第9話 イベント商法
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 珍しい異国の智略ゲームに挑戦する方はいませんかー!」
クーデルさんのよく通る声が、賑やかな夕方の長靴通りに響く。
開始時間を夕方に定めたのは、仕事帰りのお客さんが一番多いからだ。
「へぇ、智略ゲームだって? クーデルちゃん、面白いことやってるね」
通りすがりの絵の具で汚れたエプロン姿のお兄さんが、一番に興味を示してくれた。その手は、様々な食材がつまった大きな紙袋を抱えている。
「いらっしゃいませクロエさん。買い出しですか?」
「あぁ、師匠の奥さんに頼まれちゃってね。末の弟子はツラいよ」
クロエさんは職人街に住む画家見習いで、最近有名な先生に弟子入りしたらしい。
ちなみに、クロエさんには獣耳も尻尾もない。この世界には僕と同じ姿の人もいるのだ。数は圧倒的に少ないけど、おかげで僕が悪目立ちせずにいられている。
クロエさんは店の窓ガラスに張られた張り紙を見て、ん? と首を傾げた。
「なぁクーデルちゃん、なんだいこの『ショーギ』ってのは?」
「ふっふっふ~、これはこの子のせか……いえ、故郷に伝わる智略ゲームなんです!」
店先で長椅子に座る僕と、その横に置かれた将棋盤を指しながら、クーデルさんは自慢げに説明する。
そう、僕がクーデルさんに作成をお願いしたのは『将棋』だ。
ただし、文字が違うので駒は従来の物ではなく、兵隊や将軍や王様をそのまま模した精巧なフィギュアだ。しかも一方は猫族、もう一方は犬族というオマケ付き。成金などの成り駒もしっかり用意してある。見た目はチェスに近いけど、ルールはあくまで将棋です。
こんな立派な品を木彫りで作ってしまうクーデルさんの技量には、舌を巻くばかりだ。職人街の人にスカウトされたこともあるらしい。
「一回……じゃなかった。一局チャレンジしてみませんか?」
「いやぁ、でもオレ、寄り道なんかしたらまた奥さんに叱られちまうよ。怒らせると、オーガよりも怖いんだぜ……」
「大丈夫ですよお兄さん。制限時間を設けてありますから、そんなにお時間は取らせません」
精一杯無邪気な声で、僕はクロエさんに語りかける。
短時間でも参加できるようにと、対局時計代わりに二つの砂時計を用意してある。印の付いた方に砂が全て落ちればタイムオーバーだ。
相手が悩んでいる間はもう一方の時間が戻ってしまうけど、まず問題はない。
「本当かい? そりゃあありがたい」
実は回転率を上げるためと、持ち時間を追加させて追加料を頂くためだけど。
「当店で何か一つでもお買い物をしてくれたら挑戦できますよ? もしも僕に勝ったら、ウチのお店の商品をなんでもお一つ差し上げます」
「え? キミがやるのかい?」
それを聞いた途端、クロエさんの表情があからさまに緩んだ。子供だからとナメられているのがハッキリ分かる。
もちろんそれも計算の内だ。
「それじゃあ、いっちょ相手してやろうかね。コレで何か買えるかい?」
クロエさんはエプロンのポケットから使いかけの黒い絵の具が入った小瓶を取り出して、クーデルさんに差し出した。
「それじゃあ、これからの季節にピッタリな美味しいキノコを差し上げましょう。袋の中に紛れ込ませれば、寄り道もバレませんよ」
「まいったなぁ、クーデルちゃんも随分と商売上手になったもんだ」
クロエさんの言う通りだ。いつもこの調子ならいうことないのに。
でも、正直この寄り道は可能な限り広めて頂きたい。
この『イベント商法作戦』の狙いの一つは、集客力の向上なのだから。
「さてボウズ、せいぜい手加減してくれよ」
ルールの書かれた紙を手に、余裕の笑みを浮かべるクロエさん。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕はペコリと一礼して、先手を打った。
「あれ? キミが先手なのかい?」
「あ、挑戦者の方が有利である後手になるんです。まぁ、あんまり差はないですけど」
「へぇ、そうなのかい。でも、言わなきゃバレなかったのになぁ」
「だって、ゲームはフェアな方が楽しいじゃないですか」
そんな僕の何気ない言葉に、なぜだかクーデルさんが嬉しそうに笑った。
本日の戦績。十二戦、全勝!
ぶっちゃけてしまえば、ルールを知ったばかりの素人相手に僕が負けるはずがない。
これでも僕はアナログゲームの方も得意なのだ。特に将棋は小さい頃から父さんとじいちゃんに散々相手をさせられてきた。僕のゲーム好きは絶対に遺伝だと思う。
フェアプレイを語った身としては申し訳なくも思ったけれど、「ミツルは十分配慮していたと思うわ」とクーデルさんに言われてだいぶ救われた。
クロエさんとの初戦はいい具合に盛り上がって、日が沈む頃には沢山の観客が集まるほどだった。イベント初日は大成功だ。
二つ目の狙い通り、将棋セットの注文も殺到した。クーデルさんの提案である『駒のデザインも要相談』というサービスも実にウケてくれた。
この調子なら、明日は当初の予定通りお昼休憩の時間帯から始めてもよさそうだ。
「あぁまた負けた! もう一局、お願い!」
閉店後に挑まれたクーデルさんとの戦績も入れてしまえば、これで十六戦全勝だ。
「……クーデルさん、ハマってくれたのは嬉しいですけど、もうそろそろ寝ませんか?」
僕は帳簿のチェック、クーデルさんは注文を受けた将棋作りをしながらの勝負なので、制限時間はナシに設定している。
それでも、クーデルさんの弱さは他のお客さんの中でも群を抜いているから、決着は早いんだけど。長考もあまりしないで直感で打つし。
問題は、クーデルさんが中々負けを認めないことだ。将棋は完全に詰むか、自分から負けを宣言しないと終わらない。意外と負けず嫌いだ。
まぁそれは、一度も勝ちを譲らない僕も同じだけど。
「これが最後! それとも、ついに私と一緒のベッドで寝てくれる気になったのかな?」
「ひ、卑怯ですよ……」
クーデルさんは、たまにこうした無自覚な誘惑をしてくる。お風呂にバスタオル一枚で乱入された時には、色んな意味で死ぬかと思った。
クーデルさんにとって、僕はまだまだ子供だと思われているらしい。過保護だし、恥ずかしがる僕の反応を見て面白がっているのバレバレだし。
それを好都合だと思えないのは、良いんだか悪いんだか……。
「……いいでしょう、最後に引導を渡してあげますよ!」
結局、僕の勝ち星は朝日と共に二十個にまで上るのだった。
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