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第5話 ガーラの実

 夕暮れ時になると、店仕舞いするお店も増えてきた。

 営業を終えた商人達は、あちこちで酒盛りを始めている。夜はこの広場が出店者達と街の住人達との宴会場になるそうだ。

 そんな広場の片隅で、ヘトヘトになった僕とクーデルさんは地べたに座り込んでいた。


「……クーデルさん」

「……はい、ミツルさん」

「やっぱり、火傷薬一ビンと焼き鳥四本はサービスしすぎだったんじゃないですか?」

「だ、だって……おじさんも火傷で困ってるって言ってたし……」

「本当にそれだけですか?」

「……美味しかったよね?」

「そうですね。二本じゃ足りないくらいでした」


 今日、僕は大切なことを知った。

 僕の雇い主は、まったく商売に向いていない。

 まず、気前が良すぎる。お人好しで素直すぎると言ってもいい。

 とにかく利益を考えない。ろくに交渉もせず、相手の提示した価格で簡単にオッケーしてしまう。

 つまり、平気でぼったくられてしまうのだ。


 周りのお店でのやり取りを何度か盗み聞きしたけど、やっぱりこの世界での商売には、交渉術やアイテムの知識、そして市場相場などの情報が必要不可欠だと分かった。

 取引する際、たとえある程度の相場があったとしても、レアアイテムでもない普通のアイテムならば、人によってその価値が大きく変わってしまうからだ。

 たとえば、お肉屋さんにヘタなお肉を持って行っても、あまりいい取引はできない。需要と供給が合っているかがすごく大切なんだ。

 最終的に、その取引は交渉の末、両者の合意によって決まる。

 基本物々交換しかないのなら、交渉の余地なんていくらでもあることくらいは僕でも分かる。お互い利益を出したいのだから、言い値のままだなんて以ての外だとも。

 ちなみに、お釣りの概念はほとんどなかった。オマケを付けたり、数量や分量を調節したりして合わせるらしい。小分けにできるアイテムを最低限用意しておく必要がある。


 ハッキリ言って、あまりに非効率すぎる。よくこれで成り立っているなぁ。

 お金の有り難みをこんな形で知ろうとは、思いもよらなかった。


「そ、その……ミツル、怒ってる?」

 恐る恐るといった風に、クーデルさんが僕の顔を覗き込んで訊いてきた。

 僕は首を横に振って応える。怒ってるというより、呆れてるんだ。

 一見無欲に見えるクーデルさんだけど、食欲には実に貪欲だった。

 最初は一緒になってはしゃいでしまっていた僕自身にも、呆れ返るばかりだけど……。

 忠告してくれたナガレさんも、突然「クーデルを頼む」と言い残して姿を消してしまった。慌てて振り返った時には、もう人混みに紛れて何処にも見当たらなかった。


 おもむろにカバンの中を覗きこむ。いくつかのアイテムや資材は手に入れたものの、品数はかなり減ってしまった。朝は大きく膨らんでいたはずのクーデルさんの背負う革のリュックも、いまや虚しく萎んでいる。

 それらの価値を正確に把握できない僕でも、得をしてはいないことだけは分かる。

 無知な僕では、商品を品定めすることも、交渉に割り込むこともできなかったんだ。それ以前に、子供扱いされてまともに聞き入れてはもらえなかったけど……。

 この小さな身体が、子供っぽい顔が、無知で役立たずな自分が憎い。

 そんな僕が、クーデルさんを怒るなんてできるはずがない。


「「「はぁ……」」」


 思わず出てしまった溜息が、見事に合唱した。

 ……あれ? 今、一人分多くなかった?

 振り向くと、僕らのすぐ側にはいつの間にか麦わら帽子をかぶったヒゲモジャのおじさんが腰を下ろしていた。


「あぁ……ボウズ達もお疲れかい? 今日は大盛況だったからな……」

 おじさんはまた大きな溜息をこぼして、ガッシリとした肩を力なく落としていた。

 そんなおじさんの傍らにある木製のリアカーには、大きな樽が三つ乗っている。

「遥々ウチの名産品を運んできたってのに、どうして売れなかったんだろう……」

「おじさま、コレでも食べて元気を出して下さいな」

 クーデルさんは優しく言うと、リュックから取り出したウトの実(桃に似た黄色い果物)をおじさんに差し出していた。お手製の木彫りの小物入れで買ったものだ。あんなに綺麗な花がら模様が彫られていたのに、五つしか買えなかった貴重な実なのに。


「おぉ…ありがとよ。優しいお嬢さんだ。この街も捨てたもんじゃないなぁ」

 おじさんは嬉しそうにその実を受け取ると、むしゃむしゃと美味しそうに食べ始めた。

「おじさま、この街の『マーレ』は初めてですか?」

「あぁ、おらぁの街はゴラの街っつーところで、海馬(シーホース)船で五日もかかるもんでな」

「まぁ! それは遠路遥々ご苦労様でした」

「だが、とんだ無駄足だったみてぇでなぁ……」

 おじさんはまたリアカーの上の樽を見つめて、その小さな目を更に細めた。

「ねぇおじさん。あの樽には、何が入っているんですか?」

「お、ボウズ興味があるか? じゃあうめぇ実のお礼に、ちょっくら分けてやらぁ」

 おじさんは樽を開けて、その中身を両手ですくい取った。

 ゴツゴツした両手には、僕にも見慣れた形の緑色の実が山盛りとなっている。


「ホレ、一つ食ってみな。この辺じゃあ珍しかろう」

「え、でもコレって……」

「あら、ミツルはもうお腹いっぱい? じゃあ私が先にもらっちゃうね♪」

「あっ……」

 僕の制止も待たず、クーデルさんはその実をパクリと一口で食べてしまった。

 途端に、クーデルさんの顔が真っ赤に染まった。耳と尻尾もピンと逆立っている。


「―――ッッッ!!? か、カラァァァァイッッ!!」


 口元を抑えながら、クーデルさんは水を求めて噴水へと走り去ってしまった。

「ぶわっはっは! 今年もガーラの実はいい出来だわい!」

 おじさんも中々人が悪いなぁ。

 そのガーラの実は、ウチのスーパーでもたまに売る、青唐辛子にそっくりだった。

「おじさん、この樽は全部そのガーラの実が入っているの?」

「あぁそうだよ。見事に売れ残っちまって、困っていたところさ。この国の人は、わざわざ暑い日に余計汗が出ちまうような辛いもんなんざ、食べたかないんだとよ」

 それがいいんだがなぁ。と呟いて、おじさんは手にする実を一つパクリとやった。やはり食べ慣れているのか、余裕の表情だ。


 偶然かは分からないけれど、世界が変わっても、季節は変わらず夏のままだった。

 またしても大きな溜息を吐くおじさんは、気付いていないんだ。

 あの大きな樽には、商機が詰まっていることを。


「おじさん! その実、全部僕に売って下さい!!」


読んで下さった方、誠にありがとうございます。

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