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Episode 3 〈天火明〉

 戦いの場は市街に移り、ユティスと零壱の剣戟が続いていた。

「ははっ、粘るなあ。あんたを遊び相手に選んで正解だよ」

 リシャールは民家の屋根の上に立ち、地上の二人を目で追った。

 知らず知らず笑みがこぼれる。口角が吊り上がるのを抑えられない。

 腕時計に目をやる。零弐に賭けを提案してから、既に五分が経過した。賭けはリシャールの勝ちだが、もうそんなことはどうでもよかった。

 あまりにも愉快で、隣に控える零弐をからかいたくなる。

「何だ? まだ三分も経ってないのか。不味いな。このままだと、賭けはお前の勝ちになっちまう。そうなったら優しくしてくれよ、零弐?」

「う……あ……」

 びくっ、と小動物のように肩を揺らす。リシャールは噴き出した。

 そして、また眼下の戦いを昂然と見下ろす。

 ユティスと零壱の攻防は消耗戦だった。ユティスの攻撃は零壱の幻覚に惑わされ、一度も命中していない。対する零壱の攻撃も紙一重でかわされるか、傷が浅く、決定打を与えられない。互いに魔力と体力だけが減退していく。

 だが、消耗戦となると、有利なのは零壱だ。禁書に記されていた術により、零壱の魔力総量は桁違い。体力面のカバーを考えても、補って余りある。

 このまま戦い続けた場合の、自らの勝機の薄さを悟ったのだろう。ユティスは戦法を変えた。具体的に言うと、リシャールを直接狙ってきた。

 下肢に魔力を集中させ、トップスピードで民家の壁を駆け上がる。零壱は反応が遅れた。距離があり、今からでは幻惑しようにも間に合わない。

(やるな。オレと零壱を少しずつ引き離してたのか)

 ユティスが屋根に到達し、リシャールを鋭くにらむ。

「おいおい、そんな怖い顔――」

 軽口を叩く猶予もくれない。目と鼻の先に白刃が迫る。

 リシャールには回避できない速度だったが、もとより避ける気はなかった。零弐が代わりに反応している。ユティスの手首を掴もうと腕を伸ばす。ユティスは攻撃を中断し、大袈裟なくらい距離を取った。――さすがに勘がいい。

 リシャールは感心し、ユティスをしげしげと見つめた。

「こいつらの魔術特性を見抜いたみたいだな」

「お前はベラベラと、僕に余計な情報を与え過ぎた」

 ユティスはリシャールをかばうように立つ零弐を指差し、

「下の奴は〈幻〉に特化した魔術師。そこの奴は〈支配〉に特化した魔術師なんだろう。お前は〈天火明あめのほあかり〉の特性を二つに分割し、特化させたんだ」

「どうしてそう思う?」

「単純な理屈だ。下の奴が街の人間を幻覚で操っているなら、僕も操られているはず。そうなっていないということは、幻覚と支配は別物ということ」

「根拠としては弱いぜ。それだけじゃないだろうな」

「極めつけはお前の話だ。傀儡にされた人間に捕まると、捕まった人間も傀儡にされる――虚実入り混じりという言葉を信じるとすれば、そこの奴の魔術が『触れた人間を傀儡化する』支配の魔術と推測するのは容易い。違うか?」

「ははっ、よくもまあ、戦いながらごちゃごちゃ考えられるもんだ」

 リシャールは薄く笑うだけで、肯定も否定もしなかった。

 そこでようやく零壱が屋根に登ってくる。ユティスと零壱の剣戟が再開された。巻き添えを喰わないよう、零弐と一緒にやや後ろに下がる。

 ユティスの推測は正しい。他人を操るには、零弐が対象に触れる必要がある。零壱の幻覚で惑わし、零弐が触れる。それで街の人間を傀儡にしてきた。

 だが、カラクリがバレたところで状況は変わらない。

 むしろユティスはこれで、零弐の動きにも注意を払わなければならなくなった。一度でも零弐の支配を受けてしまったなら、もう命取りなのだから。

「あんたはこの程度なのか?」

 戦況はずるずると、ユティスにとって暗転していく。

「もっとオレを楽しませてくれよ。オレの予測を超えてくれよ」

 ある種の期待をユティスに向け、リシャールはつぶやいた。

 ――どのくらいの時間が経過しただろう。一〇分ほどだろうか。

 零壱の幻影をユティスが斬り、ユティスの死角から零壱が襲う。変わり映えなく、何十回と繰り返される光景。しかしここに来て、零壱が動いた。

 ユティスの斬撃に反撃したのち、身代わりの幻影を出すタイミングが遅れた――振りを装う。ユティスは隙が生まれたと判断し、攻撃の手を速めた。

 それが零壱の狙い。わざと攻撃を誘い、裏で周到に罠を張り巡らせている。鋭く放たれた突きを防ぐ自然な流れで、零壱が花冠の盾を召喚した。

(百華繚乱か。狡い真似すんなあ……オレは嫌いじゃねえが)

 東洋呪法に分類されるカウンター魔術。身を守る盾と思わせて、強力な幻覚をお返しする。知覚に作用するだけの幻影と比べ、数段上位の高等魔術だ。

 帝国内ではマイナーなため、カウンターとしての有用性が高い。

 これで終わっちまうか、とリシャールは眉をひそめたが、

「甘い。それで罠のつもりか」

 ユティスは剣先を逸らした。花冠は傷つかず、ゆえにカウンターも発動しない。術の効果を知っていた風ではない。直感で罠と勘付いたのか。

 不測の事態に驚き、本当に隙が生まれた零壱の横っ腹に、強烈な蹴りが入った。零壱は吹き飛び、屋根を転がる。巫女装束のあちこちが破れた。

「お姉ちゃんっ!」

「行くな。オレの傑作があれくらいでくたばるかよ」

 姉のもとに駆け寄ろうとする零弐を、視線で引き止める。

 屋根を転げ落ちかけた零壱は、縁のぎりぎりで留まった。致命傷は食らっていないようだ。すぐに体勢を整え、ユティスに幻影をけしかける。

 ユティスは零壱の幻影と踊るように戦い続けた。

(このゲーム、まだ終わりそうにねえな。やっぱあんたは最高だ!)

 先程の言葉を訂正し、リシャールは心のうちで快哉を叫んだ。

 ――その予想が意外と早く外れることを、彼が知る由はない。


     ◆


 奇襲の失敗はユティスにとって、かなりの痛手だった。

 零弐は以前よりも警戒を強め、リシャールの傍らを固めている。従者の少女二人をできるだけ無視して、リシャールのみを叩くのは難しくなった。

 もちろん、不可能ではない。()()()はある。

(だが、現実的じゃないな……)

 実行には大幅に魔力を使う。消耗している今、一発が限界だ。

 ユティスは零壱の幻影を見破れない。視界の端に映るリシャールが本物か、確証は得られていない。無駄撃ちしてしまえば――この戦いは詰む。

 劣勢であろうと、一か八かに賭ける選択肢は、ユティスの性格が許さなかった。零壱と斬り結びながら、他の起死回生の一手を模索する。

「夜天の惑い――柳月華やなぎげっか!」

 時間を稼ぎたいこちらの心情を知ってか知らずか、零壱が大技を繰り出した。魔力の波が周囲に拡散し、空間に歪みが生じていく。ユティスは束の間、上下左右の判別がつかなくなった。バーティゴ、空間識失調に近い状態に陥る。

 零壱が刺刀を突き出し、突っ込んできた。刃がユティスの胸板を裂く。内臓に達する手前で正気を取り戻し、ユティスは後退して、刺刀を弾いた。

 ところが、立っていた場所が悪い。それともこれが目的か。

 後退した地点に足場がなく、ユティスは屋根の外側に投げ出された。

 高さは大したことはない。上から降ってくる零壱が問題だ。

 刺刀を振りかぶっている。落下しながらでは、避けられない。

 体勢も位置関係も最悪だが、剣での迎撃を試みる。

 ユティスは長剣を振るおうとして――零壱のささやきを聞いた。

「戦い続ける振りをしながら、南に行ってください」

「――なに?」

「どうか、私を信じて」

 零壱の瞳に確固たる意志を垣間見て、腕に込めた力を抜く。

 互いの得物が噛み合う。零壱も加減をしており、衝撃はなかった。

 着地後、ユティスは間髪入れずに攻撃を仕掛けたが、やはり力を抑える。零壱も本気を出してこない。こうなっては剣戟ではなく、陳腐な演劇だ。

 言われた通り、リシャールに怪しまれぬよう、徐々に街の南方面へ向かう。リシャールは零弐に抱えられ、建物の屋上を飛び移って、二人についてきた。

 魔術戦闘をかじった者なら、二人の芝居はひと目で見抜く。

 だが、リシャールは語った。『魔術の才はからっきし』だと。

 恐らく、騙されていることには気付いていない。

「ご相談があります」

 近距離での鍔迫り合いになると、零壱に耳打ちされる。

「僕に何をさせる気だ?」

「どうしてもあの男(リシャール)を倒したい。あなたの協力が必要です」

 そして、ユティスは零壱の口から、作戦の内容を聞いた。

「…………」

「お願いします。これが最後のチャンスかもしれないんです」

 黙り込むユティスに、想いの丈を乗せた言葉を紡ぐ。

「忘れてはいません。私は地下室で嘘を吐いて、あなたの善意を裏切った……。でも、もう一度……もう一度だけ、私を信じてもらえませんか?」

「…………」

「あの男から……この街を……妹を助けて……っ!」

 水滴が一粒、風に流れる。彼女の涙を見たのは二度目だった。

「何度も言わせるな」

「……ふぇ?」

 零壱が目を丸くする。ユティスは低い声で、はっきりと言った。

「傀儡の主は僕が狩る、と言ったろう」

 溢れそうになる涙を懸命に隠し、零壱は微かに頷いた。

「タイミングはお任せします」

「わかった。遅れるなよ」

 演技を続け、さらに南下すると、巨大な壁が現れる。

 街の象徴〈魔除けの壁〉。仕掛けるならば、ここしかない。

 零壱に目配せし、実行を合図する。残った全ての魔力を注ぎ込むつもりで、ユティスは丹田に気を充実させ、己の中に奥の手の術式を構築した。

 その最中、零壱と交わした作戦に関する会話が、脳裏で再生される。

『私たちは縛られています。そのせいで、あの男の言いなりに』

『拘束魔術の類いか』

『あの男が出す特定周波の魔力波がスイッチになり、体内の〈天火明〉の術式が暴走する仕組みです。禁術が一旦暴走してしまえば、命は……』

 零壱の声が震える。彼女は自身の死を恐れているというより――

『私はいいんです……。けど、妹を死なせたくはない』

 亡者のような顔色に反比例して、声音は力強い。

『人体実験を施されたとき、私たちはそれ以前の記憶を消されてしまいました。真の名も、故郷の場所も、思い出も、何も思い出せません。ただひとつ、私とあの子が姉妹――大事な、とても大事な家族であることは覚えていたんです。あの子を失うわけには、死なせるわけにはいかない……たとえ、私がどうなろうとです』

 ユティスは納得した。きっと零弐も姉と同一の考えなのだ。

 姉妹が互いを想う気持ちが、二人の心に最大の縛りを科していた。

 リシャールはこれを見越し、部分的に記憶を残したに違いない。

『……話が逸れました。本題に戻ります。お気付きでしょうが、あの男は私の掛けた幻影で、常に自分の存在情報、位置情報を誤魔化しています』

『馬鹿正直に攻撃しても、奴には効かないか』

『はい。ですが、私なら今すぐに幻影を解くことが可能です。私が術を解いたら、なるべく速度のある遠距離攻性魔術で、あの男を討ってください』

『馬鹿が。愚策にも限度がある。本気か?』

 リシャールの息の根を止めるのが先か、裏切りがバレて、暴走のスイッチを入れられるのが先か、賭けに出るという意味だ。一か八かの賭けに。

『矛盾している。妹を絶対に死なせたくないんだろう』

『あなたなら――ユティス様ならやってくれると、信じています』

 言い切る。ユティスの何が、零壱にそう断言させたのか。

 いずれにせよ、ユティスは申し出を引き受けた。作戦の成否はユティスの腕に委ねられている。承諾したからには、姉妹を無駄死にさせる気はない。

 術の発動準備が整う。意識を現実に集中し、心眼で標的を捉え――

「絶ち奥義――剣聖域(クラウズーラ)

 ユティスは魔術の発現とともに、その場で剣を振り抜いた。

 間合いにいるのは零壱のみ。だが、彼女を斬ったのではない。

「な……っ!?」

 ()()()()()()離れた建物の屋上にいたリシャールが、酷薄な笑みを凍りつかせ、胸から血を噴水のように噴き上げて、地上へと落ちていった。

 彼の後方にいた零弐は、主が落下する様を呆然と見送る。

 二人の迫真のリアクションを見るに、正真正銘、生身のリシャールのようだ。ユティスが魔術を放つのと、零壱が術を解いたのは、完璧なタイミングだった。

 リシャールが魔力波を飛ばした気配もしない。あの怪我であの高さを落下すれば、生きてはいまい。姉妹が無事で済み、作戦は見事な成功で終わった。

 ――ユティスがそう思った瞬間、零壱の体が傾いだ。

 咄嗟に腕で支えてやる。零壱は苦しそうに胸を押さえた。

「どうした?」

「……私を……あそこに」

 リシャールが立っていた屋上を示す。事態は掴めないが、暗雲が垂れ込んできた。ユティスは零壱を背負い、なけなしの魔力と体力とを振り絞った。

 虫の報せは的中する。屋上の端に零弐が横たわっていた。

 右手は心臓を押さえ、左手は宙をもがく。苦痛に喘いでいる――かと思えば、ぱたりと左手が床に落ち、動かなくなった。意識を失ったらしい。

 ユティスは零弐に駆け寄り、姉妹を並べて屋上に寝かせた。

 ついでに二人の内部、魔力の循環器を探ってみて、吃驚する。魔力の流れがでたらめだ。彼女たちが常人なら、とうに肉体が崩壊している。

「ごめんね……苦しい思いをさせちゃって……」

 零壱は震える手に慈しみを込め、妹の頭を撫でた。

「安心して……あの男はもういない……。あなたは……生きなきゃ」

 手をスライドし、腹部にかざす。零壱の手のひらから輝く霧状の何かが漏れ、零弐の体内に染み込んでいく。心なしか、零弐の表情が和らいだ。

「何をしている。その光、治癒魔術じゃなさそうだが」

「これは私の……〈天火明〉……。暴走による損傷が軽い部分を……この子のものと結合させて……正常に組み替えます。そうすれば、この子は助かる……」

「暴走? 魔力波は飛ばされていな――」

 言葉の途中で閃き、ユティスは全てを悟った。

「また、嘘だったのか」

 彼女たちの術式を暴走させる要因は、ひとつではなかったのだ。たとえば、主が死んだ場合や、主の意に背いた場合。他にも色々と予想はつく。

「自分の命を犠牲に妹を救うのが、お前の真の筋書きだった」

「その通りです……。この子を……あらゆる縛りから解き放つには……こうするしかなかった。正直に話したら……協力してもらえないと思って……」

「だろうな。簡単に生を諦める奴に、僕は協力などしない」

「死にゆく者にも厳しいですね……。ユティス様……らしい」

 術式の結合は十数秒で完了する。寝息を立てる零弐の顔は穏やかで、死の危険が去ったことは一目瞭然。だが逆に、零壱の状態は悪化していた。

「最後のお願いが……あります……」

 荒く息を吐きながら、零壱が言う。ユティスは鼻を鳴らし、

「稀に見る大馬鹿だ。二度も嘘を吐かれ、まだお前の頼みを聞くと?」

「そう……あなたは二度も……こんな私の言葉を信じてくれた」

「――――」

「ユティス様は……優しい人……。ユティス様だから……託せます」

 光の失せた暗い瞳で、ユティスと妹を交互に見やる。

「この子に名前を……つけてあげて……。適当で構わない……その名でこの子を……呼んであげて欲しい。何回も、何回も……私の……代わりに……」

 最後にそっと、初めてユティスに微笑んでみせ――

「あなたに出逢えてよかった」

 全身が痙攣し、零壱の体が跳ねた。彼女の瞳はもう何も映さない。

 暴れ回る魔力の負荷に耐え切れず、肉と骨が灰と化す。

 やがて灰は風に舞い、涙に濡れた巫女装束を残して、いずこかへと霧散した。ユティスは巫女装束を拾い上げ、眠る零弐にかけてやった。

「じゃあな、零壱。お前はよく働いた。なかなか楽しかったぜ」

 という台詞が発せられたのは、ユティスの頭上からだ。

 ユティスが見上げた先に、奇妙な物体が漂っている。

 それは五芒星が書き込まれた紙片、東洋呪法に用いられるマジックアイテムだった。風に流されず、ユティスの目の高さに降下し、空中で停止する。

「つまんねえな。死人が化けて出たんだぞ。もっと驚いてくれよ」

 真ん中が口のように割れ、紙片がリシャールの声で流暢に話した。

「くだらない。お前は奴が遺した〈式神〉だろう」

「……マジつまんね。だが、ご明察。オレはあいつの人格をコピーした、あいつのバックアップ。死後に発動するよう組まれた〈遺言式神〉だ」

 式神はくるりと零弐を向き、口だけで愉快そうに笑った。

「零壱に寝首を掻かれるとはな。姉妹設定が裏目に出ちまった」

「設定だと?」

「ああ。こいつらは本当の姉妹じゃねえのさ。そういう設定にしときゃ、便利かと思ったのによ。容姿はともかく、記憶をいじるのは苦労したぜ? にしても……ははっ、赤の他人のために死ぬって傑作だな! さすがはオレの最高傑作!」

 甲高い声で笑う。ユティスは無言で鞘に手を置いた。

「まあ、待て。あんたが斬らなくとも、オレはいずれ魔力切れで消滅する。オレは栄えあるゲームの勝者に、クリア報酬を与えるために現れたんだ」

「いらない。僕が欲するものを、お前が用意できるとは思えない」

「即答すんな。報酬はあんたが欲しそうな情報だ」

「……言ってみろ」

「不思議じゃねえか? いくら不世出の天才と言え、ガキのオレが禁術の実験をこうも円滑に行えるなんて。協力者がいなきゃ、普通は無理だろ」

 宙を滑るようにユティスへ接近し、式神は自信あり気に言った。

「〈人身仲介者タブーブローカー〉って知ってるかい、お兄さん?」

 

     ◆


「ユ~ティ~ス~さ~ま~!」

 大声で呼びかけられ、ユティスの意識が覚醒する。

「も~、早く起きてください。朝一で宿を出るんじゃないんですか」

 カーテンから漏れる朝日を背にし、アカリは枕元で頬を膨らませた。

「ああ……そうだったな」

「ユティス様が寝坊なんて珍しいですね。よっぽどいい夢を――はっ! もももももしや、私以外の女と夢の世界で乳繰り合って!?」ごごごっ。

 勝手に憤慨する。ユティスはいつものごとく無視しようとしたが、

「アカリ」

 彼女の名を呼んだ。なぜ呼んだのか、自分でもわからない。

「はい。何ですかユティス様?」

「アカリ」

「はいはい、何でしょう」

「アカリ」

「は、はい?」

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 さっさと身を起こし、黒コートに腕を通す。

 普段らしからぬユティスの言動に戸惑い、アカリは首を傾げた。

「ユティス様が私をからかった……も、もっと弄んでください♡」ぽっ。

「馬鹿が。頬を染めるな」

「えへへ、今日のユティス様、ちょっと変です」

 朗らかに微笑むアカリ。巫女装束が日の光に映え、美しく輝いた。

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