The first and last
病室のドアを開けると真っ白な壁と、ベットに横たわる彼女が目に入った。
ここにはもう何回か来たが未だに慣れない。こもった空気に耐えられなくて窓を開ける。
「おはよ」と軽くあいさつすると、「やっほー」と明るい返事が返ってくる。しかし、明るいのは声だけで彼女の顔には覇気がなく、日に日にやつれているようだった。
「気分どんな?日和」
「今日はなかなかええほう」
日和は微笑みながら体を起こした。
「無理せんでええって」
「尚のこともっと近くで見たいもん」
「はいはい」
常々恥ずかしいことを平気で言うやつだ。きっとこんな正直なところに惹かれたんだと思う。
付き合って最初のころは素直すぎるお前に悩まされたりもしたっけ。
「りんご、食べるやろ。皮剥こか?」
たぶんまだ昼ご飯は食べてないだろう。そう考えながら誰かからのお見舞いのりんごに手を伸ばすと、ふいにぎゅっと袖を掴まれた。
「なんー?」
振り返りながら尋ねると、日和がこちらを見つめながら俺の腕を握っている。こいつ、こんなに腕細かったっけ。
彼女は口を開けて何か言おうとしたが、慌てて口を噤んだ。頭を撫でると、目を泳がせながら話し始めた。
「……あんね」
「うん」
「お、驚かんといてよ」
「わかったけん」
彼女は少し顔を赤らめながら下を向く。
「私のこと、抱いてや」
数秒間の沈黙。体が動かない。え、今なんて言った?
「あの、日和さん。もっかい言うてくれんかな」
「やけんー!私を抱いてって……言うた……」
まるでりんごのように頬を紅潮させながらさっきと同じことを言ってくれた。抱いてってどういう意味だっけ。もしかするとハグしてってことかもしれない。いや、きっとそうだ。
男子高校生は性欲のかたまりだから言葉の意味さえ履き違えてしまうんだろう。念のため彼女に聞いてみる。
「それってハグしようってこ」
「んなわけなかろ。どんだけ確認するん」
食い気味で否定された。つまり、まあ、性行為ということになる。すでに済ませている友達もいるらしいけど、俺にはまだ早いと思っていた。
「したないん……?」
赤い顔に見つめられ、たまらず、キスをした。小さく彼女の口から声が漏れる。
「本当にかまんの?」
「うん。私、もう……」
「え?」
彼女は何でもない、と笑って唇を近づけた。
そのまま唇同士を擦り合わせる。じれったい。我慢できずに舌を入れてゆっくりとかき回す。お互いの息遣いが荒い。
彼女のパジャマのボタンを丁寧に外していく。緊張で手が震えてしまい、ボタンが一つとれてしまった。ボタンはベッドから転がって、窓際の床へ落ちた。
はだけたパジャマの隙間からは薄い胸と白い肌が見える。腹にはあばら骨が浮いていて、触れたら折れてしまいそうな身体だった。
脇腹の骨に沿って舌を這わせるとぴくんと四肢が跳ねる。次は胸のほうへ。彼女の薄くピンクがかった円錐を優しく舐めあげると「あっ…」と切ない声で喘いだ。
抱き寄せて首に接吻する。日和は首に腕を回し、「して」と一言だけ呟いた。すぐに俺の胸に顔をうずめて動かなくなったんだけど、照れてるんだろうか。可愛いやつ。
「ゴム買うてくるけん待ちよって」と言うと「つけんといて」と返事が返ってきた。
「それは・・・」
「おねがい」
うるんだ瞳で見上げながら、日和が俺のシャツを引っ張る。欲情しないわけがなかった。
「痛かったら、ごめんな」
そこから先はよく覚えていない。気がつくとベッドに腰掛ける自分と、上半身だけパジャマを着た日和の姿があった。彼女が俺の手を握る。事後だというのに、ひどく冷たかった。
このまま凍ってしまうのではないかと怖くなって、手を握り返した。
「しんどかったやろ。大丈夫か」
「平気よ」
視線を下に下げると彼女の太ももには鮮血が散っている。罪悪感で思わず目を逸らした。グロテスクで生々しい、赤色。
けれども、それは確かに彼女が生きている証拠だった。
「尚」
握る力が強くなる。次の言葉を尋ねる前に彼女が口を開いた。
「私、あと一か月で死んじゃうんやってー」
いつも通りの明るい声。先ほどと何も変わらない。
だからこそ、彼女の言っていることが理解できなかった。
「一か月しか生きれんの。出られんのよ、こっから。もう」
日和が?死ぬ?
医者は治療すれば治るって話してた。最近は病状も良くなってきたって。退院したら、結婚する約束は……?
同じような問いが頭の中でぐるぐると渦巻いて、何がなんだかわからなかった。
「好きだよ、大好きだよ。ねえ、尚の、尚の子ども、欲しかったなあ……」
泣きながら彼女が抱きつく。
嗚咽交じりの声で呟かれた「生きたい」に掛ける言葉もないまま、
落ちたボタンだけが、俺たちの涙を知っていた。
お題「ボタン」で書かせていただいたものです。
最初で最後の愛。




