第16話 商人の天敵
※既に書き上げていた内容を急遽変更しましたが、それでも不快に思われた方は即座に読むのを中断することを強くお奨めします。
真っ暗な夜の森で、僕らは三ロム(約三メートル)はある大型の野犬に襲われた。
ナガレさんが愛刀【銀牙】を抜く鞘走りの音が聞こえ、クーデルさんが悲鳴を上げる、その刹那。
僕の身体は、動かなくなった。
「動くな!」
野太い男の人の声が夜の森に響いた。
いや、既に身体が痺れて立つこともできないんですけど。
すると、今度は僕の喉元にヒヤリと冷たい物が当たる。
ギラリと月明かりが反射した。ナイフだ。
気が付けば、僕らは十人くらいのフードをかぶった男達に包囲されていた。
「俺達は盗賊団【アギト】だ! そのガキの命が惜しけりゃ、大人しくしてもらおうか!」
なるほど、盗賊団でしたか。
商人の天敵だね!
「ミツル!」
クーデルさんの震えた声が響く。
「だ、だいじょぶ…れす…」
舌も痺れて呂律が怪しい。さっきうなじの辺りがチクッとしたから、麻酔針でも撃たれたのかな? 腕時計から出たんじゃないよね?
「……大人しくしてて」
耳元で囁かれたその声に、心底驚く。
だって、明らかに小さな女の子の声なんだもの。
「……殺したくない」
小声でそう言われて、気が付いた。
この娘、ひょっとして……。
「このっ、どけ犬っころ!」
虚を突かれたナガレさんは、野犬に踏まれて抑えこまれている。
僕のせいで反撃できないんだ。ナガレさんが一人なら、あの程度どうにでもなる。初めてこの森で会った時、同じくらい大きな熊を一人で、しかも無傷で蹴散らした人だし。
だから、ちっとも怖くない。怖くない。怖くないぞ!
「くはは、かの【氷狼剣士】も型なしだなぁ!」
「この痴れ者がっ…その恥ずかしい名で自分を呼ぶな!」
なん……だって……。
ナガレさんが、なんと僕が密かに憧れているものベスト5、『強そうな異名』を持っていたなんて! 羨ましい! カッコイイ! 恥ずかしいだなんてとんでもない!!
「お前さん、最近そこのガキ二人を上手いこと使って、あの豪商街の雌狐から良い品を勝ち取ったらしいじゃねぇか。景気が良くて羨ましいねぇ」
一際大柄な男が、勝ち誇った声で言う。一人だけ毛皮を纏っているから、多分ボスだ。
ナガレさんはカレンさんとの商売勝負の時、僕らを助けるために勝負のことを街の人達に言って回ってくれた。
でも、それが裏目に出たんだ。
詳しいことは上手く伏せてくれたらしいけど、それがかえって噂に尾ひれをつける結果になったのか。流石にどんなレアアイテムかは知られていないだろうけど。
つまり、情報屋もグルで、僕らはハメられたんだ。
ん? 待てよ?
この人達、勘違いしてる?
「さぁ、噂のレアアイテムを寄越しな!」
あ、やっぱり勘違いしてる。
ってゆーかコレ、マズイんじゃないか?
「……いいだろう。だがあの品は譲れない。代わりにこの【銀牙】をくれてやる」
「……ほお? そりゃ願ってもねぇ。実を言えば本命はそっちだったからな。お前さんは大事な獲物をそうそう手放さないだろうと思っていたよ。まさか、このガキには相当な価値があるのか?」
「貴様らと一緒にするな下郎。……自分はただ、もう二度と自分のせいで誰かを傷付けたくないだけだ」
ひどく悲しそうな声の後、ナガレさんは地に伏せたまま腰に差した鞘に【銀牙】を収めて、ボスらしき男に躊躇なく投げ渡してしまった。
「試し斬りは要らぬか?」
「安い挑発だな。この刀を抜いたら最後、気に入らねぇ奴は持ち主でも凍らせちまう妖刀だってことくらい知ってるぜ」
「フン、厄介な奴だ」
「光栄だねぇ」
ボスが右手を上げると、周りの男達が一斉に何かを投げた。
すると、辺りは真っ白な煙に包まれる。煙幕だ!
「ゲホッ! あ…待っ…て…」
僕を捕まえていた女の子も、奴らと一緒に消えてしまった。
「ミツル! 大丈夫!?」
盗賊団がいなくなると、クーデルさんが僕に駆け寄って来てくれた。
「あぁよかった! どこも怪我はない?」
クーデルさんは、僕を抱き締めながら泣いている。
「もう私、心臓が止まっちゃうかと思ったわ!」
「……ぼ、僕は……息が止まりそ……」
「わ! ご、ごめんなさい!」
どうにか解放してもらえた。空気が美味いです。
クーデルさんはエプロンのポケットから小瓶を取り出して、中身の液体を僕に飲ませてくれた。その強烈に苦い水は毒消しらしくて、僕の麻痺はすぐに治った。
「ミツル、クーデル。無事で何よりだ」
ナガレさんはそう言って、なんとその場で土下座した。
「本当にすまなかった。偽の情報に踊らされた、愚かで浅薄な自分を恨んでくれ」
「そんな! ナガレさんは何も悪くないわ!」
「そうですよ! それに、最悪の事態は免れました」
正直、僕は奴らに連れて行かれると思っていた。ナガレさんがすぐに【銀牙】を渡してくれなければ、本当にそうなっていたに違いない。
だって、ナガレさんは(実際は僕がだけど)もう一つレアアイテムを持っていると奴らは知っている。すぐには用意できないと考えるのが普通だ。
でも、【レインボーオーブ】は僕の名義で国営のアイテム預かり所『キーパー』に保管されている。魔法の鍵でしっかりロックされているから、受付で名義者の手のひらを照合しない限り、絶対に取り出せない。
鍵を盗んでおいて、中身だけを持って来いと言われるようなものだ。
奴らが二つ目のレアアイテムを欲張らなかったのは、そのことを知っていたからじゃない。多分これ以上ナガレさんを怒らせないほうがいいと判断したからだ。あのボスは見かけによらず冷静で頭が切れるみたいだし。
「……うむ、それはミツルの言う通りだ。盗賊団【アギト】、噂に違わぬ智略ぶりだった」
あの人達、有名なんだ。
ナガレさんが立ち上がり、穏やかな顔になる。
「二人の寛大な心に感謝する。街まで送るから、早く帰ろう」
「その後は、【銀牙】を取り返しに行く気ですか?」
「……フッ、ミツルはお見通しか。ならば、一つ協力してはくれぬか?」
「は、はい! 僕にできることなら!」
僕のせいで大切な武士の魂が盗られてしまったんだ。責任を取らなくちゃ!
それに、僕もナガレさんにお願いしたいことがあるし。
「ナガレさん、ミツルに危ないことさせたらダメですからね!」
「分かっているさクーデル、そんなことは誓ってさせやしない」
なんだ、そうなのか。まぁ戦闘力ゼロですからね……。僕でも強くなれるレアアイテムとかないかなぁ。
ナガレさんはコホンと咳払いをして、ちょっと言い難そうにその頼みを告げた。
「ミツル、お前の身体の匂いを嗅がせてくれ」
「「………………はい??」」
お読み下さった方、誠にありがとうございます。
変更理由はお察し下さい。