変木という男
あいつらに助けられたみたいで悔しいが、実際小梅の加入は大きい。
小梅は打率こそ低いが、空前絶後のパワーによりヒットのほとんどがホームランになる。
小梅のミートはFなので基本的な打率は二割前後だろう。そうすると、10打席に1~2本程度のホームランが期待できるということになる。
すさまじい得点能力だろ?
年間通して出場すれば、◯レンティンの記録なんかあっという間に抜かしてしまうぞ?
ヒットを重ねていくアベレージヒッターも悪くはないが、野球の華は何といってもホームランだ。
いくら打率を3割以上残せたとしても、アヘアヘ単打マンじゃあ怖くはない。何よりも重要視すべきは出塁率、そして長打率。所謂OPSだと僕は思っているからな。小紫が抜けた穴を、小梅はきっちりと埋めてくれるだろう。
しかし、チームの強化と共に忘れてはならないのは自分自身の強化だ。つまり、わたくし尾間加瀬の投手としての強化。
僕はねぇ、外野手じゃあないんですよ!!!
なんだか分らんうちに外野手に回されて、大事な大事な筋力ポイントを使ってパワーをDまで上げたりもしたが、本来ならそんな無駄なことをするべきではないのだ。ピッチャーなんだからさ。
球速はルナちゃんとの練習でこれからグングン伸びるだろう。
問題は変化球だ。なぜなら、僕はまだ一つも変化球を覚えていない。チェンジアップすら投げられない状態なのである。
なので、これからある選手のストーキングをしようと思う。
その選手とは……
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「なあ、尾間加瀬。よく妹物のアニメで『なんの問題もないよ。だって私たち‥‥本当の兄妹じゃないの』みたいな展開があるけど、これって違うと思うんだよなぁ」
「はぁ、そうですか」
「それって結局ただの男女だろ?そんな、ノーマルな関係からは『萌え』は生まれんのよ。実妹じゃなきゃ。実妹じゃなきゃ意味ないのよ、分かる?」
「うーん、分かるような、分からないような‥‥」
変化球練習の傍ら、ひたすら意味の分からないことを語りかけてくるこの人は変木曲太郎と言って、二年生の控え投手であり、ひたすらに王道を嫌うという性質をもった変態なのである。
「煮え切らない返事だなぁ。そんな王道ばかり突き進んでいるとお前の価値観腐っちまうぞ?一般受けするやつってのは特別じゃあねーんだ。特別ってのはな、一部のファンからカルト的に愛されるものの事を言うんだよ」
そういいながら、変木はテークバックが極端に小さい独特のフォームから変化球を投げ込んだ。
ピュイーーーン‥‥ククッ!!!
バシーーーン!!!
いつ見ても、このスローカーブは凄い。
投げた瞬間は暴投か?と思うところから、ストライクにねじ込んでくる。
この人の投球はほぼこのスローカーブだ。驚べきことに、ストレートはほぼ一切投げない。
「変木さんはなんでカーブしか投げないんですか?ストレートも混ぜればもっと抑えられると思うんですが‥‥」
変木は呆れ果てたような顔をして
「それじゃあ、普通すぎるだろ?ストレートとカーブのコンビネーションで打者を翻弄する。そんな大昔からあるつまんねぇ戦法で抑えたところで何が面白い?俺はカーブしか投げねえ。そんなやつ今まではいなかったろ?それで抑えてこそ、俺は特別になれるんだよ」
いやぁ‥‥流石にカーブだけで打者は抑えられんだろ。という言葉をグッと飲み込む。
カーブだけで抑えられるかどうかはさておき、この人のいつも特別であろうとする生き方には少し憧れを覚える。
現実世界でクソつまらん社会人生活を送っていた僕にとっては、耳が痛い話だ。
ガキィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
投球練習をしていた僕達の元にえげつない打球音が届く。
「おい、なんだこのエグい打球音は?赤藤か?」
「いや、これは小梅だと思います。ほら、この前入部したばかりの」
「ほう‥‥そんな新人が入ってたのか。全く知らんかったぞ。おい、ちょっと見に行くぞ」
変木は流行りの話題とかに疎いからな。あんなに回りを騒然とさせた小梅の事を知らないらしい。
と、いうことで小梅がバッティング練習をしている場所まで移動することに。
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ガキィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
「おい‥‥‥‥マジかよ」
「はい、マジです」
ガキィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
「あれ‥‥‥‥小学生じゃねーか」
「いえ、高校生(の設定)です」
ガキィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
「おい、尾間加瀬」
「はい、何ですか?」
ガキィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!
「いいねぇ‥‥最っ高だねぇ!!!あの身体でこの打球!?意味がわからんわ!!!あいつ、ぶっ飛んでやがるぜ!宇宙人か?宇宙人なのか!?」
うわぁ‥‥なんか目つけられちゃったよ、めんどくせー‥‥
小梅の詮索は困る。ボロが出まくって収拾がつかなくなるからな
「おい、話しかけに行くぞ」
「え、えええええええ!!!!!!ちょ、ちょっと待って‥‥」
僕の制止を全く聞かず、小梅の方に歩きだした。
まずい‥‥不味すぎる。
この場面、どう切り抜ける!?




