三話
月のウサギと機械時掛けの神11
生徒会室
翌日。
「今日から勉強頑張るぞっと」
ヘッドフォンを耳に掛け、音楽を聴く。
「弁当は?」
「そこ」
リュックサックの横を指差す。
そこにはちょこんと弁当箱が二つ置かれていた。
「私のはどっち?」
「どっちでもいいんじゃないかな」
「じゃあ右のヤツ」
学校。
「……ナポレオンはこうして支配者たる布石を打ったわけだ……」
授業中。
ふと、窓の外をぼーっと見る。
「……雲が綺麗だな」
平和だ。
こんな平和な日々がずっと続けば良いのに。
なのに、呆気なく世界は崩壊する。
「大変だ! 生徒会室が!」
授業中、突然先生が怒鳴り込んできた。
「なにが、あったんだ」
嫌な胸騒ぎがして授業を抜け出して生徒会室へ急ぐ。
そこで見たのは多量の血だった。
「こりゃ確実に失血死だな。死体はないけど」
安藤先生がそう言ってタバコを吸った。
「DNA鑑定の結果は?」
「はい。生徒会長。犬塚一果のものと一致しました」
「犬塚のか……」
安藤先生は何か考えこむような顔で辺りを見渡した。
「逢魔、居たのか」
「……はい」
「じきに犬塚の死体が見つかるだろう。全く、こんな時期に殺人なんて。……犯人は必ず見つけてやるぞ」
「あの。僕に出来ることは無いんでしょうか?」
「ん、ああ。生徒会の補佐をしてやってくれ」
「はい」
午後。
生徒会室。
血は全て拭き取られている。
事件の跡形もない。
生徒会副会長がバンと机を叩いて言った。
「早急に新生徒会長を決める必要があります。異論はありませんね?」
書記、会計「「異議なし」」
「次に生徒会長選挙の日程について、早ければ一週間以内に終わらせます」
「僕はなにをすれば?」
「あなた方風紀委員には選挙管理委員と協力して不正行為のチェックをしてください」
「分かりました」
「では次に……」
副会長には犬塚会長が居なくなったことに対して動揺してないように見える。だが、犬塚会長の口癖だった『異議はありませんね』という言葉を多用していることからも、動揺は隠しきれない。
僕は選挙管理委員長の所へ向かった。
選挙管理委員本部。
「選挙管理委員長の長谷川だ」
ゴツい体格の長谷川さんが握手を求めてくる。
「風紀委員長、逢魔集です」
「逢魔集か、いい名前だ」
「生徒会長選挙、絶対に成功させましょう」
「ああ」
「それで僕はなにをすれば?」
「ああ。こちらから出された指示通りに不正を働いた者を捕まえてほしい」
「分かりました」
「期待してるぞ」
月のウサギと機械時掛けの神12
生徒会長選挙前日
「集、選挙管理委員と手を組んだって本当?」
周がしゃべりかけてきた。
「なにか、まずかった?」
「いや、全然。けど私は参加しないからね」
「なんで」
「私も生徒会長に立候補するからに決まっているでしょう」
……
…………
………………
「……それってジョーク?」
「なわけないでしょ。本気よ本気」
そういえば風紀委員選抜試験の時も本気で勝ちにきていた気がする。
「不正は働かないでね」
「私は不正なんてしない。正面からいって正面から勝つ!」
「じゃあ、お休み」
部屋の電気を消す。
夜中、血の匂いで目が覚めた。
「はっ!?」
急いで部屋の外に出る。
部屋の外にはリストバンドが一個と手紙が置かれていた。
「犬塚より、逢魔くんへ。リアライズシステムを複数組み込んだリストバンドだ。多分今の君なら使いこなせるだろう。あと、僕が生きていることは生徒会長選挙が終わるまで伏せていて欲しい」
手紙を握り締める。
「良かった」
涙が溢れる。
「生きていてくれて、本当に良かった」
昨日の犬塚会長の特訓を思い出す。
「僕の能力は僕の妄想した世界に他人を入りこませること」
途端に周りの景色が変わる。
中世のコロシアムのような場所で、剣闘士みたいな格好をした男の人が剣を構えている。
『じゃあ、始めるよ』
空から声が降ってきた。
剣闘士が大声をあげながら迫ってくる。
「「ウェポン」」
二人同時に武器を出現させる。
「刀はやっぱり、使いやすい」
刀で周が剣闘士を斬り伏せる。
『じゃあ敵の数を増やすよ』
剣闘士の数が増えた。
その数約百人。
「くっ……」
僕が一人斬り伏せるたびに次の敵が斬り込んでくる。
「これじゃ、きりがない」
周も一人斬り込んで、言った。
「理不尽な暴力……あれ?」
『能力は使えないように妄想したから、能力を使ってズルはだめだよ』
「ちっ、厄介」
「僕もそう思う」
周が斬り込んで、僕が周の後ろをカバーする。
「数では有利でも」
斬る。
「あなたたちと私たちでは」
切り刻む。
「踏んできた場数が違う」
滅多斬り。
「集。右!」
右から棍棒を持った男が迫ってきた。
「ふっ……」
魔剣で斬る。
魔剣は棍棒ごと男を真っ二つにした。
「それ、斬れ味がチートよね」
「そう?」
近付いてきた敵を斬る。
返り血一つないのは、この世界が偽りだからか。
「だけど」
斬る。
「この一瞬は」
切り刻む。
「本物だ!」
剣闘士を三人連続で斬る。
「勝つ!」
回想終わり
「犬塚会長……あなたは一体、何がしたいんですか?」
月のウサギと機械時掛けの神13
生徒会長選挙当日
その日は暑い日だった。
雲一つない晴天。
右手には犬塚会長オリジナルのリストバンド。
左手には選挙管理委員との通信のためのインカム。
「暑いな……」
『逢魔くん。05ーB地区で不正行為を見つけた』
「……ラジャー」
長谷川さんの指示に従い、不正を働いた者を捕まえていく。
その間にも、生徒会長選挙はちゃんと進行している。
生徒会長選挙は各候補者の立会い演説で決まる。
最終的に投票を行ない、もっとも票を集めた候補者が生徒会長になる。
「私が生徒会長になったあかつきには、文化部の部費を倍にします」
「「「おおぅ!」」」
「流石天川周ってことなのかな? もう、一位なんじゃないか」
『逢魔、聞こえるか……』
インカムから声がする。
「なんです?」
『最悪の状況だ。テロリストがそちらに向かっている』
「それで?」
『同時に選挙の不正も発覚した。次の候補者、鬼垣矢散はテロリストのメンバーだ。恐らくヤツはみんなの前でテロリストを倒し、票を一気に集める気だ』
「どうすればいいんですか?」
『鬼垣はこちらが保護する。君はテロリストの方を頼む』
「了解」
息を整える。
「……ウェポン」
右手のリストバンドが光り、魔剣が現れる。
「行くぞ! ……レーヴァテイン」
走る。
「……誰だ?」
テロリストたちと遭遇する。
「逢魔集……風紀委員長だ」
「はははっ! 風紀委員は壊滅したって聞いたんだがな」
「無駄口はいい。行くぞ」
「そうだなッ!」
拳銃で撃たれる。
「でも……」
弾丸をレーヴァテインで弾く。
「君たちをここから先には行かせない」
「クソッ!」
サブマシンガンを撃つ敵に接近し、斬る。
ダメージは全て精神にフィードバックされるのでダメージはない。
「クッ!」
「……犬塚会長も、長谷川さんも何考えているか分からない」
「なんだこの動き!?」
壁を足場に三人連続で斬る。
「……でも」
レーヴァテインで弾丸を弾く。
「……それでも」
最後のテロリストに接近した時、それは起こった。
「……」
最後のテロリストは拳銃を投げ捨て、懐からナイフを取り出した。
「最後!」
撫で斬りする。
しかし、
「くっ……!」
レーヴァテインはナイフに弾かれた。
「……そんな者か? 逢魔集」
「なぜ僕の名前を?」
問いかけながらも魔剣とナイフは火花を散らせあう。
「逢魔集……逢魔涯の息子……」
「父さんの名前を、なんで!?」
「ふっ、何も知らないのか!」
「何を!?」
「お前は……」
途端に僕とテロリストの間で爆発が起きた。
「やあ、大丈夫かな?」
「犬塚……会長……?」
月のウサギと機械時掛けの神14
後始末
犬塚会長が現れてからは一瞬だった。
テロリストは逃げ、犬塚会長が生徒会長に復帰した。
犬塚会長曰く、
「実はあの日、鬼垣さんに生徒会室へ呼び出されまして、来たらいきなり撃たれたんですよ」
どんなシステムにもほころびがある。
全てのダメージを精神にフィードバックするシステムでも、システムのバグを利用した機械ならダメージを相手に与えられる。
特殊な拳銃……なのだろう。
「僕は急いで保健室に行きました。あそこなら輸血用のパックがありますから」
「それで輸血用パックの数が足りなかったのか」
安藤先生が口を挟む。
「あとは逢魔くんに新型のリストバンドを渡して、僕はずっと待っていたんですよ」
「なにを?」
「鬼垣さんの背後には組織がある。そう確信した僕はテロリストが現れるまで姿を隠していたというわけです」
「なるほど、しかしなにも一人でやる必要は無かっただろう? 生徒会メンバーくらいは信頼して本当のことを話しても良かったんじゃないか?」
「鬼垣さんは個人的に信頼してましたから、ね。軽く人間不信だったんですよ」
なら、
「犬塚会長はなぜ僕に生きてることを伝えたんですか? このリストバンドを渡すのなら他にも方法があったはずじゃ……」
「逢魔くんは信頼してましたから。僕が生きてること、誰にも言わなかったでしょ」
「あー、はいはい。学生の友情ごっこはお終いにして、風紀委員に教師から依頼を渡します」
安藤先生は改まって僕に一枚の写真を見せた。
「今回襲撃したテロリストの中で唯一逃げ延びた人物よ。詳細は不明。恐らくまだ舞浜にいる」
「舞浜と本土を繋ぐバス、新幹線、フェリーは今、生徒会権限で封鎖しています」
犬塚会長は続けて言う。
「生徒会からもお願いします。テロリストを捕まえて下さい」
「……分かりました」
外に出る。
渡された写真には黒髪をポニーテールにした女の子がうつっていた。
「数日前にはこんなことになるなんて考えられなかったよなー」
「よお、親友」
「刻……」
話しかけてきたのは日比谷刻だった。
刻に聞いた話を言った。
「風紀委員って大変なんだな」
「そうだよな。僕って向いてないのかな?」
「だよな〜」
刻も同意する。
「……やめようかな」
「校則に書いてある。途中で委員をやめることは出来ない」
「じゃあ、やっぱりやるしかないのかな?」
「まあ、頑張れ」
女子寮に帰ると客が来ていた。
「やあ、お友達」
「お前、テロリストの!?」
逃げ出したテロリストがいた。
「神崎暁ですわよ。お友達」
「神崎さん。なんでテロリストなんかに……」
密かに魔剣を出す準備をする。
「私はただのはぐれ傭兵ですわ。お友達」
「なぜ僕たちの部屋に?」
「私、いくあてがありませんの。だからよろしいかしら? お友達」
「お友達って言うのをやめて下さい」
「じゃあ集っていいますわ」
「いきなり呼び捨てですか」
「仲がいい証ですわ」
月のウサギと機械時掛けの神15
お友達
周が言う。
「逢魔集。聞きたいことがあるんだけど」
「……はい」
「なぜ寮に女の子を連れ込んでいるのかしら?」
「……すみません」
とりあえず謝る。
「まあまあそこまでにしなさい。お友達」
「「あんたが言うな!!」」
二人そろって言う。
「あははは、面白いですわね」
「神崎さん。いい加減にして下さい」
「分かりましたわ」
「で、結局誰なの?」
「いや、テロリストで……」
結局、全てを話した。
「風紀委員として拘束しないの?」
「いや、最初はそう思ったんだけど……まだ父さんのこととか聞きたいことがあるし」
「ああ、そのことなら今からお話ししますわ」
「よろしくお願いします」
「私はちょっと出てくるから、話をするなら早めにね」
周が出た後、神崎さんはしゃべり始めた。
「私が逢魔涯と出会ったのは中東の紛争地帯でしたわ」
「……」
「彼には私が死にかけたところを救ってもらいましたわ」
「彼は能力者でもないにも関わらず、戦況を一人でひっくり変えしましたの」
「たった一人で?」
「ええ、逢魔集。あなたが逢魔涯の息子なら、私にはあなたを助ける義務がありますわ。時に味方として、時に敵として」
「じゃあ、テロリストだったのも」
「もちろんあなたを鍛えるために決まってますわ」
「……そうですか」
外に出ると。
「話、終わった?」
「周、話は終わったよ」
「そう……で、泊めるの?」
「それしかないだろうけど……」
「はぁ、早速生徒会の依頼を破棄したわけだ」
「そう、だね」
「お話しは終わりましたか?」
「ええ、とりあえず泊めることに決めたわ」
「そうですか」
「まあ、一時的だけどね」
「よろしくお願いします。お友達」