七話
月のウサギと機械時掛けの神31
月のウサギと機会時掛けの神
「リストバンド。今度は壊さないようにね」
「はい」
修学旅行前日。
ようやく直ったリストバンドを着けて、僕は学校から帰った。
「明日から、棺ちゃんを説得するのか。嫌な役回りだな」
某施設。
「上条式が逢魔集に接触しただと」
「やつは自身に一兆の能力を付加させている。あの世界では最強だ」
「しかし、この世界なら」
「急いで上条式の居場所を突き止めるんだ!」
「……逢魔博士。悪いけど先にヘヴンズゲート、開けさせてもらいますよ」
「しかし、集はまだ完全に覚醒していない。それに、集はヘヴンズゲートの要だぞ! 失敗したらどうする!」
「あなたの息子です。きっと成功しますよ」
「だが……」
「ではまたいつか、どこかの空の下で……」
放課後。
ジュースを買う。
「やっぱドクペだよな〜」
明日から修学旅行が始まる。
「棺ちゃんを説得してこい、か……」
無理だよな。
「だって棺ちゃんは……」
足元がふらつく。
「あれ……?」
視界が暗転する。
「どう……して……」
「ヘヴン……ゲートは……かれた……」
「……ん……」
頭がぼんやりする。
ろれつが回らない。
意識を失ったのか?
僕は一体。
「……ん」
見上げるとそこは病院の病室に似ていた。
「これは?」
僕は点滴をうたれて病室に寝ていた。
「頭のヘルメットみたいなやつは
なんだ?」
とりあえず外す。
「髪が腰まで伸びてる。なんで?」
「……お目覚めかな?」
「あなたは?」
僕の横に一人の男性が立っている。
いや、見たことのある顔だ。
「日比谷……刻……」
「いや、残念ながら刻の父。日比谷当麻だ」
「当麻さん……」
「その様子だとヘヴンズゲートを通った時に僕の記憶も失ったみたいだね」
「あの、ヘヴンズゲートって、
痛ッ!?」
頭に激痛が走る。
「今はまだ、安静にしていなさい。君が最初の帰還者なのだから」
「僕が、最初の、なんですか?」
「君が最初の帰還者だと言ったんだ。ゲーム『月のウサギと機械時掛けの神』のね」
「話が、よくわからないんですが?」
「その前に、髪、どうする?」
「髪?」
「そのままだと、確実に女子に間違われるよ」
月のウサギと機械時掛けの神32
女装
女装に興味があったわけではない。
だけど、
「ポニーテールか、似合ってるよ。どこかの国のお姫様みたいだ」
「そんなこと言わないで下さい」
「ははは。ごめんごめん」
当麻さんはまた笑った。
「そんなに女の子っぽいですか?」
「上目遣いはやめてくれ。僕が変な趣味に目覚めてしまう」
「あの、聞きたいことが山積みなんですけど……」
「なんでも聞いてくれ。僕に分かる範囲で答えるから」
「ここはどこですか?」
「東京中央病院だ」
「どうして僕はここに?」
「ついて来てくれ」
当麻さんに連れられて来たのは病室だった。
「あの、病室の名前の所に日比谷刻って書いてあるんですが?」
「来たまえ」
「はい」
当麻さんに連れられ、病室に入る。
そこには刻が僕と同じヘルメットを被って寝ていた。
「あの……これは一体……?」
「PS7対応ゲームソフト『月のウサギと機会時掛けの神』……」
「なんです?」
「ゲームソフトさ。悪魔のね」
「悪魔?」
「ああ。このゲームは2012年12月21日に全世界で発売された」
「それで?」
「全人口の一割、七億人がそれをプレイした。いや、プレイし続けている」
「あの、意味が分からないんですが?」
「ああ。君はまだ起きてから数時間だったな。すまない」
「いえ……」
「そうだ、お父さんに会わせてあげよう」
「あの、父さんは今行方不明で……」
「それはゲームの記憶だ。現実のお父さん、逢魔博士はたった一人で月のウサギと機会時掛けの神の対策室を作ったんだ」
地下駐車場。
「さぁ、乗りなさい」
当麻さんに言われ、車に乗り込む。
「……はい」
ゲームの記憶?
父さんは生きている?
「着いたよ」
そこは、何の変哲もないビルだった。
「あの、ここ、ですか?」
「ああ、正確にはこのビルの地下だがね。上はダミーさ」
当麻さんに連れられ、エレベーターに乗る。
「本来なら上にしか行けない」
当麻さんがカードを取り出し、エレベーターに付いているカードリーダーに入れる。
「これで地下に行ける」
エレベーターが下に向かって動き出す。
止まる。
「ようこそ。バベルへ」
月のウサギと機械時掛けの神33
バベル
「集〜、しばらく見ない間にすっかり女の子らしくなっちゃって、父さんこんな時どんな顔したらいいか分からない〜」
「確かに父さんですね」
手を胸を揉む動きをしている父を蹴り飛ばし、言った。
「集くん酷い〜、せっかく一年ぶりに会えたんだから〜」
「はっ? お前は母さんを捨てて世界放浪の旅に……」
「それはゲームの記憶だ」
父が雰囲気を険しくさせる。
「僕に本当のこと、教えてくれるよね」
「ああ、まずは今がいつがだが、
2013年12月20日だ。明日で丁度、あの事件から一年になる」
「あの事件って?」
「ああ、忘れもしない2012年12月21日、お前はゲームソフトを買ってきた」
「ゲームソフト?」
「月のウサギと機会時掛けの神……、悲劇を巻き起こしたゲームだ」
「で、そのゲームがどうしたの?」
「ゲームにはヘッドギアというヘルメット状のコントローラが付いていた」
「あのヘルメットのこと?」
「ああ、そうだ。そしてゲームを始めた者が意識を失う事件が発生した」
「植物状態になったってこと?」
「そうだ。このバベルには植物状態になった子供たちの親が数多く働いている。子供たちを救うためにな」
上条さんも口を挟む。
「我々はゲームソフトから子供たちを救うための計画。ヘヴンズゲートを立案しました」
「私たちはまずゲームをプレイした者と連絡が取れないか試してみた」
「そして、神崎暁、日比谷刻とコンタクトをとることに成功した」
「と、言っても彼らのゲーム中の記憶を上書きしただけだがな」
「神崎暁には私が中東で助けたことにして、集、お前を助けさせた」
「刻には本当の記憶と能力無効化の特性を付加させた」
「そして、集。お前をゲームから強制ログアウトさせた」
だんだんと記憶が戻ってくる。
「そうだ、僕はあの日、ゲームを買って、プレイした」
「そしてお前にはジェノサイド……影の実体化と他の能力の倍加特性を付加させた」
「そして僕は舞浜に向かった。ゲームの中の架空都市に」
「そうだ。皆、そこから始まる。舞浜への転校生として、あるいは、世界中の架空都市の住民として」
「でもどうして僕だけが強制ログアウト出来たの?」
「ああ、それはな」
「安藤先生!?」
安藤先生がタバコを吸っていた。
いや、安藤先生はいつもタバコを吸っているけど。
「安藤京子だ。安藤夏子の双子の姉だ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「それで、話を戻すぞ。お前が強制ログアウト出来たのはシステムに介入できる能力をお前が持っていたからだ」
「システムに介入できる能力?」
「名前は、アリスという」
月のウサギと機械時掛けの神34
アリス
僕は当麻さんに案内してもらったホテルでシャワーを浴びていた。
「こうして鏡を見ると、本当に僕は女の子みたいだ」
線が細い、だけじゃない。
身体も丸っこくて、腰のくびれもある。
「棺ちゃんや暁、周は今頃どうしているかな……」
ふとつぶやく。
まだ記憶が混乱していてあちこち不整合が取れない。
「けど……僕はみんなを助け出す」
「システムに介入できる能力、アリス」
ふと、鏡を見る。
「やっぱり、僕の瞳は茶色だ」
ゲームの中だけの力なのだから当たり前だけど、やっぱりこっちが現実だなって思う。
「逢魔くん。お父さんが呼んでるよ」
「はい。今すぐ行きます」
シャワーを止めた。
バベル。
安藤京子さんの話を聞く。
「アリスとは本来ゲームマスターがゲームバランスを保つための能力です」
「はぁ……」
「それが何故かあなたに付加されていた。何か思い当たる節はありませんか?」
「思い当たる節って言われても……」
いきなりアラームがなり始めた。
『警告。侵入者が上部ビルに侵入。繰り返す。侵入者が上部ビルに侵入』
「バベルのシェルターシステム起動!」
『バベル。シェルター形態に移動。移動中。完了しました』
「これで一安心だ」
「バベルのシェルター形態って?」
「ああ、集はまだ知らないのか。バベルは二千人を一ヶ月間匿えるだけの設備を有している」
「一ヶ月、篭城すれば日本政府か警察がなんとかしてくれるでしょう」
『第一階層の破壊を確認』
「なんだと!? 核攻撃にも耐えうるシェルターだぞ!」
『我々は米国特殊部隊。逢魔集の身柄の確保をしに来た。危害は一切加えない』
「ちっ、日本の弱腰政府め。私たちを売りやがった」
「僕が行きます」
「集、なんのために君を助けたと思っている! 今君が出て行ってなにが出来る!」
「でも、ここにいてもみんなの迷惑になるだけだから……」
「集、約束しろ! 父さんとまた会うと!」
「うん」
バベル上階。
「……逢魔集です」
「確保しろ」
注射を打たれる。
遠くなる意識の中、僕は何を思ったのだろう。
『集。このままでいいのかよ!』
「だ……れ……」
『日比谷棺はお前が負けることを許さない』
「棺……ちゃん……」
『逢魔集。お前は解放するんじゃないのかよ。ゲームに囚われた七億人を』
「そうだ……助けなきゃ……」
『一人が無理なら俺も手伝う』
「助け、なきゃ」
「ん。こいつまだ意識が……」
「うおぉぉぉお!!」
光の柱が現れる。
中心にいるのは、僕だ。
『集、俺を、使え』
「ああ、使わせてもらう」
光の中、手をかざす。
引き出したのは、
「……大剣、だと?!」
「……」
そして、反撃が始まった。
月のウサギと機械時掛けの神35
エメラルド色の瞳。
気がついたら死体の山だった。
気がついたら大剣を握っていた。
気がついたら僕以外全てが死んでいた。
「……ッ!?」
夢……?
「夢……か?」
「残念ながら現実だ」
僕は病室のようなところで寝ていた。
右隣りには父さん。
左隣りにはタバコを吸っている安藤京子さん。
「あの? 僕は一体……?」
「集、瞳の色が……」
父さんが鏡を出してくる。
それを見ると僕の瞳が鮮やかなエメラルド色に染まっているのが分かった。
「これは一体……?」
「恐らくだけど、ゲームの中でも同じことがなかった?」
「ええ、風紀委員を壊滅させた時にも同じことが……」
「あ〜、あの原因不明の集団死か〜」
「?」
「ゲームのプレイヤーから原因不明の死者が出てね」
父さんも口を挟む。
「ゲームの死が現実の死になるゲームか……」
「あの、ここは?」
「バベルの地下医療施設だ。米国の兵士はもう無理だったが、なんとかお前は生きていてよかったよ」
「あの、なんでゲームの中の力を僕が?」
「さぁ? まあ謎が多いゲームだからね。何が起きても不思議じゃない」
「とりあえず、だ」
父さんがバンと机を叩く。
「……はい?」
「集、お前は大事な息子だ。勝手にいなくなるんじゃない」
「はい」
「分かればいい。集、お前にはもう一度ゲームをプレイしてもらう」
「逢魔博士!」
「月のウサギと機械時掛けの神のゲームをクリアするんだ。そうすればプレイヤーは解放される」
「ゲームのクリア条件は?」
「月のウサギを探しだし、一緒に魔王を倒すんだ」
「分かった。で、月のウサギって?」
「この子だ」
父さんが差し出した写真には棺ちゃんが写っていた。
「なんの冗談?」
「いや、本気だ。月のウサギは
日比谷棺だ」
「だって棺は刻の妹で」
「いつの刻くんが言ったんだ?」
「えーっと確か入学式の時」
「その一日後に我々は刻くんに本来の記憶を付加した」
「じゃあ、僕の記憶にある。幼稚園の頃の棺ちゃんは?」
「それもゲームの記憶だ」
「そんな、そんなのってないよ」
「事実だ」
「逢魔博士、ゲームの準備を」
「ああ、分かった。集、
みんなを救えるのはお前だけだ」
「……」