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作者: 宗田スイ

 夏休みのある日、ラジオ体そうから帰るとリビングに蛙が三匹いた。


 おとうさんのイスの上と、台所のまな板の上と、ソファーに一ぴきずつ。

 ぼくの手のひらサイズの、ふつうより大きめの蛙だ。


「おとうさーん、蛙がいるよお」

 家族のすがたが見あたらない。

 まだねているのだと思ったぼくは、おとうさんたちを起こしに、ぼくたちがねているへやのドアを開けた。

「あれ、いないやぁ。どこいっちゃったのかなぁ」

 リビングにもどると、蛙はまだ同じばしょでじっとしていた。

「おとうさーん、蛙ー!蛙だよー!」

 へんじはなし。ぼくは少しふあんになった。

「おとうさーん」

「ゲコ」

 おとうさんのイスの上にいた蛙がないた。

「おとうさん?」

「ゲコ」

 ぼくはまな板の上の蛙を見る。

「……おかあさん?」

「ゲェーコ」

 ぼくはソファーの蛙にかけよって、手の上にのせた。

「おねえちゃん……」

「ゲコッ」

 どうやらみんな、蛙になってしまったようだった。


「どうして蛙になったの?」

 だれに聞いても、ゲコとしかかえってこない。

 みんなをテーブルの上にあつめて、しばらくぼくはじっとみていた。

 キョロキョロうごいたり、ちょっといどうしたり、ゲコゲコとないたりしてたけど、三十分ぐらいしたらみんな、じっとしてうごかなくなった。

 ぼくは最初、おとうさんたちがしずかになったのは、蛙のすがたになれて落ちついたんだとおもったけど、そうじゃないことに気づいた。

 みんな、なんだかぐったりとしていたからだ。

「あっ、そうか、あついんだね!」

 いまは夏休みのちょうどまん中で、朝なのにすっごくあついのだ。

「どうしたらいいかなぁ。蛙って、どうやったら元気になるんだっけ」

 ぼくはそこで、ぼくのへやにいるピョンタたちを思いだす。


 ピョンタはおとなりのいえの蛙だ。

 なぜぼくのへやにいるのかというと、おととい、となりのいえのおにいさんがやってきて、何日かあそびに行くのでその間あずかってくれないかとおねがいされたからだ。

 お母さんは蛙がすきじゃないので、ぼくのへやであずかることにしたのだ。

 ピョンタたちも三匹。

 おとうさんたちよりちょっと小さめだけど、色とかカタチとかはそっくりだ。


「ピョンタたちみたいに、水をいれた水そうの中にいれればいいかな?」

 ぼくはものおきから水そうをだしてきた。

 水そうはたくさんある。むかし、ネッタイギョやキンギョをかっていたし、メダカも、カメもかっていた。みんな死んでしまったけれど。

 たくさんある水そうの中から、ぼくはなるべくピョンタたちの水そうに近いものをさがして、水をいれた。

「うーん、なんかさみしいなあ」

 おとうさんたちを水そうの中にいれて、ぼくはうなる。ピョンタたちの水そうとちがうのは……。

「そうか、石だね!ちょっとまってて、いまとってくるから!」

 水のおかげか、ちょっと元気になったおとうさんたちにそうつげて、ぼくは水そうにいれる石をさがしに、にわへむかった。


「さぁ、これでおっけーだ」

 おとうさんたちのはいった水そうと、ピョンタたちのはいった水そうとをならべた。見分けがつかないくらいにそっくりだ。じょうずに出来たとわれながらカンシンする。

「ばっちりだよ」

 ぼくはまんぞく気にうなずいた。これでおとうさんたちも元気になるにちがいないと思った。



  *



「そういえばおなかすいたなぁ。あ、朝ごはん食べてないや」

 どうりでおなかがさっきからうるさかった。ぼくはおかあさんがいつもやるみたいに、食パンをトースターに入れて、やいて食べることにした。

 おとうさんやピョンタたちにもえさをあげようと思い、ぼくは食パンを片手に水そうのところへ行った。ほんとうはごはん中にたってはいけないのだけれど、いまお母さんは蛙だから、ぼくはおこられないのだ。


 水そうは、げんかんのそばにおいてある。日光がよく当たるからだ。

 ほんとうは、蛙が日光がすきかどうかなんて知らなかったけど、キンギョもカメもそうやってきたので、きっと蛙もそうだろうと思った。

「えさは、ピョンタたちと同じでいいよね」

 となりのいえのお兄さんにもらったコオロギたちを、ちょっと分けてもらうことにした。お兄さんは虫をつかまえるのがたいへんじょうずだ。ぼくにピョンタたちをあずけるとき、たくさんつかまえたコオロギを虫かごに入れてもってきて、こう言った。

『これをえさにしてくれ。ころさないで、そのまま水そうにいれるだけでいいんだ。蛙は、生きている虫じゃないと食べないからね』

 ぼくは生きたままのコオロギを三びき、ピョンタたちのところとおとうさんたちのところに入れた。

「うーん、おいしそうではないね。ぼくは食パンのほうがいいな」

 おとうさんたちのとなりで食パンをかじっていると、げんかんのすりガラスに人のかげが見えた。

 チャイムをおされる前に、ぼくはげんかんのとびらを開けた。あけなくてもその人がだれだか、ぼくにはわかったからだ。


「おはよう、お兄さん」

「うわぁ、びっくりした。おはよう」

 となりのいえのお兄さんがかえってくるのが今日だって、きのうのよるにお母さんがはなしていた。お母さんは、にがてなピョンタたちがいなくなるのをとてもよろこんでいた。

「蛙のめんどうを見てくれてありがとう。……あれ?」

 お兄さんはおとうさんたちを見て、えがおをちょっとけす。

「水そうが、二つあるね」

「うん、かたほうはおとうさんたちだから」

 お兄さんはなんだそれ、とかるくわらった。目はおとうさんたちにむけられている。それから「ちょっとおじゃましまーす」と言ってげんかんにすわった。


「ピョンタたち、いつからかってるの?」

 ぼくはお兄さんに聞いた。

「うーん、一週間ぐらいかな」

「へぇ、そうなんだ。ぼくはきょうからだよ。ねぇ、ピョンタたちって、どのくらいおおきくなるの?」

 これからもおとうさんたちが蛙でありつづけるのなら、ぼくは蛙についてのちしきをふかめるひつようがある。どのくらい大きくなるかとか、いつまで生きれるかとか、びょうきにならないようにはどうしたらいいかとか。

 お兄さんはちょっとわらって、いいにくそうに

「あー、ごめんな。ピョンタたちは今日食べようと思ってるんだ」

 と言った。

「食べられるの?」

「あぁ、これはね。ほら、田んぼによくいる緑のと違って、すごく大きいだろ?」

「たしかに、大きいね」

「とったばかりのしんせんな蛙がいいんだけど、旅行とかぶっちゃって。でも君がおせわしてくれたおかげで、おいしくいただけそうだよ」

 お兄さんが水そうをのぞいて言った。

「ピョンタたちが食べられるのはざんねんだけど、お兄さんたちのだからしょうがないね。ぼくにはおとうさんたちがいるから大丈夫だ。ねぇ、お兄さん」

 お兄さんは立ちあがって、なんだい、と言った。

「今日ピョンタを食べるなら、コオロギ、もういらないよね?このコオロギたち、もらっていい?」

「あぁ、君の蛙にやるんだね。いいよ。君にあげよう。それにこんど、コオロギのつかまえかたもおしえてあげるよ」

「ほんとう?ありがとうお兄さん!」

 お兄さんは水そうを持って、少し重そうにしながら、いえにかえっていった。


「おとうさん、おかあさん、おねえちゃん。ぼくがちゃんと世話してあげるから心配いらないよ」

 ぼくは三びきの蛙にほほえんだ。



  *



「見ろよ、この蛙たち。隣の家の子供が捕まえてきたらしいけど、超でかくね?」

「うぉわ、まじだ、でっけえ」

「おいピョンタより一回りぐらいでかいぞ」

「だろ?子供にピョンタ預けてたんだけど、こっちのほうがご立派だから、水槽ごとすり替えてきた」

「おい、それ大丈夫かよ」

「だーいじょうぶだって。気付いてなかったし、親もいなかったからよ」

「うわー、すっげえ脂のってんじゃん」

「どっから取ってきたんだろうなぁ、その子供は」

「さぁ、知らねえけど、まぁいいじゃん、さっさと調理して食おうぜ」


 まな板の上にのせられた蛙に包丁がおろされる。


「げこっ」


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