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10、歪んだ人格

今日も夜にもう一度更新予定です。

 関谷と合流した和穂たちは、関谷と多部を伴って駅のそばにある高層マンションの一つへとやってきていた。


「関谷さん、多部さん。目撃者は……ご存知かもしれませんけど、友樹さんの友人なんです」


「例のホームページを確認したけど、君たちが初めの事件と呼ぶ、生贄リストの最初の被害者の事件かい」


「そうです」


「関谷、どこまで調べられた?」


 多部が関谷に尋ねると、関谷は手帳を開いてページをめくった。


「裏は取れてるな。確かに、この奇妙な連続殺人事件が最初時始まった……と認識できるのは、その事件が最初だろう。今のところは」


 つまりは、ホームページの生贄リストと、現実での被害者が一致していることを表す。


「それで、ここに友樹くん以外の目撃者がいるのか」


 多部が興味深そうにマンションを見上げる。和穂は頷きかけ、すぐに首を横に振った。


「いるのはご両親だけだと思います……友樹さんの友人……茂人さんは、入院されてるって話なので」


 和穂の言葉に、多部の瞳がギラリと光った。


「へえ。それは。だから関谷を呼ばせたのか」


「すみません、騙すみたいなことをして。私たちだけだと、多分会わせてもらえないと思って」


「まぁいいさ、それならさっさと行こう」


「俺、インターフォン押すよ。一応茂人さんと面識あるし、友達だって言ってみる」


 幹生が進み出て、エントランスのインターフォンに向かう。オートロック式のエントランスは綺麗に磨かれていて、照明に照らされ輝いていた。

 部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押す。何度かチャイムの音が鳴り、女性のはい、という返答があった。


「こんにちは、俺、茂人さんの友達で……あの、茂人さん、今家にいますか……?」


 幹生の緊張した声がエントランスに響く。

 インターフォン越しの女性は、しばしの間沈黙していたが、深い溜息をつく音が聞こえた。


「……茂人の友人なの? それなら……茂人の状況をご存知なのではなくて?」


 声には拒絶の色が隠すことなく含まれている。幹生は尚も食い下がる。


「あの、友樹さん……佐沼先輩を覚えてませんか? 茂人さんと仲が良かった……」


「友樹くん……の、知り合いなの? どうして……」


 女性の声に、動揺の色が滲み出る。幹生の背後にいた関谷が、幹夫の肩を叩く。


「失礼します、茂人くんのお母様ですか?」


 突然会話に乱入してきた関谷に、女性が動揺しつつも肯定する。


「私、関谷と申します。警察です。とある事件を調べていまして、茂人くんのお話を聞きたいのです。それで、彼に協力を」


「あ、ああ……そうだったのですね。そうですか……茂人はいませんけれど、どのような……」


「事件の内容までは……ですが、茂人くんの証言が重要であることは確かです」


 関谷が言い募ると、女性は諦めたような溜息をついた。


「……わかりました。少し、待っていただけますか。今下に降りますので」


 プツッとインターフォンが切れ、静寂が訪れる。幹夫と関谷から、安堵の吐息が漏れた。


「あまり会わせたくなさそうだね……」


 彩乃が呟く言葉に、尊が頷く。


「入院しているって話だけど、どうしてだろう」


「……なんとなく想像はつくけどね」


 多部が肩をすくめると、自動ドアの奥にあるエレベーターの扉が開いた。中から、一人の女性が降りてきた。


「お待たせしてすみません……」


 茂人の母、涼香は、エントランスにいる人数にぎょっとしつつも丁寧な言葉遣いで挨拶をした。

 和穂たちも、茂人の友人で捜査に協力していると告げると、涼香は安堵の表情を浮かべた。

 和穂たちが付いてくることに疑問を感じているようだったが、関谷が何も言わないので涼香は無理矢理納得したようだった。


「では、どうぞ」


 涼香に案内され、和穂たちは歩き出す。

 繁華街を抜け、少し街の喧騒とは離れた場所に、それはあった。


「……精神病院」


 誰ともなく呟く声が聞こえた。

 市立の精神病院は、和穂も存在は知っていた。当然ながら、訪れるのは初めてだ。


「茂人なんですけど、ちょっと不安定なので……あまり大人数は……」


 涼香が申し訳なさそうに呟く。


「……俺たちは待ってるよ」


 尊と彩乃、それに凛がロビーで待つことになった。


「では、ご案内しますね。興奮させないでください」


 涼香がそう言い含め、エレベーターで上階へと向かう。

 エレベーターから降りると、静寂に包まれた廊下とずらりと並んだ病室が目に入った。どの扉も締め切られている。


「お母様は、待っていていただけますか」


 多部が優しく言うと、涼香は戸惑いつつも頷いた。


「奥の302号室です。あの、今やっと落ち着いてきたので……本当に興奮させないでくださいね……」


 涼香の言葉に頷きつつ、和穂たちは茂人の病室へと向かった。

 扉の前に立つと、ノックをする。返事はなかったが、和穂たちは病室へと身を滑り込ませた。

 病室に入る瞬間、不安そうな顔で立っている涼香の顔が、和穂の目に入った。

 茂人の病室は、和穂が知る普通の病室とそんなに大差がないように見えた。

 一つ違うとすれば、窓に格子が取り付けられていることくらいだろうか。


「茂人さん……」


 幹夫の声に和穂がベッドへと視線を向ける。

 ベッドの上には、やつれた男性が横たわっていた。


「……だれ?」


 舌ったらずな声が室内に響き、男性……茂人が人懐っこい笑みを浮かべた。


「ミッキー」


 嬉しそうに声を上げる茂人は、無邪気な笑顔を見せてベッドから身体を起こした。


「茂人さん、お久しぶりです。調子はどうですか?」


 茂人の身体に繋がれた点滴を見て、幹生が声をかける。茂人はにこりと笑うと、ひとつ頷いた。


「元気! ミッキー久しぶりだねえ! 僕はずっとここにいるから、暇だったんだぁ」


「どうして入院を?」


「お母さん、僕に教えてくれないんだ……」


 しゅんと項垂れる茂人に、和穂は違和感をおぼえる。茂人とは初対面だったが、大学生の言動にしてはあまりにも幼い物言いなのだ。


「……茂人くん、ちょっといいかな」


 多部が優しく、茂人に笑いかける。

 茂人は不思議そうに多部を見上げ、小首をかしげた。小学生男子なら可愛い仕草かもしれないが、目の前にいるのはやせ細った成人男性だ。どこか不気味さすら感じるその光景に、和穂は思わず眉根を寄せる。


「君は……友樹くんと何を見たのかな?」


「おじさんだあれ?」


 目を瞬かせ、茂人が聞き返す。その様子を見ていた幹生も、不自然なその反応に顔をしかめている。


「もう一度きくよ。君は、ハッピーウイングで、友樹くんと、何を見た?」


「あ……え……」


 茂人の瞳が、おろおろと宙を彷徨う。それまで無邪気な笑顔を浮かべていたのに、急に恐ろしいものでも部屋にいるかのように。


「覚えているはずだよ、茂人くん。君は見たんだろう? それは、なんだった?」


 多部の口調は落ち着いたものだったが、茂人はそれすら恐ろしいと言いたげに頭を抱えて俯いた。


「やめて……やめて……」


 震えながら呪文のように哀願するが、多部はやめない。


「何を見たか教えてくれたら、すぐに帰るから」


「ミッキー……」


 瞳に涙をため、助けを求めるように幹生を見つめる茂人。だが、幹生も首を横に振る。


「茂人さん、お願いです。友樹さんが……死んだんです」


「うそだ……」


「うそじゃ、ないですよ」


 瞬間、茂人の顔が悲壮感を漂わせる表情に歪む。力無く腕を投げ出し俯くと、ややあって顔を上げた。

 先ほどまでの幼い表情ではなく、年相応の……だがひどく疲れきった顔をした茂人だった。


「……俺」


 ぽつり、と茂人が呟く。その言葉を聞き漏らさないよう、和穂は耳をそばだてた。


「ゲームとかで見たことある。あれは、魔方陣ってやつだ……友樹は気がついてなかった。店長の身体が、魔方陣に吸い込まれて……飛び散った血と肉だけ、残った……」


 ガチガチと歯を鳴らしながら、茂人は語る。

 魔方陣という単語に、和穂は眉根を寄せる。


「そうか、どんな魔方陣かわかるわけもない、か。ありがとう、茂人くん。少し眠るといいよ。寝て起きたら……これは悪い夢だと思うんだ」


 多部が茂人の頭に触れ、優しく言う。すると、茂人の身体が糸の切れた人形のようにくたりと倒れ込んだ。

 規則正しい寝息が、茂人から漏れ聞こえる。


「なんだったんですか? 魔方陣……?」


 幹生が疑問を口にするが、多部ははぐらかす様に笑顔を浮かべ歩き出す。


「ここじゃなんだからね、戻って話そう」


 多部の言葉に和穂と幹生は顔を見合わせ、歩き出した。

 関谷はその後ろで、哀れみのこもった目で茂人を一瞥し、すぐに三人の後を追った。

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