六話
月のウサギと機械時掛けの神26
四月二十五日9
「はっ?! ここは?」
生徒会室だった。
ただ、犬塚会長と周は床に倒れている。
恐らく犬塚会長も能力発動時にはああして無力になるのだろう。
「……馬鹿な。犬塚一果の能力で幻覚を見ているはずのお前がなぜ動ける!? なにをした?」
「お前がKの能力者か……」
「なぜ、なぜだ!?」
「ウェポン」
右手に魔剣レーヴァテインが現れる。
「くっ!? 行け!」
Kの能力者の横にいた警備部の生徒たちが攻撃をしかけてくる。
「影」
実体化した影が壁を作り、警備部の攻撃を弾き返す。
「殺れ! ブチ殺せ!」
「K……お前の負けだ」
Kの能力者は途端にフッと不敵な笑みを浮かべた。
そして、懐からトランシーバーのようなものを取り出した。
「これが何か分かるか?」
「さあ?」
「この生徒会長が持っていた結界のスイッチだ。今からこれをオフにする。そして、能力者同士で殺しあわせる」
「ッ!?」
「それがいやなら大人しく殺されろ」
「くっ?!」
『大丈夫だぜ』
「し……き……」
『さあ、魔剣と君の能力、ジェノサイドを合わせろ』
「我が名において命ずる。深淵の魔剣レーヴァテインよ、殺戮の使徒ジェノサイドよ……」
「ブチ殺せ!」
「出でよ、カラドリウス」
光が辺り一面を包んだ。
「あ、がぁああ!」
カラドリウスが現れたのは一瞬だけだったが、やつにはそれで充分だった。
「光の魔剣カラドリウス。光に触れたものを骨の髄まで焼き尽くす。精神へのフィードバックシステムが無ければ今頃キミ、死んでたよ」
「くっ、こうなったら結界を解除して同士討ちを……」
「させねーよ」
「刻?!」
Kの能力者からスイッチを奪ったのは、刻だった。
「刻、どうしてキミが? 確かやつの洗脳の効果範囲は舞浜全体だったはず……」
「細かいことは気にするな、ほい、スイッチ」
刻は僕にスイッチを放り投げてくる。
「刻……あれ、居ない?」
「ううん……」
周が目を覚ましかけている。
「そうか、やつの洗脳が解けたから犬塚会長の能力も切れたのか」
「……集。Kは…………」
「大丈夫。ちゃんと倒したよ」
「そう……」
プルルル。
携帯が鳴る。
『集、倒したんですわね?』
「うん。倒した」
『そう、なら良かったですわ。あ、月島のヘリが来ました』
「逢魔……くん……」
犬塚会長が目を覚ました。
「すまなかった」
月のウサギと機械時掛けの神27
四月二十五日10
「「「かんぱーい」」」
生徒会室で犬塚会長、月島さん、周、暁、そして僕でジュースを入れたコップをぶつけた。
「今日は僕が奢るよ。なんでも好きなものを頼みなさい」
「会長太っ腹ぁ!」
「周、それジュースだよね? 酔ってないよね?!」
「私はケーキを頼みますわ」
「じゃあ私はラーメンの出前でも頼むかな」
「暁も月島さんも、少しは自重して下さい!」
「ははは! 逢魔くんも好きなものを頼みなさい。たまにはハメを外すことも大事だよ」
「じゃあ、頼みますよ! いいんですね!」
「ああ、レシートを忘れずにね」
「じゃあ竜宮亭のパフェとチョコフォンデュと竜宮セットを」
「はいはい、私はピザ。チーズとトマトのフレッシュピザを」
「電話は一つしかありませんわよ」
一時間後。
「ふー、お腹いっぱい」
「流石に最後の竜宮セットはすごかったわね。和洋中のセットだなんて、軽く三人前はあったわよ」
「ピザを三回も頼んだ周には言われたくないよ」
「どっちもどっちですわよ」
「ああ、そうだな」
「すごい食べっぷりだったよね。僕も嬉しいよ」
「犬塚会長。本当に良かったんですか?」
「人工衛星へのハッキングも人類史上最大の被害も防いだんだ。本来ならもっとお礼がしたかったんだけどね」
「あの、それで、リアライズシステムのことについてなんですが……」
焦げ付いたリストバンドを犬塚会長に渡す。
「どう過酷な使い方をしたらこうなるのかな?」
「あははは……」
なぜか、犬塚会長にカラドリウスのことを言ってはいけない気がした。
「犬塚会長……修理できますか」
「大丈夫。だと思うよ」
「そう、ですか」
「うん。あと、逢魔くんが昼刺した男性だけどね。セカンドサイトの能力者だったよ」
「あの、フェリーで僕が刺したっていう人ですか?」
「ああ。そうだよ」
「集、ジュース買ってきて〜」
「はいはい」
周からお金をもらい、ジュースを買いに行く。
僕が居なくなってから。
「周は集のことが好きなのか?」
「つ、月島!? あんたなにをいうのよ!?」
「いや。聞いただけだ」
「あいつは風紀委員長でただのルームメイトよ!」
月のウサギと機械時掛けの神28
四月二十六日
「痛てて、まだ昨日の筋肉痛が残っているな」
「あんたもやしっ子? あの程度の運動で筋肉痛って……」
「周の基準が高すぎるんだよ」
その日は、前日とは打って変わった寒い日だった。
「昨日はあんなに暑かったのに、いきなり冷え込むなんてね」
「まあ、春だし」
「そうなんだ」
周にとって、春はそういう季節らしい。
「ふぁああ、まだ眠いですわ」
「だよね。暁」
「ほら、二人とも、早くしないと学校に遅刻するよ!」
「周、元気だな〜」
「ですわね」
学校。
「よお、集。昨日は散々だったな」
「刻。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「洗脳の効果範囲は舞浜一帯を覆っていたはず。なのになんで刻は洗脳されていなかったんだ?」
「ストレートに聞くんだな」
「言い辛いことは昔からストレートに聞くことに決めているんだ」
「実は俺の右手には幻想殺○という能力を無効化させる力が宿っていてだなぁ」
「へ〜、そうなんだ」
「嘘だけどな」
「影」
影が実体化し、刃物に似た鋭利な切っ先が刻の喉元に突きつけられる。
「おいおい実力行使か、風紀委員長さんよ」
「ジョークだよ」
「あーあ、なんか白けちまったな」
「だね。この話はまた今度にしようか」
「だな」
教室に入ると、ざわざわとクラス中が話していた。
「転校生が来るらしいよ」
「なんでも美少女らしいよ」
「熊を素手で倒したらしい」
「はいはい、噂話はいい加減にする」
担任の安藤先生が入ってくる。
「はい、私語は慎む」
シーン。
「じゃあ、ウワサになっている転校生を紹介するわね。入ってきなさい」
教室のドアが開く。
「おぉぉぉ」
クラス中がどよめく。
艶やかな黒髪と腰の辺りで結ばれた赤のリボン。
見る人を魅力する美貌と完璧すぎるスタイル。
「上条……式……」
そう、死んだはずの上条式だった。
「やあ、初めまして。僕の名前は上条式、逢魔集の彼女だぜ」
「「「はぁあああ?!」」」
月のウサギと機械時掛けの神29
彼女
「なあ、集。俺たちがなんでこんなことしてるか、分かるよな」
式の彼女宣言から三十分後。
僕はコンクリ詰めで海に沈められかけていた。
「話せば分かる!」
「お前と話すことは何もない。風紀委員でハーレム作ったと思いきや、あんな美少女の彼女まで作ってさぁ。俺たちの怒り、分かるよな?」
「風紀委員でハーレム? なんのこと?」
刻は僕に一枚の新聞を見せてきた。
「ドキッ! 男二人と女子三人での秘密の飲み会」
「昨日の夜、生徒会長と一緒に女子三人と仲良くしてたじゃねぇか!」
どうやら書いたのは新聞部らしい。
僕は土木部の流すコンクリートをボーッと眺めていた。
「……今度こそ、ダメかもしれない」
「待って!」
女の子の声がした。
「ここから先は男だけのエデンだ。女は帰りな」
「いや! だって、わたし逢魔くんの彼女だもの!」
式の声だった。
「……式。絶対面白がってやっているな」
「彼女だろうと、なんだろうと、ここから先は通さん!」
「そうかい。じゃあ、実力で押し通るよ」
「やってみろ!」
三分後。
死屍累々と化した男子生徒たちに向かって僕は無言で合掌する。
「大丈夫かい? コンクリ詰め一歩手前って何をしたんだい?」
「式のせいだよ。いきなり彼女なんて言うから」
「事実だぜ」
「いつから?」
「僕が集の彼女になると決めた日からだぜ」
「あっ、そう」
「にしても、授業はどうしよう。やっぱり欠席扱いかな?」
「僕のスキルなら時間を遡ることも可能だぜ」
「そう言えば言ってたよね。能力が一兆あるって」
「ああ、人外とだってやりあえるんだぜ」
「やっぱり、いいや。普通に授業を受けよう」
授業中。
「ん?」
後ろの生徒が小声でしゃべりかけてきた。
「(上条さんから)」
「紙?」
細かく折りたたまれた紙片を広げる。
「I LOVE YOU……」
間の悪いことに先生に見つかってしまう。
「何を読んでいる!」
「アイラブユー」
「えっ!? まて、私は教師だぞ?! 生徒とそのような関係になるのは、いや、逢魔がいいなら個人としてちゃんとしたお付き合いをだな……」
「先生、紙に書いてあったことを読んだだけなんですけど……」
「それを先に言えぇぇぇ!」
放課後。
「あれ、集は帰らないのかい」
「ああ、犬塚会長に呼ばれてるから」
月のウサギと機械時掛けの神30
日比谷旅館
生徒会室。
「犬塚会長。何の用ですか?」
僕が生徒会室に入ると、犬塚会長はまた機械を弄っていた。
「ああ、リストバンドならあと少しで直るから」
「はい。で、用はなんですか?」
「君たち一年生は来週、修学旅行だよね」
「はい。京都で二泊三日です」
「そのことなんだが……」
教室。
「はぁー」
一人でため息をつく。
「どうした、集?」
「刻があれ、決めたの?」
「あれ?」
刻に犬塚会長から渡された修学旅行のしおりを見せる。
「ん〜、どこもおかしいところはないぜ? 普通に京都を回って美味しいもの食べて風呂入って寝る。普通の日程じゃないか」
「宿の名前、日比谷旅館っていうらしいね」
「……」
「珍しい苗字だから犬塚会長が調べたら。親戚の経営してる店らしいね」
「……だからなんだよ?」
刻は僕から目をそらして言った。
「刻がまたよからぬことをしないようにって犬塚会長からの伝言だよ。一体何をしたら犬塚会長にあんな表情をさせるの?」
「いや〜、俺はただ女体の神秘を探るためサンクチュアリを……」
「つまり?」
「前の修学旅行で女子の風呂場を覗きました。すいません」
「後悔は?」
「無論! してない」
「だろうと思った」
後ろから声がした。
振り返ると、
「犬塚会長?」
「刻くん、修学旅行を生徒会権限で君だけハワイにしたから。はいこれ、パスポート」
犬塚会長、笑顔のわりにやることがエグい。
「逢魔くん」
「はい、なんですか犬塚会長」
「日比谷棺くんは今、日比谷旅館に住み込んでいる」
「ッ!?」
「本来なら任意で学園へ招待するところだが、彼女にはヘリジャックの経歴がある」
「……そう、ですね」
「生徒会から風紀委員に依頼だ。日比谷棺を修学旅行中に説得して下さい」
「説得、出来なかったら?」
「自警団により強制的に連行します」
「……分かりました。まさか、刻をハワイに行かせたのも」
「余計な邪魔は、入らない方がいいだろう」
「……はい」