二話
月のウサギと機械時掛けの神6
小さなころの思い出
「いいかい集、チカラを持つものはそのチカラを正しいことに使わねばならないんだ」
「正しいこと?」
「そう、人助け。集ならヒーローかな?」
「ヒーロー、なれるかな?」
「さあ、それは集次第だな」
「お父さん、僕……」
「ん……?」
「よお、集風紀委員長さん」
ぼんやりする。
刻が何か言った気がするが、頭に入ってこない。
「お父さん……」
「おーい、集」
ようやく目が覚めてきた。
「そういえばさっきなんて言ったの?」
「集風紀委員長って言った」
「えっ!? なんで!」
「お前覚えてないのかよ。あの死神、理不尽な暴力、天川周を倒したんだぞ!」
「棺ちゃんが間に入って、そこから先の記憶がない……」
「能力使用の対価ってやつなのかもな」
「対価?」
「そ、俺の場合は能力一回使用につき睡眠時間を八時間とること」
「健康的な対価だね」
「だろ?」
刻と話していると、コンコンとドアを叩く音がした。
「天川周だけど、風紀委員長、居る?」
「風紀副委員長の天川周さんのお出ましだ」
刻がそう言った瞬間、ドアが木っ端微塵に破壊された。
「なんだ。いるじゃん」
「その前に説明してくれないかな? 何故僕が風紀委員長で天川さんが風紀副委員長なのか」
刻はいやーと頭をかきながら言った。
「二百十七枚のチップを俺と集で山分けしたんだけどさ、俺のチップが周さんに奪われてたっぽくて、俺が失格でまだチップを奪われていなかった周さんが風紀副委員長になったってことなんだよ」
「ごめん、よく意味がわからないんだけど」
「じゃあ、頑張れ〜、風紀委員」
刻はそう言うと部屋から出て行った。
「風紀委員は結局二人だけでやることになりそうね」
「そう、だね」
「そういえば、風紀委員としての最初の職務が生徒会から来たわ」
「あの、風紀委員長を辞めるとかは……」
「あなた、噂になっているわよ。死神を倒した緑目の青年って、辞めたいなら勝手にどうぞ。負けた奴らの陰湿なイジメにあいたいならね」
「やっぱり風紀委員長としてやっていくしかないのか……」
「予算は結構あるし、自分用の武器を携帯出来る権利もつくし、あながち悪いことでもないわよ」
「それで、風紀委員としての最初の職務は?」
「女子風呂の覗き魔逮捕よ」
月のウサギと機械時掛けの神7
覗き魔
「ふぅ……」
僕は今、女子寮の風呂に入っている。
僕以外は誰も居ない。
そして僕の容姿だが、腰にタオルを巻き、ウィッグを被っている。
遠目からには女子にしか見えない。
周曰く、
「へー、結構似合うじゃん」
らしい。
にしても、
「覗き魔を捕まえるために囮になるんなら周さんがやればいいのに」
にしても女子寮の風呂はなんかいい匂いがする。
シナモンのような、少し甘酸っぱいような、独特の香りだ。
「にしても、本当に覗き魔なんているのかな?」
女子寮の風呂。
屋外。
「あんたが覗き魔ね」
「あんまりだお。僕はただ、女子寮の風呂の前を横切っただけだお」
「問答無用」
理不尽な暴力により男を気絶させた周は集を呼ぶ。
「終わったわよー」
「そう」
集が風呂を出る瞬間、周の後ろから声がした。
「ほう、貧乳もなかなか」
「……理不尽な暴力」
裏拳を当て、姿の見えない相手を気絶させた。
「透明化能力か……」
気絶して能力が解除されたのか、ジャージ姿の男が現れた。
「ふぅ、いい風呂だった。周さんも入って来なよ」
「周でいい。あと、そこのオタク君には謝っておいて」
周はそう言うと、僕と入れ違いに風呂に入った。
「ん、ここはどこだお?」
「周さんから、ごめんなさいだってさ」
周さんが気絶させたもう一人の本当の覗き魔は生徒会に送った。
そして、周が間違えて気絶させたオタク君への謝罪も済ませた。
「寮に帰るか」
男子寮。
「な……!!」
僕の部屋が燃えていた。
正確には僕と刻の部屋が、だが。
「水! 水はどこだ!」
「水系能力者は居ないのか!」
辺りの悲鳴にも似た声を遠くに感じながら、ああ、終わったなと思った。
「さらば、エロ本……」
「どうなってんだこれは……」
刻がやって来る。
「どうもこうもないよ。着たら部屋が燃えてて」
「炎系の能力者、なわけないか。結界で精神ダメージに変換されはるんだからな」
「とにかく水を持ってこないと」
「ああ、久保田! お前水を操れたよな? ちょっと風呂場の水をかき集めて持ってきてくれ!」
「うぃっす」
久保田くんはそう言って一人駆け出していく。
「明日から僕たち、どうしよう?」
「さあな?」
結局、消火には三十分かかった。
「教科書は全部学校に置いているから実害なし、っと、集は?」
「僕の衣服一式が燃えた。あとエロ本も」
「衣服か、明日買いに行くか?」
「えっ!? いいの!」
「ああ、ルームメイトだからな」
翌日。
「本当にごめんなさいね。一人分しか部屋がないのよ」
「ああ、はい。分かりました」
結局、余りの一部屋は刻が使うことになった。
親からの仕送りから今日買う服代を引くと一万もない。
寮母さんに謝られながら、僕は本当にどうしようか考えていた。
「まあ、とりあえず服だな」
「うん。そうだね」
刻と乗ったバスの中で、刻とそう話し合った。
『次は舞浜商店街〜、舞浜商店街〜』
アナウンスが聞こえた。
「降りるぞ」
刻と僕が降りたのは舞浜商店街だった。
「品揃えがすごいね」
「ああ、世界中の商店を一カ所に集めたからな。お、あそこのケバブ! 美味しいんだぜ!」
商店街を満喫し、服も無事に買えた僕はひとときの安堵を得ていた。
「そう言えば、刻も服燃えなかったの?」
「ああ、クリーニングに出してたからな」
「ふーん」
「それより、俺がいいところに連れて行ってやるよ」
刻に連れられて来たのは小高い丘だった。
「すげえだろ。ここなら舞浜の全てを見れるんだぜ」
「確かに、絶景だね」
舞浜の全てが見える。
確かに、そうだ。
舞浜の商店街も、森も、舞浜学園も、全てが見える。
「僕はなんてちっぽけなんだろう……」
ふとつぶやく。
「ちっぽけなんかじゃねーよ」
刻はそう言って、こちら側へ振り向いた。
「転校早々風紀委員壊滅させて、風紀委員選抜試験に合格した。十分でっかいよ」
「風紀委員のこと、知ってたんだ。あと転校したことも」
「まあな。多分そうだろうなとは出会った瞬間思ってたんだけどよ。ほら、俺からライフル銃を引き出した時に思ったんだよ。ああ、こいつかってな」
その日は僕にとって記念すべき日となった。
そう、
「はぁ!? 女子寮に住むことになった!?」
「うん、そうみたい……」
月のウサギと機械時掛けの神8
女子寮
刻と舞浜を回った夜。
「やばいな。住む場所がない。ん?」
目の前で女の子が男たちに絡まれている。
「助けなきゃ」
駆け出す。
「ちょっと、君たち。その子から離れなさい!」
「ああん!」
「いいから離れて!」
「なに言ってんじゃボケ」
「いやだから」
ボキッ。
嫌な音がした。
絡んでいる男たちから。
「だから離れなさいって言ったのに」
絡まれていた女の子、天川周さんは少しスッキリした顔でこっちを見た。
「あ、部屋が燃えたんだってね。災難だったわね」
「ええ、まあ」
「その様子だと住む所、まだ決まってないとか?」
「はい……残金が一万ちょっとしか無くて……」
「朝夜食事付きで無料の所があるんだけど」
「えっ!? そんな夢みたいな所あるんですか?」
女子寮。
「あのー、ここって女子寮ですよね?」
「うん。あとタメだからタメ口ね。敬語って私嫌いだから」
「なんで女子寮なの?」
「私の二つ名って知ってる?」
「えーっと確か『死神』でしたっけ?」
うろ覚えだが、確か刻がそう呼んでいた気がする。
「そう、だから不吉ってことでルームメイトがいないんだ。だからさ、一緒に住もう?」
「僕としては願ったり叶ったりなんだけど、本当にいいの」
「いいのいいの、あ、でも寮母さんに話してくるからちょっと待ってね」
周はそう言うと部屋から出て行った。
改めて部屋を見る。
女子の部屋に入ったのって、今日が初めてかもしれない。
「寮母さんがOKだって。覗き魔撃退したお返しですって。良かったわね」
「うん。そうだね」
翌日。
「な〜に〜、一人だけ女子寮から出て来やがってこの野郎。何があった。全部話せ!」
刻に当然のように見つかり、そして、当然のように僕は全てを話した。
「確かに、お前って声もかなり高いし、身体つきも丸っこいし、男の娘ってやつなのかもな」
「あははは」
とりあえず笑ってお茶を濁す。
「授業を始めるぞ」
「起立! 礼!」
昼休み。
「ちょっといいかな」
購買で買ったパンを食べていると意外な人物から声をかけられた。
「生徒会長の犬塚一果です」
「舞浜学園高等部、逢魔集です」
「風紀委員長当選おめでとう。あとで生徒会室に来てくれ」
「あ、はい」
「風紀委員長は辛いだろうけど頑張って」
「はい」
去り際の犬塚会長はどこか寂しそうな顔をしていた。
月のウサギと機械時掛けの神9
武器
犬塚会長に言われた通り、放課後生徒会室へ向かうと、そこには機械を弄っている犬塚会長がいた。
「やあ、来たね」
「はい」
「風紀委員として活動するにあたって、危険なこともあるだろうから僕が君たちに武器を作ってあげようと思う」
「君たち?」
「会長。来てやったわよ」
「やあ、天川周さん」
「なんの用?」
「二人とも、このリストバンドを付けてくれ」
犬塚会長に言われた通り、リストバンドを装着する。
「ウェポンと呼んでごらん」
「「ウェポン」」
途端に周のリストバンドが光り、次の瞬間には周の片手に刀が握られていた。
「遺伝子を解析し、最適な武器を出現させる。リアライズシステムさ」
「あのー、僕のリストバンド、反応しないんですけど」
リストバンドを外し、犬塚会長へ渡す。
「ふーん、これは……なるほど……」
「あの……」
リストバンドを二つ付けさせられた。
「ウェポン」
シーン。
三つ。
シーン。
四つ。
シーン。
五つ。
シーン。
六つ。
シーン。
七つ。
途端に禍々しい光りが辺りを包んだ。
出現したのは黒い剣。
クルタナのように切っ先が無く、禍々しい赤の意匠が施されている。
「君の武器はちょっと特殊でね」
犬塚会長が剣へ触ろうとすると、
バチッ!
紫の火花が散ったかと思うと犬塚会長を拒絶するように剣がこちら側に倒れこんできた。
「おっと」
剣を手に取る。
拒絶は……されない。
「魔剣レーヴァテイン、それが君の剣の名前だ」
「魔剣……」
禍々しい意匠といい、犬塚会長のサプライズ……というわけではないようだ。
「あの、犬塚会長。この剣は一体?」
「ああ、少し昔話になるけど、聞くかい?」
「「はい」」
「遺伝子共鳴による武器のリアライズ技術をとある科学者が開発した」
「しかし科学者は技術が悪用されるのを防ぐためにあるセーフティを作った」
「ある一定の強さを越えた者には複数のリアライズシステムが必要になるようにしたんだ」
「それでこんなにリストバンドが必要なんですか」
「ああ、科学者はその後、自らの全ての技術を注ぎ込んだ魔剣というものを作り上げた」
「それが、レーヴァテイン」
「ああ、まさか君に反応するなんてね」
「犬塚会長。ってことは私は普通の強さだってことですか?」
「いや、強さの定義は人それぞれだから」
不満そうな周と犬塚会長。
「そうだ。君たち、放課後まだヒマかい?」
「ええ」
「はい」
「良かった。君たちを鍛えてあげるよ」
「「えっ!?」」
月のウサギと機械時掛けの神10
特訓
「疲れた〜」
「本当、容赦なかったよね」
犬塚会長の能力を使った特訓は精神的にキツかったが、得るものは多かった。
「今なら能力なしで不良に勝てそうな気がする」
「私も、理不尽な暴力を使わず勝てそう」
「あははは、君たち見込みがあるよ。じゃあ僕はまだ雑務があるから」
「「ありがとうございました」」
犬塚会長に礼を言って生徒会室を後にした。
女子寮。
「初めまして。女子寮にお世話になる逢魔集です」
女子たちからの視線が痛い。
何せ女子だけの寮に男性が来るのだから。
「集ちゃん可愛い」
「へ……?」
「ウィッグとか被せたら女の子と間違えそう」
「うんうん。やってみる!」
「え、あの……」
女子たちが迫ってくる。
「……」
周は静かに手を合わせた。
「ふぅ、酷い目にあった」
風呂場で一人汗を流す。
僕は9時以降、女子は6時から9時までの時間で風呂を使うことになった。
「しかし、貸し切りっぽくていいな」
一人の風呂場は大きい。
複数が使うことを想定されている風呂場は、一人で使うには少しもったいない気がした。
「ん?」
更衣室の方に人影が見えた。
「あのー、僕入ってますよ」
ガラガラ。
入って来たのはなんと周だった。
もちろん前はタオルで隠している。
「いやー、二人きりの風呂って広いわね」
「女子の時間は終わったんだけど」
「私がキャーって悲鳴をあげたらどうする?」
「……どうぞごゆるりと」
「分かればいいの」
背中合わせになりながら聞く。
「周的に僕がここに住んでいいと思ってる?」
「思ってるもなにも、住めば都っていうじゃない」
「いや、そうじゃなくて。周に迷惑かなって」
「迷惑ならとっくに追い出しているわよ」
「良かった」
「あんたこそどうなの? 周りが女子だらけで精神的に大丈夫?」
「今のところは、ね」
「ああ、あと言っとくけど。私は昼は弁当派なんだ」
「もしかして」
「泊めてあげてるんだから、作ってくれるわよね」
「味は保証できかねるけど」
「じゃあ」
「作りますよ。作ればいいんでしょう」
「分かればよろしい」