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第3話 お金がない!?

 誠意と熱意は、ちゃんと相手に伝わるのだと思った。

 たとえそれが、『強欲の赤(グリード・レッド)』と呼ばれる魔女でも。


「アナタが大切にしている物を代わりに差し出しなさい。それが対価の代わりとなるか、このアタシが鑑定してあ・げ・る♪」

 やっぱり強欲だった。

 まぁ、僕の恥ずかしい暴露だけでどうにかなるだなんて思ってなかったですよ。ほんの少しだけしかね。

「そう言われても、僕は大したものなんて持ってないですけど……」

「あらぁ、そんなことないわよぉ? あちらの世界にしかない物を、い~ぱい持って来てるんじゃなぁい?」

 あぁそっかと、僕は通学カバンの中をゴソゴソと漁った。


教科書、問題集、ノート、ペンケース、くしゃくしゃのプリント、飴玉、空になった水筒、折り畳み傘、生徒手帳――に挟んだ桃ちゃんの隠し撮り写真|(五百円)、輪ゴム、ビー玉、去年拾ったドングリ、イルカに似た形の小石、ばあちゃんに貰ったお守り――


 ここまで漁って、結局僕は最初に思い付いた物を渋々取り出した。

「……これでどうでしょう?」

 僕が取り出した青いケースに、やっぱりスカーレットさんは小首を傾げた。

「なぁにソレ? 言っとくけどぉ、アタシがキミの世界を旅して回ったのはもう随分と昔のことだからぁ、新しい物は全然分からないわよぉ?」

「え!? 僕の世界に行ったことがあるんですか?」

「そりゃそうよぅ。行けるんだったら普通行くでしょぉ? テキトーにあちこちブラブラしてはそれなりに楽しんだけどぉ、結局アタシのせいで魔女狩りだなんて野蛮なモノが流行りだしちゃってぇ、さっさと逃げてきちゃったけどねぇ」

 僕の目の前に歴史のA級戦犯がいた。というかこのお姉さんは一体何歳だ。

 そんな疑問を呑み込んで、僕は手にする物の説明を始めた。


「これはゲームをする機械です。僕の世界ではかなりポピュラーなオモチャと言えばいいでしょうか」

 僕はケースを開けてゲーム機を取り出し、電源を入れた。主人公のキャラクターが草原のフィールドで佇んでいる画面をスカーレットさんに見せる。

「ふ~ん。あちらの世界の人間達は、こんな小人達を薄っぺらい箱に閉じ込めて、このスイッチでムリヤリ動かして遊ぶのねぇ。ますます鬼畜になったものだわねぇ」

「いやいや、これは全部…えっと……そう、絵なんです。絵を動かせるんです」

「まっさかぁ! あっちのショッボイ魔法でそんなことができるワケないじゃなぁい」

「魔法じゃなくって、技術です。機械仕掛けで動いてるんです。ホラ、こうしてボリュームを上げると、BGMとかキャラの声とかが聞こえるようになって……」

「わっ! 急に男の人の声がしたよ!? やっぱり小人さんが入ってるんじゃないの?」

「いや、風景まで小さくなっているぞ? むむっ! 小さいモンスターまでいるではないか!」

 いつの間にかクーデルさんとナガレさんまでもがゲーム画面を覗き込んでいて、結局僕は三人のお姉さん達にゲームというものを説明することとなった。




「――というものです。分かって頂けましたか?」


「ちょっとクーデル! コレはもうアタシの物よ! さっさと返しなさいよぉ!」

「だってスカーレットさん、さっき洞窟の中でモンスターを十回も倒したじゃないですか! そろそろ交代して下さい!」

「いや待てクーデル、そろそろこの猛者達も疲れが溜まっている頃だろう。早く街に戻って休ませる必要がある。その道中は自分が責任を持って導かせてもらおうか!」


 いい年したお姉さん達が本気でゲーム機を取り合っている姿を、果たして僕は見てしまってもいいのかな……。

「あはは……気に入ってもらえたようで何よりです」

「えぇ! とっても気に入ったわぁ! アタシが責任を持ってこのパーティを育て上げて、憎き魔王を打ち倒してみせるわぁ!!」

 スカーレットさんの綺麗は金色の瞳には、完全にゲーマー魂が宿っていた。


「じゃあ、さっそく僕を元の世界に――」

「あら、コレだけじゃまだムリよぅ」

「……へ?」

 一気に肩の力が抜けてしまった。まだ足りないの??

「そうねぇ……じゃあさっきの五つの中から、三つ持って来てくれたらオッケーにしてあげるわぁ。特別大サービスよぉ♪」

「ズルいですよスカーレットさん! そんな良い物貰っておいて!」

「この強欲魔女が! それ以上に何かを求めるなど、無体というものだぞ!!」

 いや、考えてみればゲーム機一つで国宝級のお宝を二つも免除されれば、十分すぎるサービスなんですけどね……。


「でも、せめて手に入れるためのヒントか何か頂けませんか? 僕は魔法も剣も使えませんし、体力だって人並み以下です。この先、一体どうすればいいでしょう?」

「ん~? ミツルも中々強かねぇ。じゃあ、これもオマケよぉ。この中のアイテムのいくつかはねぇ、貴方達のすぐそばにあるわよぉ♪」

「え! 本当ですか!? 一体どこに――」

「それはねぇ、そこのお二人さんがよぉく知ってるはずよぉ」

 すぐさまクーデルさんとナガレさんに向き直る。

 しかし、二人は困ったように顔を見合わせていた。


「あ、あのねミツル、たしかにスカーレットさんの言う通りなんだけど……」

「交渉の場を得るだけでも、かなりのレアアイテムを要求されるだろうな」

 交渉ということは、誰かがそのアイテムをすでに持っているということだろうか。でもそれじゃあ本末転倒だと、僕はガックリと肩を落とした。


「まぁアイテムなんてものはぁ、全部を直接自分で手に入れなくてもいいのよぉ? 誰かが持っているなら交渉して買えばいいしぃ、取りに行けないなら強い人に頼めばいいのよぉ。それ以外の方法だって、なくはないんじゃなぁい?」


 たしかにスカーレットさんの言う通りなのだけど、どちらにせよ沢山のお金か、それを得るためのレアアイテムが必要になりそうだ。

 指定されたアイテムを入手するクエストはどのRPGにも大抵あるけれど、それを自分で取りに行けないというのはかなり難しく思える。

 ……やっぱり、僕にできることはコレしかない。

 僕は再びクーデルさんに向き直り、席を立って土下座した。なりふりなんか構っていられない。

「お願いですクーデルさん! 僕をクーデルさんのお店で働かせて下さい!!」

「……え、えぇぇぇぇっ!!?」

 驚き戸惑うクーデルさん。それでも僕は更に頼み込んだ。


「お願いしますクーデルさん! どうか僕を、『商人』にして下さい!!」


 結局僕は、RPGにおける残念職業、『商人』を選んだ。

 でも僕は、もう二度とゲームの中の『商人』をバカになんてしない。彼らには彼らの事情があって、自分達にできることを命懸けでやり通しているんだ。

 僕には父さんからムリヤリ聞かされ続けた拙い商売知識しかないけれど、それこそが平凡な僕が持つ、唯一無二の固有スキルなのだから。


「わ、私のお店が助けになるかは分からないけど……でも、うん! 二人ならきっと大丈夫だよね! 一緒にお店を繁盛させようね!」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!!」

「もう、ミツルはマジメね。もっと力を抜いて、ね?」

 優しい言葉と笑顔を僕に向けて、クーデルさんは床に這いつくばる僕にそっと手を差し伸べてくれた。

 たったそれだけで、なんだか随分と気が楽になった。クーデルさんの纏う空気には、どこかホッとさせる何かがある気がする。


「もちろん、ナガレさんも手伝ってくれますよね?」

「……クーデル、変に気を使うな。別に自分は、ミツルが頼りにしてくれなかったことを気にしてなどおらんさ」

 そういうナガレさんは、なぜか唇を尖らせている。ひょっとして、拗ねてるのかな?

「あの、ナガレさんも力を貸してくれるんですか?」

「自分は流れ者の冒険者だ。報酬さえ貰えれば、どんな仕事も熟して見せよう」

「はい! 頑張って報酬を稼ぎます!」

「……まぁ、報酬以上の働きを期待されても、やぶさかではないがな」


「ふふふ~、いいパーティじゃなぁい? まぁアタシは気分屋だからぁ、気が変わる前にまたいらっしゃいなぁ。ガンバって稼いでねぇ~」

 ヒラヒラと手を振るスカーレットさんに見送られ、僕らは『魔女の家』を後にした。

 せめてもの意趣返しとして、あのゲーム機は充電が切れると使えなくなることは黙っておこう。



 帰り道、街を囲う大きな防壁が見えた辺りで、僕はふとした疑問を口にした。

「そういえば、この国の通貨はなんですか?」

 何の気なしの質問だった。

 それなのに、二人は顔を見合わせては首を傾げている。

「ねぇミツル。ツーカって、なぁに?」

キョトンとしたクーデルさんの表情に、僕は全身に嫌な予感が駆け巡るのを感じた。

「……え? いやその、お金ですよ、マネーです。お買い物する時にも、商品を売る時にも使うでしょう?」

 また二人が顔を見合わせている。

 クーデルさんの無邪気な質問返しに、僕は言葉を失った。


「オカネって、なぁに?」


 魔女に一杯食わされたのは、僕の方だったのだ。


読んで下さった方、誠にありがとうございます。

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