一話
月のウサギと機械時掛けの神
プロローグ
2012年12月21日。
世界は変わった。
マンガやアニメのように超能力を目覚めさせたものたちが現れたのだ。
その大半は学生だった。
その数は約1000人。
世界は彼らを隔離するため、日本に人工島を作り、学園を設立した。
『次は舞浜〜、舞浜〜、お降りの方はボタンを押して下さい』
ボタンを押す。
人工島、通称『舞浜』。
今日からここが僕の住む場所になる。
バスから降り、向かった先は舞浜学園だった。
1071人を生徒としているマンモス校だ。
今日から転校生として僕はこの学園に通うのだ。
超能力者として……
僕はまだ、自分の能力を知らない。
突然、家に転校の書類が届いたのだ。
超能力としてあなたを舞浜学園に転校させてもらいます、と。
「全く、なんなんだよ」
ヘッドフォンをつけ、音楽を聴く。
「ここが、舞浜学園か……」
ズドーン!
マンガみたいな音がして、足元の地面が爆発した。
「へっ?!」
一メートルくらい吹っ飛ばされる。
とっさに受け身をとるが、状況が分からない。
「君……」
後ろから声を掛けられる。
「はい?」
後ろを振り向くとフードで顔を隠した少女がいた。
「能力者だよ、な?」
「まあ、たぶん?」
「よし、じゃあ逃げるぞ!」
「えっ!?」
少女に手を引かれ、僕は来た道を逆走しはじめた。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば……」
「何なんですか?」
少女は公園で立ち止まり、ジュースを買った。
「飲む?」
「いいえ」
あっそ、と少女は言ってジュースを飲みはじめた。
「あの爆発はあなたが?」
「ん、そうだけど」
「何のために?」
「あの学園から逃げ出すために決まっているだろう」
「なんで?」
「なんでって、あの学園は異常の集まりだぜ? 居たいというヤツの気がしれないね」
「はぁ……」
「まだ学園のことを知らないってことは、お前が噂の転校生か」
「噂?」
「能力者を感知する能力者が予知したんだよ。エメラルドの瞳に大剣。最強の能力者が現れたってな」
「僕の瞳は茶色なんですけど……」
「まあ、あいつの予知は結構デタラメだからな。けど、能力者は100%当てる」
「僕は結局能力者なのか……」
「お前、一緒に逃げるぞ!」
「嫌ですよ」
途端に、上からパラパラと何かが近付いて来る音がした。
「ヤバい。風紀委員の奴らだ!」
上を見上げるとヘリコプターから人が縄を伝って降りてくるのが見えた。
「待ちなさい! 日比谷棺!」
上から女性の声がした。
「ヤバい。逃げるぞ!」
「へっ?」
「捕まると厄介だぜ。大人しくついてこい」
「無駄な抵抗はやめなさい!」
「やだね!」
パンッ!
僕の目の前。棺ちゃんが撃たれた。
「????!?」
月のウサギと機械時掛けの神2
アリス
気がついたら死体の山だった。
気がついたら大剣を握っていた。
気がついたら二人以外全てが死んでいた。
「……ッ!?」
夢……?
「夢……か?」
「残念ながら現実だ」
僕は病室のようなところで寝ていた。
右隣りには腕を撃たれた棺ちゃん。
左隣りにはタバコを吸っている大人の女性がいた。
「あの? 僕は一体……?」
「棺、説明してやんな」
棺ちゃんはポケットから鏡を取り出した。
「顔、見てみな」
鏡で見た僕の両目はエメラルド色に染まっていた。
「えっ、なんで?」
「恐らく能力発動による性質変化だろう」
女性はタバコをぷは〜と吐きだし、言った。
「君は棺から大剣を取り出したんだ」
「は?」
「能力名、アリス。この学園の創設者と同じ能力だ。人の遺伝子を武器としてコンバートする。言ってみれば歩く武器庫だな」
「はぁ……」
「とわいえ、風紀委員を惨殺はまずかったな」
「風紀委員を惨殺?」
「おや、何も覚えていないのか?」
「はい」
「棺から大剣を取り出したお前は風紀委員を全員滅多斬りにしたんだよ。流石の私も死者は蘇らせれんよ」
僕が、殺した?
たくさん、殺した?
「今頃になってガタガタ震えているところをみると、本当に覚えていなかったんだな」
「はい….…」
「今日は休め。明日から始業式だ」
「はい……」
女性が去ると棺ちゃんが話しかけてきた。
「お前、本当はすごい能力者だったんだな」
「でも、人を殺した……」
「ああしなきゃ俺たちがやられていた。大丈夫、お前はまだ正常だ」
涙が溢れてくる。
「う、あぁぁあああ!!」
泣く。
泣きじゃくる。
「安心しろ。俺が側にいる。お前がどれだけ孤独になろうとも、俺が側に居てやるから」
「うわあぁぁん!」
その夜はひたすら、泣いた。
翌日。
「入学届け、筆記用具。教科書。よしっ」
寮に一旦向かう。
寮母さんに預かってもらった荷物を受け取ると、自分の部屋に向かった。
「よう」
部屋を開けると挨拶をされた。
「おはよう?」
「なんで疑問系なんだよ?!」
「君は?」
「同じ部屋、ルームメイトの日比谷刻だ。妹が世話になったな」
「もしかして、日比谷棺さんのお兄さんですか?」
「おう。じゃあ、行こうか。始業式へ」
月のウサギと機械時掛けの神3
生徒会長
「え〜、であるからして我が校は〜」
校長先生の挨拶は全国共通で長い。
そのことを今知った。
「なげーな」
刻がそう囁いた。
「たしかに、長いね」
昔から友達もどきを作るのが日課だった。
みんなに合わせて、笑って。
本当の友達をいつか僕も作ることが出来るのだろうか?
「では生徒会長の挨拶です」
途端に、会場がシンと静まった。
「生徒会長の犬塚一果です。早速ですが風紀委員が壊滅しました」
ザワザワと会話が聞こえてくる。
「……風紀委員ってあの鬼の風紀委員?」
「……壊滅って、軍隊とやりあったのかよ?」
「……いや、軍隊でも風紀委員は
壊滅するのは無理だろ……」
パン。
犬塚先輩が手を叩く。
「つきましては、風紀委員長と風紀委員の選抜を行ないたいと思います。……異論はありませんね?」
シーン。
「では、詳しい日程は後日ということで。僕からは以上です」
クラス。
「俺風紀委員長になるんだ」
「アンタじゃ無理よ。アタシがなる」
「はっはっは、風紀委員長に相応しいのは断然私だな」
濃いクラスメイトだな。
教室に入った瞬間、教室から風紀委員に関する発言が聞こえてきた。
「はい、静かに〜」
どうやら僕のクラスの担任は昨日病室、正確には保健室で会った女性らしい。
「知っている人もいるかもしれないけど、一応自己紹介するわよ。安藤夏子。だいたい保健室にいるから。じゃあ、自己紹介してって」
安藤先生の視線が僕に向く。
五十音順の出席順なら右上のはじの僕が一番だ。
「逢魔集です。特技はサバットです。よろしくお願いします」
パラパラと拍手がする。
自己紹介が終わり、刻が話しかけてきた。
「カラーコンタクトだよな」
「は?」
「だからお前の目、緑だぜ」
「あっ!?」
言われて思い出した。
昨日の能力覚醒から僕の両目はエメラルド色なのだ。
「あ、うん。コンタクトレンズだよ」
「そっか、ならいいんだ。噂のヤツも緑色の目らしいから間違われないようにしろよ」
「噂?」
「二種類あってな、能力者感知能力者の予知の噂と風紀委員を壊滅させたっていう緑色の目の男の噂なんだが……」
「いや、やっぱりいいや」
「そうか」
放課後。
寮。
「疲れた。妙に人目を引くと思ったら両目はエメラルド色のままなのか……」
カラーコンタクトを買おうか?
真剣にそんなことを考える。
「集?、居るか?」
コンコンとドアを叩く音がする。
「居るよ」
「よかった」
入ってきたのは棺ちゃんだった。
「バカ兄貴は?」
「刻ならバイトらしいよ」
「そうか。んじゃこれ、兄貴と集の分」
携帯を二つ手渡される。
「何これ?」
「風紀委員選抜試験の道具。エントリーしといたから」
「えっ!?」
月のウサギと機械時掛けの神4
風紀委員選抜試験
始業式の次の日、つまり土曜日。
本来ならひとときの安らぎがあるはずの時間に僕は屋外にいた。
「何故だ」
「こっちが聞きたい」
刻は昨日渡された携帯を弄っている。
「チーム戦らしいな。携帯を奪われたチームの負け。携帯を最終的に多く持っていたチーム上位チームに風紀委員をやらせるらしいな」
「でも携帯なんて沢山持てないだろ?」
「携帯内蔵のチップを取ればいいらしい」
「なるほど」
携帯から声がした。
『生徒会長の犬塚です。風紀委員選抜試験はこの森一帯で行ないます。チームは二人から三十人までOKです。ルールは簡単。最後に携帯内蔵のチップを沢山持っていた上位チームを風紀委員とします。では、開始』
途端に周りをぐるりと大勢に囲まれる。
「弱そうと思われたらしいな」
「ははは」
渇いた笑いしか出てこない。
「よしっ! 行くか!」
「ああ」
こうして僕らの戦いが始まった。
「はっ!」
「膝蹴りだと!」
サバットでは膝蹴りが禁止されている。
しかし、
「チップ一枚ゲット」
「おっ、そっちもか。俺も」
刻もチップを見せてくる。
『なお、チップを奪われたものはそこで失格とします。能力使用は自由です。この舞浜学園には特殊な結界が張られており、全てのダメージは神経へフィードバックします』
「ヤバいな」
「?」
「能力使用ありってことは……」
炎の球が飛んでくる。
「刻、ちなみに君の能力は?」
「……朝、きっかけ六時に起きれる能力」
使えない。
やはり、僕がやるしかないのか。
「刻、君を見せてくれ!」
刻の目を見ながら手を刻の胸へ押し当てる。
手に何かが触れた。
「集、お前?!」
「今、君の全てをさらけ出す」
引き出したのは巨大なスナイパーライフルだった。
素早く照準を合わせ敵を撃った。
「ぐあぁぁあ!」
選挙管理委員本部。
「14ーC地区の戦闘が終了しました」
「もう、まだ開始一時間ですよ」
安藤はそう言って、14ーC地区のチームを見た。
「残っているのは逢魔集、日比谷刻チームです」
「流石最強の能力者ってことか?」
「……安藤先生」
「監視を続けて、選挙管理委員全員、管理を怠らないように」
「はぁ、はぁ」
「十七枚のチップか、まあ妥当だな」
「刻も闘ってよ」
「いや、俺は……」
俺は、結局なんなのか聞けずじまいだった。
敵が襲ってきたのだ。
「チップ二百枚目」
最初に衝撃が来た。
次に敵が吹き飛ばされたのが見えた。
そこには一人の少女がいた。
「私の名前は天川周。能力名、理不尽な暴力」
「ヤバいな」
刻の言葉がどこか遠く感じた。
月のウサギと機械時掛けの神5
風紀委員選抜試験後半
選挙管理委員本部。
「理不尽な暴力とアリスが衝突しました」
「周のチップは二百枚。集、刻のチップは十七枚です」
「今回の参加者は二百二十人」
「これは……森に参加者以外の反応です」
「はぁ、はぁ」
「なんだ。ただ撃つだけの能力なんだ」
さっきから僕の攻撃が当たらない。
いや、当たってはいるのだろう。
ただ、見えない壁に遮られているようで、当たる寸前に弾が弾かれる。
「ベクトル操作って知ってる? 私の能力はベクトル操作。肌に触れたベクトル全てを操作する。そのせいでアルビノみたいに真っ白い肌に髪、赤い目になっちゃったけどね」
周はそう言いながら近付いてくる。
「さあ、あんたたちのチップを貰いたいんだけど?」
「くっ!?」
「止めろ!」
横から声がした。
「棺!」
「棺ちゃん?!」
棺ちゃんは僕と周の間に入り言った。
「集、俺を、使ってくれ!」
「……」
「……分かった」
アリスを発動するためにはいくつか制限がある。
「一つ、相手が人間であること」
「ん?」
周が首を傾げる。
「二つ、視線を合わせること」
「じゃあ、さよなら」
「三つ、僕が右手を触れること」
選挙管理委員本部。
「14ーC地区にて高熱源反応!」
「映像、出ます!」
それは異常な光景だった。
「これは……」
安藤はこの前の風紀委員壊滅事件を思い出す。
「……」
「何いきなり無口になってんのよ」
周は足元の小石を蹴り上げる。
ベクトル操作により音速を越えた小石を集は難なく斬った。
「は?」
「……」
空中に魔法陣のようなものが展開され、それを足場に集は空中へ跳躍した。
「……」
「ふざけるな! 私より上を行くなんて!」
周も空中に上がる。
そして、周と集が交差した。
「……なんで?」
「……」
「なんで、ベクトル操作が効かないの?」
「……」
集は空中で魔法陣の足場を作り、周へ一直線へ向かっていった。
「きゃああああ!」
周は頬にかすり傷をつくり、気絶した。
「……」
「集?」
集は無言で倒れた。