第6話 はじめての商売
帰ってきたクーデルさんに、僕は思い付いた商売を持ち合わせの知識と共に懸命に話した。
それを熱心に聞いてくれたクーデルさんは、あっさりと二つ返事で承諾してくれた。
「スゴいねミツル! 私、全然知らなかったわ!」
クーデルさんの反応に、思わずガッツポーズ。
成功するかはまだ分からないけど、仮に売れ残ったとしても乾燥させて香辛料とすれば、また冬にでも売り出せる。
その加工方法も、おじさんからしっかりと教わった。イタズラをしたお詫びだとか。このことまでお客さんに言っていれば、おじさんも商売で失敗せずに済んだだろうに。
でも、この僕にとって初めての商談は、容赦なく値切らせてもらいます。
結果、ウトの実三つと舞茸に似たキノコ十個、残っていたクーデルさんお手製の木製の食器セットと、綺麗な花がらのブローチ(奥さんへの言い訳用らしい)が、ガーラの実三樽分になりました!
大急ぎでリアカーを引いて【バニラ】に帰って、僕らは早速行動を開始した。
それは、ガーラの実を使った料理を作ること。
宴会を開いている広場の人達にガーラの実を使ったおつまみを振る舞って、市場調査をしようと考えました。
本来市場調査は仕入れ前にするべきだから、思い返せばかなり危なっかしい仕入れをしてしまったものだと、後々背筋が震え上がったのは内緒。
料理上手のクーデルさんはいくつかのキノコや歯ごたえの良さそうな野菜を刻んだガーラの実と一緒に炒めて、ピリ辛のおつまみを手早く作り上げてくれた。
この料理を持って広場までとんぼ返りした僕らは、お酒を飲んで上機嫌となっている人達に配り歩いた。
「みなさんお疲れ様です! 【バニラ】のクーデルです。差し入れにおつまみをお持ちしましたよ」
「おぉ! クーデルちゃんか! ありがとよ!」
「おっ、こいつはウメェ! 塩っ辛い干し肉ばっかで飽きてたところだ」
「夏に辛い料理ってのもオツだなぁ。酒が進むぜ」
よかった、好評みたいだ。
でも、やっぱり辛い料理は寒い冬に食べるのが一般的みたい。
「ねぇおじさん達、この国ではどんな風に夏の暑さをしのいでいるの?」
「ん? なんだボーズ、外国の生まれか?」
「え、えーっと……」
どうしよう、ナガレさんにも「異世界から来たことは伏せた方がいい」と言われているし……。
「こ、この子は私の遠い親戚の子で、最近この国に来たばかりなんです」
クーデルさん、ナイス機転! どうして昼間の取引でそれができなかったんですか!
そうと分かると、おじさん達は快く教えてくれた。
タダでおつまみを貰えたからというのもあるだろうけど、一番の理由はクーデルさんの人柄が知れ渡っていたからだろうと、その楽しげなやり取りを見て思った。
調査の結果は、驚くべきものだった。
この国には、冷蔵庫代わりに簡単には溶けない特別な氷(遥か北にある氷山のものらしい)を敷き詰めて作られた、いわゆる『氷室』が共同設備として街の至る所に設置されているらしい。
そこで冷やした物を飲み食いしたり、中にはその氷室の中に入って冷房代わりとすることを「この季節の風物詩だ」なんて言う人もいた。当然夏バテや夏風邪をひく人も多いらしいけど、それも含めての「風物詩」なのだそうだ。
結論として、この世界の人達は夏バテや夏風邪に対する認識と対策がかなり甘い。
予想以上に好条件が揃った。
これなら、いけるかもしれない!
僕の考えた商売とは、流行を作ることだ。
この国に、夏に辛いものを食べることを流行らせようと考えた。
流行にまず必要なものは、信憑性のある新鮮な情報。
意外性や話題性、実用性なども肝心だ。
それと、発信源は人気のある人が望ましい。
まぁ、全部父さんの受け売りだけど。
人気タレントやカリスマモデルじゃなくても、ようは「この人の言うことなら信じられる」と思わせる人なら十分だ。
だからこそ、クーデルさんが街の人達に慕われているのはすごく大きい。
翌日から、【バニラ】はガーラの実の販売を開始した。
お昼時を狙って、昨日と同じピリ辛炒めをフライパンごと持って店先へ。
スーパーの十八番。試食販売だ。
「うわ、いいにおい~」
「え? 一口だけならタダでいいの!?」
「今日だけですって! 頂こうかしら!」
よし! あっという間に人集りができたぞ。
お昼時に美味しい匂いを嗅いだら、反応しないわけがない。そこに『無料』と『本日限定』という最強タッグだ。
試食販売は大好評で、フライパン三杯分があっという間になくなった。
クーデルさんがお客さんに試食を振舞っている間、僕は必死にガーラの実を売り込んだ。
ガーラの実には(唐辛子と同じなら)、食欲増進や発汗作用、健胃効果や防腐効果などがあり、夏バテや夏風邪防止になること。汗をかくことは体温を下げるための本能であることや、摂りすぎは絶対に避けること、などなど。
「ボウヤ、よく知ってるわねぇ」
「僕の故郷では、夏にこそ辛いものをよく食べるんです」
ホントは、全部お昼の主婦向け番組で知ったんだけど。
あの手の番組は、スーパー店員にとっても欠かせない情報源だ。夏休みの昼時に母さんと毎日一緒に観ていれば、嫌でも覚えちゃうよ。
「夏に激辛料理で汗をかいたあとは、お風呂や冷えたお酒がより格別だって、父さんも言っていました」
「……ゴクリ」
よし、男性客の心を掴んだ音がした。
これで、ご近所には『真夏の激辛料理』を伝えることができた。あとは奥様方の口コミに期待しよう。
こうして評判を得られたら、お次はいよいよメディアの力をお借りします。
インターネットやテレビはないけど、街には新聞もあるし、情報屋さんも大勢いる。
クーデルさんの友達だという新聞記者さんは、カナリアを連想させる黄色い翼を背中に生やしたメガネのお姉さんだった。
依頼料は、クーデルさん特製のガーラの実フルコースディナーにご招待。
「オッケーオッケー。クーちゃんの頼みならモチのロンでオッケーよん♪ オマケに可愛い男の子の店員さんが入ったとも謳っとくわ♪」
「そんなデタラメまで言いふらされては困るんですけど……」
「え? ミツルは可愛いよ? 私もナデナデしたくなるもの」
「やったら怒りますからね!」
翌日の新聞に書かれた『夏こそ激辛料理!』記事は素晴らしい出来で、ガーラの実目当てのお客さんも少しずつ増えていった。
ガーラの実販売開始から三日目。
クーデルさんがずっと制服姿だった僕に、新しい服を仕立ててくれた。居候の身である僕に、少し早いお給料だと言うではないか。
「よかった、サイズピッタリだね。よく似合ってるよ」
渡された服を着てみせると、クーデルさんは本当に嬉しそうに微笑んだ。
制服の白い半袖シャツによく合う、ポケットが沢山付いた黒革のベストに、黒い長ズボンと革ベルト。茶色いブーツもある。
こ、これは、ファンタジー衣装じゃないか!
「ミツルは子供扱いされるのキライみたいだから、少し大人っぽいのにしてみたの」
そんな嬉しい心遣いまで!
ふと、クーデルさんの目元にはうっすらとクマがあることに気が付いてしまった。寝る間も惜しんで仕立ててくれたのか……。
このことが、僕のやる気を更に跳ね上げた。
「クーデルさん! 僕、営業に行ってきます!」
読んで下さった方、誠にありがとうございます。