五話
月のウサギと機械時掛けの神21
四月二十五日4
「逢魔集、お前はおかしいと思ったことはないか?」
月島さんはそう語りかけてきた。
「おかしい?」
「ああ、まず最初。全てのダメージが精神にフィードバックされる結界の中で風紀委員を傷つけたこと」
「二つ目、風紀委員を壊滅させたにも関わらず逢魔集に何の処分も下さなかったこと」
「三つ目、風紀委員選抜選挙で結界の内部で天川周を傷つけたこと」
「四つ目、テロリストの神崎暁が何の処分も受けなかったこと」
「五つ目、男子寮で結界内での放火」
「なんでも知っているんだね」
「知っていることだけさ」
「でも、改めてそう言われると不思議だね」
「不思議ですむのがまた異常なんだよな」
「そういえば日比谷棺ちゃんもそう言っていたような」
異常。
この学園は異常だと。
「そういえば結局、棺ちゃんはどうしたんだろ?」
「ん〜、呼んだ」
「棺ちゃん?! これ風紀委員のヘリだよ!?」
「だからだろ。ヘリなら学園から出られるよな」
「まさか……」
「うん。そう。ヘリジャック」
『風紀委員。何をしている!』
「いやー、なんていうか」
『どうした』
「ヘリジャックされました」
生徒会室。
「風紀委員のヘリが日比谷棺にヘリジャックされました」
「なぜだ! 風紀委員のあのメンツなら棺とはいえジャックは無理なはずだ」
「なら、風紀委員もグルということですか」
「多分」
「はぁ……自警団を向かわせて下さい」
「犬塚会長……」
「もしかしたら最悪のケースを想定しなければならないかもしれませんね」
安藤先生が口を挟む。
「襲撃者がKの可能性か?」
「はい」
風紀委員ヘリ。
「じゃあ僕らはヘリジャックされたことにしたから」
「全く、世話をかけ過ぎよ。日比谷妹」
「会長は気付いていますわよ」
「ああ、確実にね」
「でも、棺ちゃんの願いを優先してくれている。みんな、ありがとう」
「まあ、しょうがありませんわ」
「集なら仕方ないよね」
「風紀委員長の判断に従います」
「じゃあ、ヘリジャックされたまま行こうか」
「本土へ」
月のウサギと機械時掛けの神22
四月二十五日5
舞浜バス停。
「抵抗は止めて大人しく投降しなさい」
「……行け」
三人組。その横の二人が同時に動いた。
警備部は素早く二人を取り押さえた。
「くそッ、こんなところで」
「政府の犬が」
「勝手に言ってろ」
警備部の穂積はそう言った。
「さぁ、残りは一人だ」
日本本土。
「じゃあ、棺ちゃんとはこれでお別れだね」
「迷惑をかけたな。バカ兄貴も、俺も」
「じゃあ、また」
「ああ、いつかどこかの空の下で」
風紀委員ヘリ内。
「本当に良かったんですの?」
「これは棺ちゃんが決めた道だから。僕がどうこうする権利はないよ」
「全く、割りが合わないわ」
「周も協力してくれてありがとう」
「……」
「月島さんも、協力してくれてありがとう」
「まあ、風紀委員長じきじきの頼みだからな。断るわけないさ」
「じゃあ戻ろうか。僕らの戦場へ」
僕らが舞浜に帰ってきた時、全ての勝敗は決していた。
「なんなんですの」
暁がつぶやく。
「ああ。一体なんなんだ」
街がたった一人に制圧されていた。
いや、違うか。
たった一人に洗脳されていた。
「これは、能力名『K』だな」
「月島さん。分かるのか?」
「私の能力は発動している能力を感知する能力だからね」
「で、Kって何の能力なんだ」
「集団催眠。それがKの能力だ。効果範囲はちょうど舞浜が収まるくらいだ」
「ってことは……」
「一旦ヘリに戻るぞ。こうなったら本土の奴らの力を借りるしかない」
「みんな、急いで」
僕らは再び本土へ向かった。
「ようこそ。舞浜学園の皆さん」
本土に連絡をして、やって来たのはバリバリのキャリアウーマンといった感じの女性だった。
「風紀委員長、逢魔集です」
「舞浜サポートチームの日番谷です。それで舞浜の様子は?」
「完全に支配されています」
「Kって言えば分かるだろ」
日番谷さんは驚いた。
「K?! まさか!? Kの使い手は三年前に死んだはずでは?」
「生きていたか別人か、ってことかな」
「分かりました。とりあえず皆さんは休んでいて下さい」
月のウサギと機械時掛けの神23
四月二十五日6
「状況を整理しましょう」
日番谷さんは舞浜の地図を取り出して言った。
「舞浜への道は三つ、新幹線、バス、フェリーです。我々はこの三つを現在封鎖しています」
周は地図を見て言った。
「だけど、あいつの能力効果範囲は舞浜をちょうど覆うくらいなんでしょう。自分から出てくるわけないし、能力効果範囲から出たら洗脳が解けちゃうから舞浜から誰も出さないと思うけど?」
「確かに。ですが万が一のことも考えてバスの通路には検問を設置しました」
「あの〜」
僕はゆっくりと手を上げた。
「何ですか逢魔くん?」
「何で本土でKを使わなかったんですか?」
「ああ、それは……」
暁が日番谷さんを制してしゃべり始めた。
「私たち能力者にはその能力に応じたデメリットがあります。例えばあなたのように能力発動後、容姿が変わったり、発動に対価が必要だったり、発動に条件があったりするんですの」
「じゃあKも?」
「ええ。Kは能力者の半径三メートル以内に居ないと発動出来ませんの」
「話を戻します。今さっき入った情報ですが、舞浜から宇宙に向けてデータが発信されています」
「?」
一同がわけが分からないという顔をする。
「各国の軍事衛星が舞浜の能力者によってハッキングされているのです」
「ハッキング?」
「ええ。ハッキング完了時刻は今日の午後9時。もしハッキングが成功すれば……」
「どうなるんですか?」
「軍事衛星の中にはアメリカの神の杖やロシアの核ミサイルも含まれています。恐らく、地球上の25%は死滅するでしょう」
「分かりました。風紀委員として、止めに行きます」
「では我々は陽動と援護を。結界が侵入者扱いする可能性もあります。気をつけて」
「はい」
風紀委員ヘリ内。
「全く。集は安請け合いしすぎ」
「それには同意ですわ」
「全くだね」
「でも、手伝ってくれるんだよね」
「もちろん」
「ふっ……」
「当たり前ですわ」
ヘリは向かう。
舞浜へと。
『侵入者に対して警告します。これ以上の舞浜への侵入は敵対行動とみなし、排除します』
「さっきは警告なかったのに。やはり気付かれたかな?」
「集。……複数の能力発動を感知。火炎系能力。遠距離系能力」
月島さんがそう言った。
「来るよ」
ヘリに衝撃がきた。
「くっ!?」
『警告。あなた方は舞浜へ侵入しています。即刻退去して……』
「うるさい!」
周が通信を切る。
「舞浜に着いたらロープで降下。舞浜の中心、舞浜学園にダッシュしてKをブチ殺す。以上」
「周。ブチ殺すは言い過ぎだよ」
「集、舞浜に着いたぞ」
月島さんがそう言った。
「さぁ、行け。風紀委員」
月のウサギと機械時掛けの神24
四月二十五日7
「私がダミーの煙幕を張りながら降下するから、みんなも早く降下を」
火炎系能力者や遠距離系能力者の攻撃を受けながら、ヘリはフェリー乗り場の上空へ着いた。
「周、暁! 行くよ」
「OKですわ」
「はいはい」
ロープで周、暁と降下する。
月島さんの能力は戦闘向きではないのでヘリで待機だ。
「よっと」
無事にヘリが本土へ向かったのを確認しながら、僕らは舞浜学園に急いだ。
「ここから先には行かせねーぜ!」
立ちはだかったのは、自警団だった。
「ここは、任せなさい。あなたたちは早く先に行きなさい」
暁がナイフを手に自警団に特攻をかける。
自警団の包囲が一部崩れた瞬間を狙って僕と周は走り出した。
「私は……」
舞浜学園。
「ここは通さん!」
「ッ!? 理不尽な暴力」
警備部の部員たちが空に舞う。
「ぐぁあああ!」
圧倒的だ。
圧倒的だった。
「こんなのに僕は勝ったのか……?」
「さぁ、行くわよ!」
「……ああ。そうだね」
警備部は周が先行して弾き飛ばしてくれている。
僕は要らなかったんじゃないかと思えるほどだった。
『生徒会室。Kはそこにいる』
「ありがとう。月島さん」
インカムから聞こえる月島さんの指示にエスコートされ、僕らは生徒会室へ向かった。
生徒会室。
「入るわよ」
「OK」
二人でドアを開け、生徒会室に入る。
「やあ、来たね」
「犬塚会長……!?」
「さぁ、侵入者にはお仕置きだ」
視界が眩む。
「くっ!? これは」
「会長の能力……!?」
そして、僕の意識は闇に落ちた。
子どもがいた。
その父親らしき人物もいた。
「いいかい集、チカラを持つものはそのチカラを正しいことに使わねばならないんだ」
「正しいこと?」
「そう、人助け。集ならヒーローかな?」
「ヒーロー、なれるかな?」
「さあ、それは集次第だな」
「お父さん、僕……」
「?」
そう、僕は何を言ったのだろう?
「僕は……」
何を言ったんだ!?
「僕は、棺を救うヒーローになる」
「!?」
今、僕はなんて言った!?
棺を救うヒーローになる?!
なんで、ここで棺ちゃんの名前が出てくるんだ。
「そうか、集。なら、父さんが言うことはもうないな」
「……」
「行きなさい。集」
父さんはこっちを見て言った。
「君も、行かなければならないところがあるんだろ」
「えっ!?」
父さんは優しげな微笑みを浮かべた。
「ジェノサイドのリミッターを外してあげよう。僕にはそれくらいしか出来ないからね」
「あの、父さん……」
「集。僕にはまた会えるよ」
「……」
「棺ちゃんを守ってあげなさい」
月のウサギと機械時掛けの神25
四月二十五日8
昔の話だ。
僕には年上の女の子の友達がいた。
名前は上条式。
式は僕にいろんなことを教えてくれた。
「人生ってのは、案外つまらないものなんだぜ」
「へ〜」
「大抵主人公のいいように出来てる。困ったら仲間が助けに来てくれるし、悪者は必ず倒される」
「そうなんだ」
「ああ、僕は能力が一兆あるからね。そのくらい知るのは簡単なんだぜ」
「一個くらい分けてくれてもいいのに……」
「能力ってのは人を狂わせるんだよ。簡単に扱えるものじゃあないんだぜ」
式は僕が小学校を卒業した日、死んだ。
式は一人暮らしで親戚も居なかったらしく、無縁仏として共同墓地に埋められた。
最近では珍しく土葬だった。
「式……」
さらに年を遡る。
あれは、幼稚園の頃。
「棺、俺は決めた」
「ん、何をですか?」
「俺はお前を救うヒーローになってやる」
「私を救うヒーロー?」
「そうだ。男の子なら女の子の一人や二人、救えなくてどうする」
「どうするの?」
「ん〜、とりあえずお前は俺が絶対幸せにしてやる」
「幸せ、あわわわ!?」
「棺、じゃあとりあえず。お前をイジメてるやつらを懲らしめてくる」
「大丈夫?」
「ああ、なんたって俺はお前のヒーローなんだからな」
「……どうして。どうして僕は忘れていたんだろう」
「それは僕が記憶を封印したからだぜ」
何もない空間は一変して小学校の教室に変わった。
「やあ、逢魔集」
「久しぶり、式」
式は死んだあの日の格好のままだった。
どこかの高校の制服。
どこか世間を皮肉したような笑顔。
「僕はさ、実はあの日、能力者に襲われたんだ」
「!」
いきなり告げられた事実に声が出ない。
「もちろんやり返すことは簡単だったんだぜ。だけど……」
「だけど?」
「わざとやられて、死んだ」
「なぜ?!」
「君が主人公になる運命だったからさ」
「僕が、主人公?」
「ああ、舞浜学園に君が来た日、逢魔集の話は始まったんだ」
「じゃあ僕から棺ちゃんの記憶を消したのは?」
「君が主人公になるために必要だったんだぜ」
「僕が主人公?」
「ああ、さあ、反撃の時間だぜ」