魔王、出歩く。
「いつも通り」
つっかけを履こうとして、やめた。今朝はせっかくの休みなのだ。お気に入りのシューズにしよう。
赤と青のアディダス。たとえ、用事が洗い物をするためのスポンジを買いに、近所の魔導商店へでかけるだけでも、気分が変わるかもしれない。
新築の魔王城の扉を開けると、冬の日差しが優しく顔を照らす。このぶんだと、我が子初めての園内遠足は大成功に終わるだろう。お弁当、あれで良かったのだろうか。サタン芋とデビルブロッコリーの湯がいたんは、あんなもんだとして。魔界鳥をつくねにしたのはまずかったか。よく、火は通したはずだが…。うん、冬だし大丈夫、大丈夫!
歩きながら、ひとり脳内ナレーションを続ける我。まるで某ハルヒのムッツリ青年じゃないか。思わず苦笑してしまう。
そういえば、一人だった頃はいつもこうだった気がするな。
『お前嫌いやわ』
勇者殿からのメッセージの更新は、あれから無い。
「コーヒー、レギュラー。あと、毒緑ドーナツ。」
元気な悪魔萌えスタッフのスマイルに見送られ、歩きながら思考を廻らす。
どうすればよかったのだ?どうしたらよいのだ?
分からない。我はいつだって、彼女を優先してきたつもり、だった。
だから、分からない。
魔王城のポストには、請求書や、安くて美味いと評判の宅配弁当屋のチラシ、水道トラブルの電話番号入りマグネット、などが入っていた。我がAmazonで注文したAC DCのアルバム《Highway to hell》はいつ届くのだ。
階段をあがり、コーヒーとドーナツを置こうとして、我は思った。
「スポンジが無いではないか」