第四話
結局、あのメールに怯えて警察に相談なんて出来なかった。
それと同時に、メールの量や、帰り道につけられる回数も増えていた。
それでも、メールを送り返す勇気もなく、振り返る勇気もなく何も分からないまま時間だけが過ぎていった。
その間にも、城戸くんと話す回数は増えていた。
それだけが、今の私の心の支えだった。
そんなある日の夜。
ピロリロリン♪ピロリロリン♪
その音に気づき、画面を見ると"城戸くん"の文字が記されていた。
『何かあったら連絡して。』
と言って渡してくれた連絡先。
この連絡先のおかげで、私の生活は幸せで溢れている。
いつか付き合えたら……なんて考えてしまう。
私は、咳払いをすると通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『あ、もしもし?今、大丈夫?』
「うん!暇してた!」
こんな不安な状況でも、城戸くんの声を聞くだけで安心する。笑顔が溢れる。
好きな人の力ってすごいな……。
『良かった。今日も無事に家に帰ってるんだね。』
「うん。心配かけてごめんね。」
『そんな事ないよ。……あのさ……1つ確認したいことがあって……。』
「……確認したいこと……?」
城戸くんが改まった感じで話を始めるので、私は思わず正座になり聞き返した。
『うん。ここ最近、帰り道につけられてるなって感じたことある?』
「ここ最近っていうか……毎日誰かにつけられてる感じはしてるよ……?」
『やっぱりそうだよね。』
「どうしたの?」
私は緊張しながら尋ねる。
『見てほしい写真があるんだ。』
「写真?」
『うん。もしかしたら、コイツが犯人かもしれない。』
「……えっ……!?」
その言葉に、私の心臓は飛びはねる。
犯人が……分かる……?
やっとこの苦しみや恐怖から解放される?
でも、それは同時に城戸くんとの関係も終了するかもしれないって事か……。
それはそれで悲しい気がする……。
ストーカーのおかげで、城戸くんに近づけたんだもんね。
って、何を考えてるんだろう。
「分かった。じゃあまた明日ね。」
そう言って電話を切る。
明日、犯人が分かるかもしれない。
でも、犯人が分かったらどうするの?
警察につき出す?
同じ学内の人間かもしれない。
もしかしたら、私の知ってる人かもしれない。
そんな人が写真に写っていた時、私はどんな反応をすれば良いんだろう?
もし仮に、ストーカーした事を許したとして、その後どう過ごせば良いんだろう?
色々な思いが駆け巡って、何も考えられなくなり私は静かに目を閉じた。
全ては明日だ。
今は、ゆっくりと眠ることにしよう───。
次の日のお昼休み。
私は城戸くんに呼び出された。
誰もいない講義室。
そこに向かい合って座った。
「──この写真なんだけど……見覚えある?」
城戸くんに、その写真を見せられて私は声を出すことが出来なかった。
どうして……!?
何でこの人が写ってるの……!?
嘘であって欲しいと願いながら、私はその写真を何度も何度も見返す。
そこには、黒っぽい格好をして電柱の影に隠れている───
「これって古宮さんといつも一緒にいる、周藤陽太だよね。」
その名前を出したくなかった。
今ここで聞きたくもなかった。
「俺も、まさか犯人が周藤くんだとは思わなかったよ。でも、近くにいるからこそ見えない事ってあるよね。」
淡々と語る城戸くん。
言われてみれば、心当たりはあった。
城戸くんと仲良くなったと話していた時の、あの曇った表情。
ストーカーされていると言った時の、あの驚きの顔。
ストーカーは学内にいるかもしれないと言った時の、何とも言えない表情。
そして、何より警察に相談するということを、一番近くで聞いていたのは誰でもない陽太くんだった。
全てが繋がる。
全てが繋がってしまった。
「──古宮さん……?」
そう言われ、顔をあげると、涙がポロっと溢れて、自分の手の甲に落ちた。
城戸くんは、ひどく驚いていた。
城戸くんは、そんな私の頭を引き寄せ、優しく抱き締めてくれた。
「……ごめんね。泣かせるぐらいなら言わなければ良かった。俺が、話をつけてくれば良かった……。」
「違っ………ごめっ……なさいっ………!!」
「後は俺に任せれば良いから。だから…泣かないで?」
城戸くんの優しい声が、頭の中に響き渡る。
私は城戸くんの腕の中で、声を殺して泣き続けた。
昼休み終了、10分前になると、誰もいなかった講義室にも人が増えてきた。
それは、陽太くんがこの教室に現れることも意味している。
私は、憂鬱な気分で机に座っていた。
すると……
「──古宮。」
何度も呼ばれたその名前。
聞きなれたその声。
今は嫌悪しか感じない。
私は聞こえないふりをして、前を向いたまま黙っていた。
すると、肩をポンとたたかれる。
私は、ビクッとして思わずその腕を掴んでいた。
そのままの勢いで振り返ると、いつもと同じ顔をした陽太くんが立っていた。
「あ、ごめん……。聞こえてないみたいだったから、肩たたいたんだけど……驚かせた?」
その言葉に答えず、私は手を離すと再び前を向いた。
「……古宮?」
「……ごめんっ。……今は一人にしてっ……。」
必死で声を絞り出す。
すると、陽太くんから驚きの言葉が発せられた。
「……もしかして城戸から聞いたの?」
その言葉に、私は肩をビクッと震わせた。
「そっか。分かった。」
分かった……?
何が?
何も解決なんてしてない。
何を言ってるの?
ねえ、どういうこと?
そう思って振り返った時には、陽太くんの姿はどこにもなかった。
え……?
どこに行ったの……?
すると、代わりに結愛が講義室に入ってきた。
私に気がつくと、クールな表情を崩さないままこちらへやって来た。
「結愛、陽太くん見なかった?」
「周藤?ああ、周藤ならさっき早退するって帰ってったけど?」
「……え?」
私は訳も分からないまま、その場に座って動けなかった。
何がどうなってるの………?