第15話 働く理由
それは、秋の足音が聞こえ始めてきた、とある午後のことだった。
「お待たせしました。こちら、ご注文頂いていた写真立てになります」
「ありがとうミツルちゃん。さすがクーデルだわ。ステキなチューリップの花がらね」
「おや? 袋の中にある、この小瓶はなんだい?」
「あっ、失礼しました。そちらはクーデルさんお手製のハンドクリームになります。新鮮なお野菜を沢山頂いたので、そうでなくては釣り合わないと申しまして」
「そうかい? では、ありがたく頂くよ。家内の綺麗な手を守ってもらうとしよう」
「うふふ、来月の結婚式には、是非クーデルと一緒に来てね」
クーデルさんの幼馴染らしい農民街の新婚夫婦を見送って、お昼の混雑もこれで一段落だ。最近では僕が一人でお店番をすることも増えてきた。
ひと息つきながら、僕はお店のカウンターに頬杖をついて、来月カレンさんと共同主催で開かれる将棋大会の詳細を考えていた。クーデルさんはカレンさんお抱えの職人さん達に将棋の作り方を教えるために、職人街まで出向いている。
スムーズな予選方法はないかと考えていた頃、カランと店の扉が開かれた。
「邪魔をする」
「あ、いらっしゃいナガレさん。お疲れ様です」
「おぉ、ミツルもお勤めご苦労様。しかしミツルも、すっかり店番が板についたな。クーデルにも似てきたんじゃないか?」
「やめて下さいよ。僕はクーデルさんほどドジじゃないし、拗ねたりもしません」
「はは、言うじゃないか。また呼び名のことで機嫌を損ねられたか」
目上の人への言葉遣いは接客業の両親にしっかりと叩き込まれているので、そうそう簡単には変えられそうにない。
だというのに、なぜかクーデルさんはそれを理解してくれない。「敬語だと距離を感じるからイヤなの!」と言われましても……。
そのくせ、「ナガレさんは小さい頃からそうだったから、もういいの!」とかメチャクチャなことも言い出すし。
「まぁ二人なら、自分のことも呼び捨てでかまわんのだがな」
「ナガレさんまでやめて下さいよ。そんなことより、今日はどうされたんですか?」
「あぁそうだった。ミツル、今夜は空いているか?」
「え? 特に用事はありませんけど」
「それは重畳。では、今夜は自分と付き合わんか?」
「ふぇ!?」
そんな素っ頓狂な声を上げたのは、ちょうど帰ってきたクーデルさんだった。
「な、ナガレさん! あなたはミツルの恋を応援するって言ったじゃないですか!」
……うわ、ダメだ。聞いてるコッチが恥ずかしくなってきた。
「落ち着けクーデル。自分はただ、今夜あの『魔女の森』で狩りに付いて来ないかと誘っただけだぞ」
「……………ッッ!!!」
ようやく恥ずかしい勘違いに気付いたクーデルさんは、真っ赤な顔で店の奥に逃げて行った。
「スクヴェイダー? それがこの狩りの獲物ですか?」
久しぶりの夜の森で、僕は隣を歩くナガレさんに問いかける。
「うむ、容姿を端的に言えば、翼を持った灰色の兎だ。兎は分かるか?」
「はい。兎なら僕の世界にもいました。羽が生えてるのはいませんけど」
スクヴェイダーというモンスターは初耳だ。僕がやったどのゲームにも出てきた覚えがない。
改めてファンタジー異世界って感じだなぁ。
「奴の翼は三級のレアアイテムでな。情報屋から最近この森で見かけたという情報を聞いたのだ。この機を逃す手はあるまい」
そう言うナガレさんの目は、ギラギラと滾っていた。バーゲンに行くときの母さんの目に似ている。
「スクヴェイダーのお肉も貴重なのよ。すっごく美味しいらしいの!」
同じく付いて来たクーデルさんも、声が弾んでいた。
スクヴェイダーは隠れるのが上手で見つけるのは難しいけど、攻撃性は皆無で危険はないらしい。だからいつか狩りを経験してみたいと言っていた僕の言葉を覚えていてくれたナガレさんが誘ってくれたのだ。
かくれんぼの鬼は多い方が有利だし、ナガレさんが一緒なら夜の森も安心だ。
この世界の『冒険者』は、自分の戦闘能力を売り物にしている人の総称だと僕は解釈している。傭兵だったりハンターだったり、スタイルはそれぞれらしい。
ナガレさんのスタイルは、まさに自由。
依頼と報酬次第でなんでも請け負うばかりでなく、自ら情報を集めて動く時も多いらしい。働き者だ。
『自分のために働く者が、なにより信頼できる』
この父さんの言葉が、昔はよく分からなかった。
でも、今ならなんとなく分かる。家族を養うためでも、出世のためでも、社会のためでも、夢のためでも、労働と給金は巡り巡って自分のために繋がる。
僕が商人として働くのだって、根っこは元の世界に帰りたいという望みのためだ。
もちろん今では、生活のためだとかクーデルさんの助けになるためだとか、純粋にやりがいがあって楽しいからというのもある。
それらも全部ひっくるめて、僕自身の望みのためだ。
ナガレさんの働く理由も、スカーレットさんに願った例の『宿願』に繋がるのではないかと薄々考えていた。
その内容は、未だ聞けずにいるのだけれど。
森の入り口から三十分くらい歩いた所で、ナガレさんが歩みを止めた。
「さて、情報屋の話ではこの辺りのはずだ。ミツル、明かりを消してくれるか」
「え? 消しちゃうんですか?」
「あぁ。スクヴェイダーは夜行性であると同時に、臆病で明かりのある場所では滅多に姿を現さん。だから夜に狩りをするのだ」
なるほどと、僕は【ヒカリサンゴ】の入ったランプの明かりを消した。
このランプは【ヒカリサンゴ】の特性に合わせて造られている。ツマミをひねると内側に少量の水が流れる仕組みになっていて、また明かりを付けたい時はツマミを反対にひねって水を抜く。
「真っ暗で何も見えないですよ」
「そう? 今夜は満月だからよく見える方よ?」
そっか。クーデルさんは猫族だから、夜目が効くのか。
「自分も夜目は効くが、ミツルはそうもいかぬか。クーデル、手を繋いでやってくれるか」
「ふぇ!? あ、あぁそうよね、はぐれたら大変だものね! うん、しょうがないよね!」
明らかに照れくさそうに言うクーデルさん。僕まで恥ずかしくなっちゃうよ。
クーデルさんは僕の実年齢を知ってからというもの、明らかに僕への接し方が変わった。過度なスキンシップはなくなったけど、ちょっとやりづらい。
でも、過保護なのはあんまり変わらないんだよなぁ。
「……私と手を繋ぐの、イヤ?」
「い、嫌じゃないです! でもその、僕の目も慣れてきたし、大丈夫です!」
いつまでも子供扱いされるのは、やっぱり辛い。
この狩りで功績をあげれば、僕の評価も変わるかな?
「うむ、ミツルも男だ、その意気やよし」
ナガレさんはそう言ってくれたけど、クーデルさんはちょっとむくれていた。
そんな呑気な雰囲気も、闇の向こうから響く唸り声で霧散した。
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