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4、安心と好奇心

今回もグロはありません。次回から少しお話が動くと思います。今日は余裕があれば、もう一話投稿予定です。

 暗い廊下から案内されたのは、長机を二つ並べた小さな部屋だった。取調室と言うより、塾の個室のようだと和穂は思う。


「じゃあ、そこに座ってね」


 スーツ姿の男性……関谷は、そう言って和穂たちにパイプ椅子を勧めた。自身も座りながら、バインダーに挟んだ真っさらな紙の上に、日付や時間、和穂たちの名前や連絡先を書き込んでいく。


「じゃあ、幾つか質問していくから。なるべく覚えていることを正確に。まぁ……どうしても気分が悪いとかあれば、無理しなくてもいい。ゆっくりでいいよ」


 そう言って、後ろに立っている婦警に目配せする。婦警は柔らかな笑顔を浮かべ頷いている。

 和穂たちは頷きあうと、お互いに補足を加えながら昨日目撃したものを説明した。


「……ふうむ。なるほどねえ。時間的にも、そうか……うん、食い違いもないようだしね」


 関谷は一人で頷きつつ、手元の紙を覗き込む。


「あ、あの……犯人はやっぱり、紅の魔術師……なんですか?」


「え?」


 恐る恐る尋ねた凛の顔を見つめ、驚いたように……だが、すぐに納得したように関谷が口を開く。


「……あぁ、ニュースを見たのかい? 正直私からすれば、そのネーミングもどうかと思うんだけどねえ。しかし、捜査状況などは話せない決まりなんだ、悪いね」


「いえ……そうですよね……」


 凛の不安そうな声を聞き、関谷は暫し考え込むような素振りを見せる。ややあって、手元の紙に幾つか記入すると立ち上がった。


「そうだな、君たちは怖い思いをしただろうしね。一応パトロールを強化するよう伝えておこう」


「ありがとうございます……」


「これも仕事だからね。もし何かあれば、すぐに110番するんだよ。今日はごくろうさん」


 安心した表情をした凛を確認すると、関谷は部屋を出て行く。


「では、お帰りいただいて大丈夫ですよ」


 婦警が笑顔で言ってはじめて、和穂たちはぐったりした様子で立ち上がった。

 警察署から出る頃には、すっかり昼を過ぎていた。


「アヤ、そういえばどうして急に警察に?」


 思い出したように和穂が声をかける。彩乃は困ったような悲しそうな顔で、和穂を見つめた。


「……じっとしているのが怖くて。それに、アヤ、あの時吐いちゃったから……」


「あぁ……」


 自分の吐瀉物から身元が割れると思った彩乃は、焦る気持ちで連絡もせずに一人で警察に行こうとしたらしい。


「心配するんだから、勝手にいなくなっちゃだめだよ」


「ごめんね、和穂。タケルちゃんもごめんね」


 彩乃の表情は、昨日よりもかなり和らいでいた。いや、彩乃だけではない。

 警察に伝えることは伝えた結果、パトロールを強化するという言葉を聞けたのだ。これでもう、怯えなくていい。いつも通りの日常が戻ってくるという安堵。そんな色が各々の顔には浮かんでいた。


「あー、安心したらお腹すいちゃった!」


 凛が身体を伸ばしつつ大げさに言う。


「俺も。何か食いに行こうぜ、今日はもう学校って気分じゃないし」


 幹也も久しぶりの笑顔をみせた。和穂も頷くと、きゅるると彩乃の腹が鳴る。


「あ……」


 頬を染め俯く彩乃に、一同から笑いが起こる。


「わ、笑わないでよー! 怖くて昨日から何も食べてなくって……」


「はいはい。じゃあ、ファミレスでいいよね」


「早く行こうよー」


 やっといつもの調子で歩き始める。賑やかに笑いながら歩くと、昼過ぎの繁華街の人波へと突入する。

 相変わらず、うんざりする暑さだった。熱したフライパンのようなアスファルトが、陽炎のようにゆらゆらと。日陰を選んで歩いていても、照り返しが容赦なく身を焦がす。

 目的のファミリーレストランに入ると、外の熱気が嘘のような涼しさだ。和穂たちは笑顔で迎える店員に案内され、ボックス席へと座り込む。


「うー、生き返るって感じ……」


 だらしなくテーブルに突っ伏し、凛が情けない声を上げた。


「あはは、なんか大変だったもんね……」


 グラスの水を飲みながら、彩乃が微笑む。


「もう、ああいうのは勘弁だよなあ」


 幹生が肩をすくめる。和穂としては、これに懲りて幹生が少しでも真面目になってくれればと思わないでもない。


「早く捕まればいいのにな……」


 尊が溜息交じりに呟く。和穂たちも頷きながら、料理を運んできた店員が目に入り口をつぐむ。


「お待たせいたしました!」


 眩しい笑顔で料理を並べていく店員を見ていると、和穂はふと気になった疑問を口に出す。それはあまりにも自然に、するりと唇から零れ落ちた。


「……でも本当、紅の魔術師ってなんなんだろ」


 落とされた単語に、今まさに食事をしようとしていたみんなの顔が曇る。それを悟った和穂は、慌てて両手をぶんぶんと振った。


「ご、ごめん。やっぱなんでもないよ」


「……確かに。和穂が言うのもわかるかも。こんだけ世間を騒がせてるのに、何もわかってないってヤバくない?」


 手にしていたフォークを置きながら、凛が呟く。


「それなんだよ。そういえば、例のカラオケって前も事件があったんだろ?」


 幹生は最早他人事なのか、ステーキを頬張りながら尊のことを見る。尊は少しだけ暗い表情になり、小さく頷いた。


「そうらしいね。そういえば、ニュースにはなってなかったな……」


「あぁ、なんでも去年? だかに起こったやつで、まだ紅の魔術師が有名になる前の事件だったはずだよ。昨日も言ったけど、兄貴の友達が見ちゃってさ……」


「うーん……気になる、よねえ。紅の魔術師の事件なのかな……」


 彩乃が恐々という様子で呟く。凛は少し考え、困ったように首を振る。


「兄貴もあんまり話したがらなくってさ。酔った時にちょっと話してたくらいで……でも、兄貴にきいてみる……?」


「でも、いいのかな。あんまり深入りしない方がいい気もするけど」


「まあな……でも、気にはなる」


「危なくなったら調べるのやめようよ。とりあえず、明日土曜だし、兄貴に話ききたいなら家にいてって言っとくけど」


 結局、人間は好奇心には勝てない生き物らしい。怖い目にあったというのに、和穂たちは凛の兄に話を聞くことに決めてしまった。

 一抹の不安と好奇心と。そんなものを胸にしまいこんで、和穂はひとつ溜息をついた。

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