第14話 何より得難く尊いものは
「これが【レインボーオーブ】ですか!」
翌日、勝負に負けたカレンさんが約束のアイテムを持って【バニラ】に来てくれた。
ちなみに、僕とクーデルさんの声は、昨夜【豚足亭】のオカミさんが作ってくれた喉に効く木の実を使ったスープを飲んで、すっかり元通りに。
「商人は声を枯らして一人前になるもんさね!」と、オカミさんは終始嬉しそうだった。
【レインボーオーブ】は野球のボールくらいの大きさで、綺麗な宝玉だった。中は半透明だけど、キラキラと虹色に輝いている。ずっと見つめていると、中に吸い込まれてしまいそうな不思議な魅力がある。
しかもこのオーブには、なんと天候を操る魔法が込められているらしい!
来たよマジックアイテム! 僕でも使えるらしいよ!
でも、込められた魔力には限りがあるらしい。つまり回数制限付きアイテムだった。うーん、残念……。
「左様でございますわ、ミツル様」
「さ、さま?」
なんだか、カレンさんが変だ。前以上に変だ。
「あの逆境にもめげない強い意思と眼差し……わたし、シビレましたわ! どうかこのわたしを、貴方様の嫁として下さいませ!」
「え、えぇぇぇぇっ!?」
嫁って、お嫁さんだよね!? ひょっとして僕、プロポーズされちゃったの!?
完全に混乱状態の僕は、いきなりクーデルさんに顔を抱き締められて、さらにパニックとなる。なんだか柔らかいものが僕の顔に当ってますよ!!?
「ダメに決まってるでしょう! ミツルはまだこんなに小さいのに!!」
「あら、愛さえあれば歳の差なんてナンセンスだわ。そもそも貴女は、ミツル様のなんなのかしら?」
「わ、私は……この子の雇い主で……ほ、保護者代わりです!」
「保護されているのはどっちかしらねぇ?」
「む、むむむぅ~……」
そこはしっかり言い返せないんですか……。
「あー、その、カレンさん。お気持ちは嬉しいですけど、僕はまだ十四歳ですし、結婚なんて……」
「「……え?」」
なぜか二人の疑問符が重なった。僕、今何か変なこと言ったかな?
「……ねぇミツル、今、十四って言った?」
「?? そうですよクーデルさん、言ってませんでしたっけ?」
「き、聞いてないよぉ!」
途端に顔を真っ赤にしたクーデルさんが、バッと僕から身を離した。勢い余ってよろめいて、テーブルのカドにぶつかってしまう。その衝撃でテーブルから落ちてしまったグラスを、座っていたナガレさんが冷静にキャッチした。
「自分は大体予想通りの年齢だったな。むしろミツルは十四歳とは思えんほどにしっかりしているではないか」
「それは、そうですけど……でもでも、私と二つしか変わらないなんて……」
クーデルさんの顔がゆでダコみたいに真っ赤になった。その理由がこれまでの隙だらけだった共同生活を思い返しているのだと思うと、こっちまで恥ずかしくなってくるよ……。
そりゃあ、僕は背の順も一番前だったし、バスに乗るときも「キミは半分でいいんだよ」と運転手さんに優しく言われちゃってたけどさ……。
それにしても、クーデルさんは僕を何歳だと思っていたんだろう。……いや、知らない方がよさそうだ。
「……十四歳……あの身体と顔で……十四歳……」
カレンさんはカレンさんで、違ったショックを受けているようだった。
でも、これで諦めてくれるかな?
「……つまりは……成長してもあまり変わらない可能性が高いということ……!」
「高くてたまるもんか! 僕はこれからグングン背が伸びる予定なんだ!」
「あぁ、申し訳ありませんミツル様……」
しまった、僕としたことが、身長のことを言われてつい……。
「わたしはもう改心しましたわ。ミツル様、わたしは貴方様の願いをまだ存じていませんが、どうかわたしにも、貴方様の願いを叶えるお手伝いをさせて欲しいのです」
「えっ! 本当ですか!?」
「もちろんですとも。ですから、ミツル様にはわたしの商会の会長に就任していただいて、共に夢を叶えましょう!」
「ぼ、僕が、会長??」
「そんなのダメよ!」
「あらクーデルさん、貴女のお店では、特級レアアイテムなんて一生手が届かないでしょう? それとも、なにか手立てがあるのかしら?」
「そ、それは……」
クーデルさんも、そこは認めざるをえないみたい。
冷静に考えれば、僕はカレンさんの商会のお世話になるべきなのだろう。元の世界に早く帰りたいのなら、その選択は比べるまでもないのかもしれない。
僕は、ゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさいカレンさん。その申し出も、お断りさせていただきます」
「どうしてですか!? ミツル様なら、どちらが夢の近道がお分かりでしょうに!」
「僕はクーデルさんの方が、商人として尊敬しているからです」
あのハンデもそうだけど、なによりの勝因は、クーデルさんが長年培ってきた街の人達との信頼関係だと思う。僕一人ではとても勝ち目のない勝負だった。
父さんが常々言っていた。
『なにより得難く尊いものは、お客様の信頼だ』
「それに僕は、恩人であるクーデルさんを裏切るような真似はできません」
「……そうですか。わたしも、あの娘から学ぶことはありそうだと自負していますわ」
カレンさんは肩を落としていながらも、思いの外すんなりと受け入れてくれた。こういう柔軟さは、やっぱり成功者の成せる業なのかな。
「ですが、困ったことがあればなんなりと頼って下さいな。ミツル様の頼みとあらば、我が【セブンス商会】は全力を持ってサポートさせて頂きますわ」
これは願ってもない申し出だ。こんなに心強いスポンサーはそういない。
「本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
最後に僕と握手して、カレンさんは少し寂しげな笑みを浮かべながら【バニラ】を後にした。
変な人だけど、根は優しい人なんだな。
見送りを済ませると、背後からクーデルさんの控え目な声が聞こえてきた。
「ねぇミツル……本当にウチにいてくれるの?」
「あっ、もちろんクーデルさんさえよければですけど……」
「そ、それはもちろん大丈夫よ! むしろ私の方がお願いしたいくらいで……」
「え? あ、はいっ!! もっともっと勉強して、【バニラ】の発展のためにも頑張りますね!」
そっか、僕って案外クーデルさんに頼られていたんだなぁ。うん、これは嬉しいぞ。役に立ってるって実感できた!
「はっはっはっ! これは難儀なことだな、クーデル?」
「もう、ナガレさんは黙ってて下さい! あぁその、じゃあ、これからもよろしくね? ミツル……くん」
「?? 急に君付けなんてよして下さいよ。なんだかやりづらいじゃないですか」
「……じゃあ、私のことも呼び捨てにしてくれる?」
「そ、それは抵抗があるといいますか……年上に変わりはないですし、そもそも僕の雇い主なんですから」
「じゃあミツルは、【バニラ】の共同経営者に任命します! 歳だって二つしか変わらないんでしょう? だったら敬語も禁止! っていうかどうして教えてくれなかったの? あっ! まさか子供のフリをして……や、やっぱりミツルはエッチさんだ!」
なんだかメチャクチャ言い出したぞ!?
必死に誤解を解こうとする僕と、なぜか顔を合わせてくれないクーデルさんを、ナガレさんは呑気にお茶を啜りながら微笑ましそうに眺めていた。
ミツルは桃ちゃん一筋です。今のところは。
お読み下さった方、誠にありがとうございます。