羽織らせる。
降ろされた伊織は八雲に駆け寄り抱きついた。
体に当たる柔らかな感触と甘い匂いに八雲はついドキッとしてしまう。
「八雲君、そんなにボロボロになって……無茶しちゃ嫌だよ」
綺麗な瞳から大粒の涙をボロボロと溢しながら、伊織は抱き締める強さを強め、八雲の顔を見る。
「ごめん」
八雲はそう言うしかなかった。
仕方ないとはいえ、八雲が傷つくことを伊織が嫌っているのは分かっていたことだった。
それでも八雲は伊織を助けたかったのだ。
大切な幼なじみとして。
「ううん。分かってる。私のせいでこんなことになってるって……だから私は八雲君を責めることなんてしないよ。けどせめてこれだけはさせてね」
そういうと八雲の体が淡く光り、体に付けられた傷が消えていき、それにともない痛みも引いていく。
伊織の『貴方の治癒』が発動し、八雲のボロボロになった体をを癒していく。
「八雲君、負けないでね……赤ずきんちゃんも八雲君をお願いね」
「はい!任せてください!」
「うん、勝ってくるよ」
伊織の言葉に二人は自信をもって答える。
その言葉を聞いて安心したか伊織は安堵する表情を見せ、八雲の体から離した。
「赤ずきん、こうやって戦うの初めてだけど大丈夫?」
「はい!勿論ですよ。マスター!」
赤ずきんの返事に八雲は満足したか少し微笑むと眼前のジョニーの方を向いた。
こうして八雲とジョニーの因縁に決着をつける対決は始まったのだった。