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第11話 商売勝負を致しましょう

 対局は日が暮れても続いた。

 もう何回砂時計をひっくり返したかも分からないほどの長きに渡る勝負は、ゆっくりと幕を閉じた。


「……参り…ました……」


 喉の奥から絞り出すように、僕は震えた声でそう告げた。

 将棋の存在すら今知ったばかりの人に、僕はハンデがあるとはいえ負けたんだ。


「西の方の大国で、似たようなゲームを見たことがあるわ。コレよりもずっと簡単でつまらなかったけど、このショーギは実に奥が深くてステキなゲームね。気に入ったわ。早速この国でも流行らせましょう」

 勝利の喜びも一切見せず、カレンさんは早速商談をと持ちかけてきた。さすがは商魂たくましい。この人の財力ならば量産も容易だろう。

 僕のちっぽけなプライドに続いて、今度は次の商機まで奪われてしまいそうだ。


「待てユーストン、いい加減本題に移れ。何のために自分が貴様の依頼を引き受けたと思っている」

「あら、そうだったわね。わたしとしたことが、つい目の前のビジネスチャンスに囚われてしまったわ」

 ナガレさんとカレンさんのやり取りに、僕は俯いていた顔を上げる。

「……本題って、やっぱり僕に何か御用なんですか?」

「えぇ、ナガレさんたってのお願いでね。わたしは貴方と、商談をしに来たのよ」

「商談…ですか?」

「えぇ、ショーギの利権ではなくてね」

「……でも、僕は貴女のような方と取引できるようなレアアイテムなんて、持ってないです……」

 我ながら情けない声でそう呟く。あちらの世界の品物を目当てにしているのなら分かるけど、まさか僕が異世界から来たことを伏せるべきだと忠告してくれたナガレさんが、この人にバラすとは思えない。

「ふふふ、それはそうでしょうね。なんといってもわたしが提示するその商材は、一級のレアアイテムなんですもの」

 それを聞いた途端、僕の心臓がドクンと跳ねた。

 一級のレアアイテムって、まさか!


「わたしはね、貴方が魔女に捧げるために求めているアイテムの一つを持っているのよ」


「ほ、本当ですか!?」

「心外ね、商人が商談で下手な嘘を言うはずないじゃない。わたしが所持するそのアイテムは、【レインボーオーブ】と呼ばれる宝玉よ」

 たしかにそれは、僕が求めているアイテムの名前だ。

 ふと、スカーレットさんの家での会話を思い出す。

 持ち主が分かっているレアアイテムがあると。

「ナガレさんの報酬代わりの頼みでなければ、とても商材として持ち出すようなアイテムではないものよ。わたしとしては、この坊やのなにがそこまであの頑固者を突き動かせたのかも、興味があるわね」

 ナガレさんは、僕のために毛嫌いするカレンさんに雇われていたのか。

 思わずナガレさんに目をやると、目が合った途端にそっぽを向かれてしまった。


「じ、自分はただ、ミツルの願いの先にある悲願を、一人の女として叶えてやりたいと思っただけだ!」


 それを聞いた途端、耳がカッと熱くなった。

 ナガレさんは、僕の恋を応援してくれているのだ。

 不意に、クーデルさんがフルフルと何かを振り払うように頭を横に振った。もう夜も更けてきたし、眠かったのかな?

「も、もちろん私だって、お、応援してるわ! だからそのアイテムだって、なんとしてでも譲ってもらわなくちゃ!」

 そんな心強いクーデルさんの言葉も、カレンさんは一笑に付した。

「この可愛らしいお店ごと対価にしても、とても足りないわね。ショーギの利権を足しても、まだ足りないわ」

 やっぱりそうかと、僕とクーデルさんは揃って肩を落とす。まだまだ道のりは遠いけど、その在り処が分かっただけでも今は十分だ。予約とかできないかな?


「だからここは一つ、わたしの提案に乗って下さらない?」

「「提案??」」


 僕とクーデルさんの疑問に、カレンさんは満面の笑みを浮かべて答える。

「先程も言った通り、わたしは勝負事に目がないの。お互い商人なのだから、商売で勝負を致しましょう。見事わたしに勝てば、【レインボーオーブ】を差し上げますわ」

 僕は耳を疑った。こんなチャンスってあるの!?

「受けて立ちましょう!!」

 突如降りかかったチャンスに舞い上がってしまった僕は、反射的にそう応えた。

 クーデルさんの凍り付いた顔に、気が付かないまま。

「決まりね。勝負の詳細は明日使いの者を送るわ。今夜はゆっくりお休みなさい。素敵な夜をありがとう」

 馬車へと戻ろうとするカレンさんの背中に、クーデルさんが震えた声で問いかけた。

「ち、ちょっと待ってください! 私達が負けた時は、どうなるんですか…?」

「あぁそうそう、わたしったら、すっかり忘れてたわ」

 振り返ったカレンさんは、再び僕の方へと歩み寄ってくる。

 ナガレさんが「雌狐め」と呟いた。

「わたしが勝った暁には、貴方達二人をわたしのコレクションに加えさせてもらうわ」

 その『コレクション』という単語になにやら恐ろしいものを感じた時には、もう遅かった。

「わたしの屋敷で、大きくなってしまうまで存分に可愛がってあげるわね♡」

 カレンさんは、僕のすぐ側にまでその綺麗な顔を近づけて来た。

「ショーギの勝利のごほうび、まだ頂いてなかったわね」

 鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づかれたかと思えば、


 チュ~ッ♡


 き、キスされたぁぁ!!? ホッペ!? セーフ!!? でもキスされた!!!

「な、ななな……」

「あらあら、真っ赤になっちゃって。やっぱりカワイイわねぇ。わたし、貴方のようなカワイイ男の子は、大好物なの♡」

 僕の予感が確信へと変わり、全身の血の気がさぁと引いていくのを感じた。


 このお姉さん、ショタコンだ。





 翌日、カレンさんの使いとして、あの燕尾服の美少年が一通の手紙を手にやってきた。

 その手紙には、勝負は三日後の早朝に南の広場で開かれる朝市で行われることと、その勝負方法などが書かれていた……らしいです。毎晩クーデルさんに教わってはいるけど、まだこの世界の文字が読めないんだよね。

 その内容は、『朝市終了までに一〇〇個のラゴの実(リンゴによく似た白い果物だ)を先に売り切った方の勝ち』という、拍子抜けするほどシンプルなものだった。

 細かい注訳として、一人のお客さんに売れる数は五個までとし、一個の価格は基本相場以上とすること、商品のラゴの実は当日受け渡すことなどがしっかりと書かれている。

 一見、実にフェアな勝負に思えたけど、クーデルさんとナガレさんには「そんなことはありえない」と口を揃えて言われてしまった。


「いいかミツル、一級のレアアイテムを得られる機会など、そうそうあるものではない。意地でも勝て。あのいけ好かない雌狐を完膚なきまでに打ちのめせ!」

 どうやらナガレさんは、こうなることを予測していたようだった。いわばこの勝負の舞台は、ナガレさんが作ってくれたものだ。


「ミツル! こうなったら絶対に勝つわよ! あの人の鼻を明かしてやるんだから!」

 クーデルさんはやる気満々のようだったけど、どこか怒っているようにも見えた。朝からずっと不機嫌だし、僕の分の朝ごはんは少し焦げていた。

 やっぱり、ムチャな勝負を受けてしまったことを怒っているのかな……。


 そんなことを思いつつも、僕らは将棋イベントも一時止めにして、通常営業をこなしながらもどうにか策を巡らせる。

 でも、シンプルな勝負方法だからこそ、その策は難しい。

 先に商品を貰えれば、それをジュースやお菓子に加工して売ることもできたかもしれないけど。そうは問屋が卸さないって、こういう時に言うのかな?

 とにかく、何か策を考えなくちゃ。


読んで下さった方、誠にありがとうございます。

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