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第一話

 大学へと続く山道のトンネルを抜けると、そこは異世界だった――少なくとも俺にとっては。


 無駄に豪華な調度品が置かれている広々とした空間。だが視界に映る天井や壁が、ソコが有限の広さを持つ室内だと教えてくれる。

 周囲に人はそれなりにいるが、その誰もが西洋人チックな容姿を持っており、しかも身に纏っているのはゲームや漫画などでよく見る中世風の豪奢なドレスだったり、槍と鎧で武装した兵士だったり。

 トンネルを抜けた後にはいつもと同じ山道が続いているんだろうという気持ちで自転車をこいでいたというのに、いきなりそんな異空間にぶち込まれた俺が一瞬でソコまで周囲の様子を把握しただけでも十分に褒められるレベルだろう。うむ、よくやった俺。

 だから身体の制御にまでは思考が及ばず、結果として謁見の広間っぽいトコを今までの勢いのまま自転車で爆走しても罪は無い筈だ。むしろ本来ならここから登り道になる筈だったので、更にスピードはアップ中。

 そんな訳でかなりの勢いで流れる周囲の風景をよそ目に、一際愛らしい相貌をした少女と目が合う。煌びやかな長い金色の髪をたなびかせ、青と白を基調としたドレスに身を包んでいる。

 うわ可愛い。正に御伽噺に出てくるお姫様といった女の子。そんな彼女の姿は刻一刻と近づいてくる。……そりゃ、目が合うって事は俺の進行方向上に彼女がいる訳で、状況についていけていない体はアホの様にペダルを踏むだけでブレーキをかけようともハンドルを切ろうともせずに彼女の元へと走りよる、自転車ごと。


 ふむ、コレってもしかして俺、お姫様っぽい女の子を全力の自転車走行で跳ね飛ばしちゃう?


 ようやくその可能性に気付いたものの、既に俺が何をやらかそうとも結果は変わらない位置まで接近してしまっている。まぁいいさ、どうせこんなの幻覚さ。だから許してお姫様っぽい女の子。


 そう真摯に心の中で謝りながら、遂に少女の姿を間近で捉えた瞬間、


「――フ」


 何かハエでも追い払う様にお姫様が掌を振る姿を見た直後、俺の視線が急転する。


 ……アレ? この無重力の様な感覚……もしかして俺、空飛んでる?


 走る自転車の勢いをそのまま別ベクトル、具体的には斜め上方四十五度に変えられた俺の身体は、自転車と共に宙を舞っていた。

 

 ――何という爽快感だろう、人が昔から鳥に憧れを抱き、空を目指し続けてきた理由が垣間見えた気分になる。残念ながら愛車とは離れ離れになってしまったため、有名な宇宙人映画ゴッコはできなかったものの、ソレでも俺の心は満足さ。完全生身による空中浮遊、嗚呼、俺は今ライト兄弟ですら体感できなかった偉業を成し遂げてるんだ――――フゴフっ!?


「が……ご……にゅ……」


 ……どうやら現実逃避には麻酔の効果はなかったらしく、心地よい生身の飛行を味わった代償と言わんばかりの床への激突のダメージに、口から意味不明の言葉が漏れる。

 つーか全身が痛い。俺、何メートル位まで飛んでいた? 天井の高さはパッと見で十メートルくらい。確か飛行中にオペラ座にありそうなでかいシャンデリアとすれ違っていたから、ソレ位までは飛んでいた可能性が高い。

 フフフ、その高さから落下して痛いですんでいる我が身体、伊達に日頃から鍛えている訳じゃねぇぜ……何か、胃の方から熱い鉄の味のする液体がすげぇ勢いで口に流れ込んでくるが、多分大丈夫、な筈……だと信じたい……。


「ふむ、大丈夫ですか?」


 そんな訳で床でのたうち回っている俺の元へと、さっきまで視界にいた女の子が歩み寄ってくる。

 空を飛ぶ直前に彼女がしたどこぞの格闘少年グラップラーの様な仕草が今でも目に焼きついているが、まさか俺の強制空中飛翔ってこの娘がやったの? そんでもって、その張本人らしき少女は立ったまま血反吐を撒き散らす俺を見下ろし小首を傾げている。


「回復にはまだ時間がかかりそうですね。……ですが、余り床を汚すのは止めてもらえませんか? その程度の血液、飲み干してください」


 ……無茶ほざくんじゃねぇよテメェ、そういうセリフは俺と同じ目に遭ってから口にしやがれ!


 余りにも腹が立ったので、近くに立つお姫様のドレスのスカートに手を突っ込み、ふくらはぎを撫でました。サワサワ。


「…………」


 うん、いい手触り。女の子特有の柔らかな肌の感触に、少しだけ俺の腹の虫も落ち着いてくれる。そして更なる落ち着きを得ようと手をもう少し上へと、具体的には太股辺りの位置まで侵入させようとした瞬間、無言で少女にその手を握られる。


「? ふ――ふおおおおおおおおおおっ!?」


 直後、先程の視界急転が子供だましであったと思い知らされる様に、俺の身体が急激な回転を開始する。縦横斜め、三百六十度を超える勢いで腹を基点として三次元的に振り回される我が肉体。コンマ秒単位で視界に映る景色は床から天井、天井から壁、そして再び捻りを加えながら床へと変わっていき、耳には猛烈な風斬り音が襲い掛かる。そしてやがては全ての方向感覚が奪われた。


「ふおっ? ふおぅ!? ふぉあああああああああぁああっ!!」


 ダメだ、口から今までに出した事の無い悲鳴が迸るのを止められない。嗚呼、今まで絶叫マシーンでも無言を貫いてきたのに……こんな声を上げる自分に出会いたくなかった……。

 宇宙飛行士ですらギブアップするんじゃないかという回転地獄。多分、外から見てたらかなり愉快な光景だろうが、当の本人からすれば死を超える拷問にも等しい。だがソレも唐突に終わりを告げる。

 本当に一瞬だけ固定された視界が捉えたのは俺の吐き出した血反吐に塗れた床。それを認識した直後、雄大な滝をイメージさせる勢いで顔面から床に向かって落ちていく――いや、落とされていくのが分かる。


 ……アレ? なんでそんなトコにいるんだい、父さん、母さん。嗚呼、そういえば最近帰ってなかったね、今度の夏休みには帰る……うん、帰ってみせるよ――――グボァフッ!?


「…………」


 いわゆる普通の走馬灯が見せてくれた笑顔の両親に見守られながら、床と情熱的な口付けを交わす。その熱々っぷりたるや、鼻骨や歯の大半が砕け散ったのが感覚的に分かり、首からはグギョリという生命が奏でるには余りにも不自然かつ致命的な音が鳴り響くほどである。 

 ほとんど痛みを感じていないのがせめてもの救いなのか、それともデッドエンドへのフラグなのか。いずれにせよもうすぐ意識が無くなるのが明確に理解できる中、かろうじて機能を維持している聴覚にドレス少女の声が響く。


「カーネロス王家秘伝、『無限天輪むげんてんりん』。下賎の身で受けられた事を光栄に思いなさい」


 ふざけんなよ、この女郎……。

 そうは思うものの身体は一切動いてくれず、更には意識も遠くなっていく。

 こうして何やら異世界に迷い込んでしまったっぽい俺の意識は、ココに訪れてから五分もしない内に闇の底へと沈んでいった。


 嗚呼、願わくば次に目覚めた時、ソコが日本の病院のベッドであります様に……。

始めましての方、ムチャクチャお久しぶりですという方、ソレ以外の方。

こちらへの投稿は初めてとなる鷹三という者です。

あらすじを読んで「ふざけんな」と思われた方もいらっしゃると思いますが(ソレが当然でしょう)、完結を目指していきたいという気持ちはありますので生暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。

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