第二話
大学を出た後も、何となく家に帰る気にならなかった私は、一人買い物を楽しんでいた。
何を買うわけでも無かったが、色んな物をゆっくり見てまわるだけで少し気持ちが落ち着いた。
そんなことをしていると、辺りはあっという間に暗くなり私は家へと急いだ。
閑静な住宅街の中にある、アパートに一人暮らしをしている私。
でも、それが今は不安で仕方がない。
先ほどから、後ろから足音が聞こえる。
気にしないようにすればするほど、それは大きく聞こえてきて、自然と早足で歩いていた。
それに合わせて、後ろから聞こえる足音も早くなる。
怖くて後ろなんて振り向くことも出来ない。
冷や汗が背中を伝う。
息も上がる。
どんどん歩くスピードは早くなり、私はとうとう走り出した。
もしかして………今まで、嫌がらせだと思ってたのは、全部ストーカーの仕業だったの……!?
どういうこと!?
何で、私なんかがストーカーされなきゃいけないの?
嫌だ。
怖い。
助けて。
その時、後ろからガッ!!と肩を掴まれた。
「───いやっ!!!離してっ!!!!」
私は思いきり腕を振り払おうとするが、びくともしない。
「ちょ、古宮さん!?落ち着いて!?」
その声に驚いて私は顔を上げる。
そこには、城戸くんがいた。
「……え?待っ………何で……?」
突然現れた城戸くんに、私は驚きを隠せなかった。
「帰ってたら、ちょうど古宮さんがいたから、声かけようと思ったのに、すごい勢いで走っていくんだもん。思わず、追いかけてたよ。」
呼吸を整えると同時に、私の気持ちも段々と落ち着いてきた。
「……そう……だったんだ。あ、ごめんね!?別に城戸くんから逃げてた訳じゃなかったの!!」
私は必死で弁解する。
しかし、城戸くんの表情は曇ったままだった。
「……ごめん。怒ったよね……?」
「怒ってるんじゃないよ。心配してるんだ。」
「……え?」
城戸くんの思わぬ一言に私は困惑する。
「帰るときの様子がおかしかったから、実は密かに心配してたんだよ。
それで、さっきの逃げ方を見て、確信した。
誰かに何かされてるんじゃない?」
「──!?」
私は、ただただ驚くしかなかった。
何で分かるんだろう…?
城戸くんは、すごいな…。
私は、城戸くんの言葉に素直に頷いた。
「やっぱりか……。俺でよければ協力させて?古宮さんの力になりたいんだ──。」
「──ちょっと、待っててね!お茶出すから!」
「あ、お構い無く!!」
あれから、どういう流れになったのか、城戸くんが私の家に来ることになった。
昨日、ちょうど掃除してて良かった……。
私は、部屋に城戸くんを残し、一人キッチンで心を落ち着かせていた。
好きな人が家にいるのだ。
緊張して当たり前だ。
扉を開けて中に入ると、城戸くんは窓の外を眺めているところだった。
「城戸くん?どうしたの?」
「へ?ああ、いや、近くに公園があるんだなって思って見てた!」
「あ、そうなの。近所の子供たちがよく遊んでるよ。」
「そうなんだー!」
それから、机に向い合わせで座った私たち。
「それで……?具体的には何をされてるの……?」
「……うん。実は、メールがたくさん届くんだ。」
「メール……?」
「いつも私を監視してるようなメールなの。
"さっき○○してたね"とか、"今日は髪の毛結んでるんだね"とか、"今日も変わらず可愛いね"とか。
あとは、今日みたいに後をつけられてることもある。
最初はね?誰かの嫌がらせだと思ったんだ。
でも、これって……」
「──ストーカー。」
城戸くんは真面目な顔で私にそう言った。
「それって完全なるストーカーだよね。」
「……やっぱり、そうなんだ……。」
私は、はぁとため息をつく。
まさか、自分がストーカーされる身になるなんて思ってもみなかった。
「……警察に相談した方が良いのかな……?」
その言葉に、城戸くんはピクリと反応する。
「警察は……どうだろう……。それで、ストーカーが逆上して、古宮さんに危害を加えるようになっても困るしね……。」
「……そんなこともあるんだ……。」
私は、再びため息をついた。
すると、城戸くんは突然立ち上がる。
「でも、安心して?その代わり、俺が古宮さんを守るから。いざという時は、頼りにしてよ。」
「城戸くんっ……!」
その言葉が、とても嬉しくて心に染み渡った。
やっぱり、この人を好きになって良かった。
本当に優しい心の持ち主だね。
私が、一人そう思っていると、城戸くんが窓の外を見ていた。
「……城戸く──」
「──静かにっ!!」
城戸くんは、そう言うとカーテンをシャッと閉めた。
へ?
「……今、そこの公園から、こっちを見てる男がいた。」
「……えっ!?」
「もしかしたら、そのストーカーかもしれない。」
「ま、待って……私も覗いて──」
「──今は顔を出すべきじゃない。」
城戸くんに、ガシッと腕を掴まれ、私はおとなしくその場に座った。
「男と一緒にいるって思われたら、相手も何をしてくるか分からないよ。」
「えっ…!?」
「…だから、今は電気を消して大人しくしておくべきだ。」
そう言うと、城戸くんは部屋の電気を消した。
真っ暗で何も見えない。
それが、私の不安を増大させる。
「……城戸………くん……?」
声をかけるが、返事は返ってこない。
「……城戸……くんっ……。どこっ……?」
思わず、目に涙が滲んできた。
そのまま、動けないでいると突然温もりに包まれた。
「………大丈夫。俺はここにいるよ。」
城戸くんの香り、声、温もりを感じる。
恥ずかしさも感じず、私は城戸くんの背中に手をまわした。
温かい……。
「安心して……。俺がいるよ───。」