7、成果
雨だからだろうか。図書館の利用者はまばらで、和穂たちは難なくパソコンブースを借りることができた。
枝蛇市の市立図書館は、パソコンブースは個室になっている。借りた部屋の中に入ると、薄暗い室内にスリープモードのパソコンが一台置かれていた。隣には、資料を印刷するためのプリンターも設置されている。
地元の学生がグループワークに使えるようにとの配慮で、室内には長机と数脚のパイプ椅子も用意されている。
「なんか久しぶりに来たけど、あんまり変わってねえな」
幹生が室内を見回し呟く。年季の入った壁には、「飲食禁止!」と書かれた張り紙がされている。
「とりあえず、何を調べようか……」
尊がパソコンの前に座り、スリープモードを解除する。インターネットのブラウザを立ち上げると、幹生のことを見上げた。
「そうだな……無難に紅の魔術師の噂とか」
「わかった、ちょっと待って」
尊の指が、滑らかにキーボードを操作する。エンターキーを押すと、画面が切り替わり幾つものページが目の前に飛び込んできた。
「いっぱいあるね」
彩乃が尊の後ろから画面を覗き込む。尊は肩をすくめると、画面をスクロールしていく。
「……どれもただの噂みたいだけどね」
元々期待していなかったのか、尊が静かに呟く。横から画面を見ていた和穂が、あっと声を上げた。
「どうした?」
「えっと、今のところ……」
和穂は流れていく文字を目で追っていた。ふと、その中に気になる文字を見つけたのだ。和穂が指差したリンク先を、尊が迷わずクリックする。
現れたのは、黒い背景に赤い文字で描かれたホームページだった。
「趣味悪……」
思わず口に出す幹生を無視し、和穂はホームページのタイトルを凝視した。
「紅の魔術師」
尊が音読する。ホームページの内容は、主にチャットのようだった。
タイトルの下には、「紅の魔術師が君の望みを叶えてくれる」という短い文が添えられている。リンクの下に薄く表示されていたそれが、和穂の目にとまったのだ。
「どういうこと……?」
「さぁ……?」
彩乃の疑問に、答えを持つものはこの中にはいない。
「チャットルームと……なんだこれ、生贄リスト? 物騒だな……」
尊が呟き、生贄リストと書かれたリンクをクリックする。画面が切り替わり、ずらりと並んでいたのは人名だった。
「なんか、これ……嘘だよね?」
彩乃が動揺して尊の服の裾を引っ張る。
「一番上は……佐々木恵一だって」
少なくとも、和穂は聞き覚えのない名前だった。
「なあ、これが本当に生贄リストならさ。この前のカラオケのやつ。あれさ……」
幹生の言いたいことがわかったらしい尊が、顔をしかめる。
「……そういえば、身元はわかったのかな」
和穂が画面を注視したまま呟いた。尊は少し迷ってから、別窓でブラウザを立ち上げると検索し始めた。
「……あったよ。身元、わかったみたいだね」
開いたのは、ウェブニュースのページだった。そこには、カラオケボックスでの被害者の身元について簡単に書かれていた。
「佐々木恵一……二十才……」
「……う、うそ」
彩乃が震える声で口元を押さえた。和穂は難しい顔で画面を見つめる。
「待って、チャットの方も見てみよう。ニュースをチェックしてる人が、イタズラで作っただけかもしれないから」
和穂の言葉に、尊は今度はチャットルームをクリックした。
飛び込んできた文章に、思わず和穂たちは息を呑む。
チャットルームのタイトルは、「紅の魔術師に捧げる生贄を記せ」だった。
チャットルームには幾つか書き込みがされていたが、そのほとんどが酷いものだった。
「これって、紅の魔術師に殺害依頼をしてるってこと?」
最新ページには、佐々木恵一の名前はなかった。ほとんどが、紅の魔術師を讃える文章や、感謝を述べる文章。たまに荒らしともとれる乱暴な書き込みも見つかったが、ほとんどは狂信とも言える紅の魔術師への賛美が書き連ねられていた。
「えっと、佐々木……恵一……あ、あった」
幾つかページを遡ると、尊は目的の名前を見つけ出した。
内容はシンプルなもので、僕をいじめていた佐々木恵一を殺してください、と書かれている。
「……日付は、俺たちがカラオケに行く前の日か」
「え……ほ、本当なの……?」
彩乃が泣き出しそうな顔で呟く。
「どうなの? こういうのって、嘘つけるものなの?」
和穂が尊に尋ねる。
「どうかな……俺もそこまでは……。でも、一応印刷して警察に持っていこう」
「でも、変だよなこれ。佐々木恵一なんてありふれた名前だろ? こんな簡単な依頼で、人一人殺せるものなのか?」
幹生も疑問は最もだった。仮にこのホームページが紅の魔術師への殺害依頼を斡旋する場だとしても、どうやって紅の魔術師はターゲットを見つけ出すのか。
「ねえ、アヤ。ハッピーウイングの店長って、名前わかる?」
唐突な和穂の問いに、彩乃は面食らったように瞬きを繰り返した。彩乃は少しして鞄から財布を取り出すと、中から一枚の名刺を取り出した。
「はい、これ……」
「ありがと。尊、リストにこの名前あるか調べてみて」
「いいけど、あるんじゃないの?」
尊が名刺を受け取りながら聞き返す。和穂は首を横に振ると、口を開いた。
「……まだ紅の魔術師が認知される前の事件だよ。ニュースにもなってなかったじゃない。普通はないはずだよ。あるってことは、限りなく本物に近いと思わない……?」
自分の考えを話しながら、和穂は自身の心臓が激しく脈打つのを感じていた。なければいい。そんな思いを込めて。
尊は和穂の話を一通り聞くと、神妙な面持ちで頷いた。リストを遡り、名刺に書かれた木戸俊之、という名前を探していく。
「……」
尊の指が、その動きを止めたのはリストの最後だった。
「……やっぱり」
和穂の暗い声が、やけに大きく部屋に響いた。




