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Episode 3 〈人間使い〉2

 日が傾き始めた頃、ユティスは行動を開始した。

 エミルに描いてもらった街の地図を手にして、地下室を出る。

 周囲に操られた人間がいないのを確認し、入り口を簡単な騙欺で擬装し直そうとしたところで、地上へと上がってくる何者かの足音が聞こえた。

「一人でどこ行くんだよ、お兄さん」

「どこへも行きはしない。外の風に当たろうとしただけだ」

「嘘言うなよ。バカ兄貴のとこに行く気だろ」

 リシャールはずいっとユティスに詰め寄った。

「お兄さんだけに行かせやしない。俺も一緒に行かせてくれ」

「足手まといにならない自信があると?」

 ユティスはあえて、淡々と酷な言葉をぶつけた。

 リシャールから感じる魔力には何の変哲もない。魔術師としては一般人以下。操られた人間数人にでも囲まれてしまえば、それで終わりだろう。

 リシャール自身も、そのことは重々わかっているに違いない。この程度の力では、ユティスの役に立てはしない。だが、それでもなお――

「足を引っ張らない、とは言えない。むしろ引っ張ると思う」

「なら、駄目だ。話にならない」

「頼むよ。俺が止めなきゃいけないんだ。俺が兄貴を止めなきゃ!」

 二人の視線が交錯する。――根負けしたのはユティスだった。

「勝手にしろ」

 ぶっきらぼうに言い放ち、背を向けて歩き出す。リシャールは表情をゆるめて、小声で「恩に着るよ」とつぶやき、ユティスの後に続いた。

 二人は裏路地の陰で息を潜め、通りの様子をうかがった。

「静かだね」

「ああ。妙だな」

 昼間の騒ぎなどなかったように、街はひっそりと静まり返っていた。まだ日没前だと言うのに、人の気配がない。さながらゴーストタウンだ。

 十中八九、傀儡の人間たちも息を潜めている。こちらが動くのを待っているのだ。ユティスは感覚を研ぎ澄まし、辺りを探りながら、慎重に移動した。

 数メートルも行かないうちに、リシャールが緊張した声で言う。

「お兄さん、気を付けた方がいい。俺たちみたいな生き残りの人間を捕まえるために、索敵系のトラップ魔術が仕掛けられてることもあるから――」

 直後、リシャールの踏み出した足が、地面すれすれに張られていた魔力の糸を切った。けたたましい音が街中に鳴り響き、二人の居場所が割れる。

 民家の中、建物の陰から、市民が洪水のごとく押し寄せた。

「なるほど、これがトラップか。よくわかった」

「……ごめん」

 数が多い。全員の相手をしていては、朝になってしまう。

「いいか、死にたくないなら、僕から離れないことだ」

 リシャールの返事が返る前に、ユティスは傀儡の集団に突っ込んだ。

 戦いはしない。全身を魔力で強化し、人の壁を強引に突破していく。あちらも攻撃してくるが、生半可なものはユティスには効かない。しかも密集しているおかげで、あちらの外した攻撃が他の市民を吹き飛ばし、逆に進路を確保してくれた。

 リシャールも顔を蒼ざめつつ、ユティスについてくる。

 ユティスが剣を抜くこともなく、二人は隣の通りに到達した。

 地図によれば、目指すノーンバン邸はこの先にある。

 こちらの通りに人間は少ない。だが、背後から攻性魔術が飛んできて、二人をかすめた。突破した市民たちの追撃だ。急がなければ、挟み撃ちにされる。

「攻撃は全て僕が対処する。お前はとにかく走れ」

「りょ、了解!」

 腰の引けたリシャールに併走し、ユティスは剣を抜いた。

 前方から襲ってくる人間を峰打ちで気絶させる。と同時に、後方から迫る火球や雷を受け流す。神業と称せる域の剣技に、リシャールが目を見張った。

「すげえ……お兄さん、あんたは……?」

「無駄話は後だ」

 真正面に視線を投げると、ノーンバン邸の門が見えた。

 しかし、あちらも簡単に侵入を許す気はないらしい。

 堅牢そうな門の前に、揃いの制服を着た一団が待ち構えていた。

 傀儡にされた警官。ざっと見ただけで三〇人はいる。ある者は拳銃や小銃を手にし、ある者はゴーレム型の下級使い魔(ファミリア)を従えている。魔術の鍛錬を積んでいる彼らは、一般人よりはるかに脅威であり、最終防衛ラインと言っていい。

 さっきのように、力尽くで突破するのは難しそうだ。

 早速、リーチのあるゴーレムの腕が伸びてきた。うわっ、と頭を抱えるリシャールをかばい、ユティスが前へ。樹の幹のような腕と剣が衝突し、力が拮抗。ゴーレムは四メートルはあろうかという巨体だが、ユティスも押し負けていない。

 小さな邪魔者を押し潰そうと、躍起になった瞬間を見計らい、横に退けてやる。必然的に前のめりだったゴーレムは、あっさりバランスを崩した。

 呼吸を整える暇はない。今度は銃口が一斉に火を噴く。

 ゴーレムを意に介していない。使い魔ごと蜂の巣にするつもりだ。

 ユティスはゴーレムの脇にリシャールを蹴飛ばし、自分もそこに身を置いた。射手との間にゴーレムを挟み、岩のようなボディを盾に利用させてもらう。

 銃弾の集中豪雨を受けたゴーレムは咆哮を上げ、横転した。

 契約者がゴーレムの真下に魔法陣を描き、岩の巨人を〈あちら側〉へ強制送還させる。これで弾除けはなくなった。警官たちはここぞとばかり、銃弾と魔術の雨を撃ち込む。――だが、そのときにはもう、二人は回り込んでいる。

「悪いが、しばらく眠れ」

 ユティス以外の人間には、あたかも剣が消えたように見えた。

 そう錯覚させるほどの速さ。ユティスの斬撃が警官たちを黙らせる。

 最大の障害は排した。ユティスは門扉をこじ開け、ノーンバン邸の前庭に踏み入った。事態の元凶、リシャールの兄はこの敷地内のどこかにいる。

「何をしている。急げ」

 リシャールが側にいないのに気付き、後ろを振り返る。

 リシャールは気絶した警官の手元から、拳銃を拝借していた。

「俺も武器のひとつぐらい、持ってた方がいいだろ? 何としてでも、バカ兄貴を止めなきゃいけなくなったとき……引導を渡すのは身内の仕事だよ」

「……どこにいるか、見当はあるか?」

「一階奥の研究室。そこ以外には考えられない」

「わかった。行くぞ」

 二人は屋敷に突入した。途中の部屋を素通りし、最奥へ向かう。

 中にも傀儡の人間がいるはず――というユティスの予想を裏切り、屋敷は無人だった。不用心が過ぎるように思えるが、あの傀儡の軍勢を突破できる者はそうはいない。最低限の精鋭の護衛のみ、側に置いているのかもしれない。

 そんな風に考えている間に、難なく一番奥の部屋に着いてしまった。

「ここだよ、兄貴の研究室は」

 リシャールが扉に手をかける。ユティスはそれを制し、

「僕が先に入る。もしもの場合、お前は入ってくるな」

「なっ! ここまで来させといて、冗談だろ!?」

「納得しないのなら、お前の意識を断つまでだ」

 有無を言わせない。リシャールは不承不承頷いた。

 リシャールを下がらせ、扉を斬り裂いて、部屋に入る。

 そこは研究室と言うより、図書室と言う方が相応しく感じた。

 壁一面を書架が埋め、隙間なく本が並べられている。全ての本が魔術関連の書で、外国語で著されたものや、複製が禁止された希少なものもあった。

 そして、閑散とした部屋の窓際、書斎机の前に誰かが座っていた。

 射し込む夕日がその姿を照らし――ユティスは瞠目する。

「お前は……」

 室内にいるその人間は、リシャールの兄ではなかった。もっと言うならば、男ですらない。女だ。加えて、ユティスの()()()()()()()()

 栗色の髪が特徴的な、桜の柄の振袖を着た麗しい少女。辛うじて別人と判別できるものの、容姿は地下にいた少女――エミルに瓜二つだった。

 思いがけない出来事に、ユティスの思考が追いつかない。

「……どういうことだ」

「こういうことだよ、お兄さん」

 とん、と後頭部に何かが当たる。この感触は――銃口。

 このとき、事象の点と点が結びつき、ひとつの解答となった。

 ユティスは嘆息した。自分もまだ未熟だと痛感させられる。

「お前が傀儡師だったのか」

 ほとんど確信を持って、後頭部に銃を突きつけている者に訊く。

「そ、俺が――オレこそが〈人間使い(パペットマスター)〉だ」

 本性を剥き出しにしたリシャールが、口元に狂気をたたえた。

 拳銃の撃鉄を起こし、引き金を引く――寸前、ユティスは身を翻す。

 左手で銃を払い落とし、右手で抜いた剣で斬りつける。

 リシャールは避けようともせず、無抵抗で首に一閃を喰らった。頭部と胴を分断されながら、リシャールはにやりとして、目の前から消えた。

 幻影だ。実際に斬るまで、ユティスも見抜けなかった。

「逸るなよ。あんたとはもっと楽しめそうなんだから」

 上機嫌な声が聞こえたのは部屋の中から。リシャールが振袖の少女の肩に手を置いている。あれが本体なのか、幻影なのかはわからない。

 ユティスは転がった拳銃を踏み潰し、部屋に踏み込んだ。

「お前が僕に説明したこと、虚偽だったのか」

「怒ってくれるな。全部じゃなく、虚実入り混じりさ。大きな嘘と言えば、本当はこの街の人間は一人残らず、とっくにオレの支配下にあるってことくらいか。地下室にいた奴らは、あんたを騙すために配置した。要するにゲームの駒だな」

「わからないな。こんな回りくどいことをしてまで、何のために僕を騙した? そもそも、街中の人間を傀儡にして、お前は何を企んでいる?」

「口にしたばかりだろ。二つの答えは同じさ。単なるゲームだよ」

 リシャールは窓を通し、夕焼けに染まる街並みを眺めた。

「ノーンバン家は〈魔除けの壁〉を建造した魔術学者の子孫でね。魔獣がいなくなった今でも、この街では英雄の一族として慕われ続けてきた。ほらよ」

 机の上にあった本を一冊、投げて寄越す。街の歴史を記した本のようだ。栞が挿まれたページをめくると、リシャールが言ったような記述があった。

「〈壁〉の建造で手に入れた富を元手に、ノーンバン家は事業を成功させた。財もあり、人望もある一族。生まれてこの方、オレは不自由とやらを知らない」

「何が言いたい。身の上話がしたいわけじゃないだろう」

「そう、嘆いてるのさ。オレにノーンバンという家柄は合わなかった」

 大げさな身振り手振りで、己の落胆の度合いを示す。

「退屈過ぎたんだ、ここでの生活の何もかもが。だから、オレ自身で変えることにした。オレは魔術の才はからっきしだが、幸い、先祖譲りの頭があった」

 ユティスは怒りを通り越し、一種の呆れを感じた。

 退屈を紛らわすための遊戯に、街ひとつを巻き込むとは。

「そんなことのために、東洋から禁書を持ち込んだのか」

「ははっ、あんたが来た理由はやっぱそれか。気にしてたもんな」

 楽しげに笑う。刹那、窓ガラスを突き破って、人影が飛び込んできた。東洋に伝わる衣装、巫女装束に身を包んだ少女が、リシャールの隣に降り立つ。

「ちょうどいいタイミングで来たな、エミル――いや、零壱プルミエ

 表情も、服装も、纏う雰囲気も、放つ魔性の大きささえも、地下で会ったときとまるで別人のよう。だが、少女は紛れもなくエミルだった。

 比べてみると、エミルと振袖の少女は本当によく似ている。違いという違いは、服装と髪形くらいのもの。何かに怯え、疲れ切った瞳まで同じだ。

「さて、禁書を知ってるってことは、察しはついてるんだろ? 街の奴らを操ってるのは、あくまでオレじゃない。零壱、零弐スゴン、二人の魔術だ」

「東洋呪法の禁術、騙欺魔術の究極系――〈天火明あめのほあかり〉だな」

「博識で何より。その通りだよ」

 リシャールは人差し指を立て、得意げに言った。

「東洋の禁書は親切だったぜ。禁術の習得法だけでなく、術の負荷に耐えられるように人体を改造する術まで、ご丁寧に教えてくれた。おかげで、この二人は人智を超越した力を手に入れ、オレは人外を統べる傀儡師だ。禁書さまさまだな」

「禁書は閲覧だけでも重罪だぞ。わかっているのか?」

「わかっていないと思うか?」

「馬鹿が。救いようのない奴だ」

 会話を打ち切り、ユティスはエミル――否、零壱に水を向けた。

「地下室でのお前の話も作り話か」

「……ごめんなさい」

 零壱は申し訳なさそうに目を背け、ぎゅっと袖を握った。

 悲哀に満ちたその表情は、とても虚偽には見えない。

『どうして……こんなことに……なっちゃったんだろ……っ』

 彼女の言葉を思い出す。あの言葉も、涙も、虚偽だとは思えない。

 人体を改造されていても、自我が残っている。

 ただし、リシャールの命には逆らえないようだ。

 支配の禁術を使う二人の少女。だが、彼女たちこそが真の傀儡であり――となれば、ユティスの標的は変わらない。粛清すべき相手はただ一人。

 ユティスは右腕に魔力を流し、真っ直ぐ前方を見据えた。

「お前を粛清する、リシャール・ノーンバン」

「面白い。やれるもんならやってみろよ」

 ユティスの殺気に気圧されず、リシャールが茶化すように言う。

「けど生憎、オレに魔術の才はないんでね。零壱、お前が行け」

「……わかりました」

 命じられ、零壱が動く。袖から刺刀を取り出し、一気に間合いを詰めてきた。人間離れした動き。豊富な魔力を肉体強化に注ぎ込んでいる。

 しかし、元が普通の少女だけあって、戦い方が素人だ。ユティスは数手先まで零壱の動きを読み、致命傷を与えない程度の一撃を放った。

 その瞬間、零壱の姿が消え、ユティスの攻撃は虚空を斬る。

(戦術の差は幻覚で補う……か)

 魔術耐性に自信のあるユティスでも、見破ることができない。

 てんで別方向から現れた零壱の攻撃を防ぎ、ユティスは舌を巻いた。

 この少女は外見に反して、想像以上の強敵だった。

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