9、彼らの選択
本日二回目の更新です。
前話を読んでいない方は、そちらからどうぞ。
放課後、ファミレスで暗い表情で顔を付き合わせているのは、凛を除くいつものメンバーだった。
多部がもたらした情報を共有し、彼からの助言について相談するためだった。
「……どう思う?」
一部始終を話し終えた和穂は、最後にそう締めくくった。
「前までなら、笑い飛ばしただろうけど……」
この短い期間に見聞きしたことで、それが事実なのだと思えてしまう。
「凛にも連絡したから……来るって」
事後処理と葬儀の準備で忙しいだろう凛も、事情をメールすると行くという返事が返ってきた。凛としては、自分の兄の死に少なからず関わる内容なだけに、看過できなかったのだろう。
「私は、その多部さんって人と管理人に会うべきだと思うの」
「でも、戻れなくなるって脅されたんでしょ……?」
彩乃が青い顔で尋ねる。
「俺も、多部と管理人に会うように交渉してみたい」
幹生の言葉に、彩乃が目を見開く。助けを求めるように隣の尊を見れば、彼は思案顔だった。
「……二人に強要するつもりはないの。だけど、友樹さんは私にとって幼馴染で、大事な人だったから」
「ま、そういうことだよな」
幹生が軽い調子でコーラを啜る。
しばらく沈黙が続くと、通路の奥から私服の凛が歩いてきた。
パッと見ただけで酷く憔悴し、泣き腫らした瞼が痛々しい。
「久し振り……」
沈んだ声の挨拶に、和穂たちもそれぞれ凛を出迎える言葉を口にした。
凛に再度詳しく説明すると、凛は神妙に頷きながら口を開く。
「……忘れることなんて、できるわけないよ」
どんよりと暗い瞳で微笑むと、凛は鞄から一冊のノートと葉書を取り出した。
葉書は茂人からの年賀状で、ノートは友樹の日記だった。
「読んでもいいの?」
和穂が凛に確認を取ると、凛は静かに頷いた。
和穂がパラパラとページをめくる音が響く。
和穂たちとの思い出や凛と喧嘩したこと、友達のこと。最初はそんな取り留めのないことが丁寧な文字で書かれていた。
それが変わってしまったのが、去年のハッピーウイングでの事件からだ。
「友樹さん……」
最後まで読んだ和穂の目尻に、自然と涙が浮かぶ。乱暴に涙を拭うと、和穂は顔を上げた。
「結局、この事件に関わってしまったら……もう普通になんて戻れないんだよ。あたしは、兄貴を追い込んだやつを許さない。だから、その多部とかってやつが事件を調べるなら、あたしもつれてって貰う」
凛が思い詰めた顔で言い捨てる。
「アヤ。お願いがあるの」
和穂の言葉に、彩乃の肩が跳ねた。
「……多部さんが言うことが本当なら、私たちこのままだと死ぬかもしれない。だから、アヤはこれ以上深入りしないで。もしも私たちが死んだら……警察へ行って、話してほしい」
「どうしてそんなこと言うの……? 危ないならやめようよ……多部さんが言うように、知らなかったことにして……」
彩乃が泣きそうな声で哀願する。和穂はそれを悲しそうに見つめると、首を横に振った。
「無理だよ、ごめん」
「……アヤ、言う通りにして」
凛が優しく、諭すように言う。
彩乃は駄々っ子のように首を横に振る。
「尊も、それでいいよね」
和穂の言葉に、尊は諦めたように肩を落として頷いた。
「決まりだな」
「じゃあ、多部さんに連絡して……茂人さんの自宅に行くなら、関谷さんもいた方がいいか……」
和穂がつぶやくのを見て、尊が立ち上がる。
「アヤ、行こう」
「嫌だよ、タケルちゃんまで……アヤも……アヤも行く!」
彩乃の言葉に、和穂を始めみんなが沈黙する。その決意のこもった瞳に、一瞬気圧される。
「アヤ……」
「嫌だよ……みんなが知らないところで死んじゃうかもしれないのを、黙って安全なところで見てるなんて……」
彩乃のすすり泣きが響く。尊はもう一度腰を下ろすと、深い溜息を零す。
「……アヤ。アンタや尊に、あたしみたいな思いして欲しくないんだよ」
「わかってるよ……。だけど、凛が言ったんだよ? 忘れられるわけないって……」
「そうだね……」
凛も涙を浮かべ、俯いた。行動してもしなくても、起きてしまった事実は変えられないのだ。
「みんなでいこう」
尊が静かに呟き、最早それを止める人間はここにはいなかった。
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数日後、凛の自宅へ友樹の遺体が帰ってきた。家族と親しい人達だけのささやかな葬式は、憔悴しきった凛の母親が、気丈に振る舞う様が。参列者の中に波のような悲しみを生んだ。
和穂たちは、そんな葬式から数日と開けず、多部と会う約束を取り付けていた。
「やっぱり連絡してきたね」
指定したファミレスへやってきた多部は、相変わらずのくたびれたスーツ姿でそう言った。
「……それで、情報をもらおうか」
額の汗を拭いつつ、多部が切り出す。代表して和穂が口を開いた。
「多部さん、それなんですけど。条件があります」
「へえ……」
興味深いものを見るように、多部の目が細められる。和穂は臆することなく多部の目を睨み返し、なおも続けた。
「最初の事件のもう一人の目撃者の居場所を教えます。だから、紅の魔術師のホームページを管理している人の元へ、一緒に行ってほしいんです」
「……もちろん、危ないのはわかっているよね? 僕はこの前言ったよね。忘れるべきだと」
「わかってます。みんなで相談して決めました」
淀みなく紡ぎ出される和穂の言葉に、多部が少しだけ驚いた顔をした。
取り繕うように咳払いを一つ。ややあって、多部がゆっくりと口を開いた。
「まあ、いいだろう。その代わり、怪我をしたり死んだりしても、僕を恨まないでね」
あっさりと承諾すると、多部はにんまりと笑った。あるいは、その答えを予期していたのかもしれない。
それでも和穂は安堵の溜息を零すと、多部のことを見つめた。
「それで……案内はしますけど、ちょっと私たちだけでは会えないと思うので、関谷さんも呼んでもらえますか」
「……ふうん。想像はつくね、大体。いいよ、僕から連絡しておこう。ここに呼べばいいのかな」
「駅の方がいいと思います。居場所、は駅のそばなので……」
「そう、わかったよ。じゃあ少し電話してくるから」
多部はそう言うと、席を立ってファミレスの出口へと向かった。
「……断られるかと思った」
彩乃が拍子抜けしたように呟く。
「あの人、こういうのの専門家みたいだから、わかってたのかも」
和穂の言葉に、彩乃が納得したように頷く。
すぐに通路に多部の姿が見えたので、口をつぐむ。
「30分後に駅で待っているそうだよ。さて、行こうか」
多部はそれだけ言うと、伝票を掴んで歩き出した。
仕事となると真面目になるらしい多部に驚きつつ、和穂たちは、慌てて多部の後を追ったのだった。




