表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ニュースキャスターの父、ロッカーの叔父、教師の居候。この家、まともな大人が不在です』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン3

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/26

第24話:『シャワー室の反乱、自由への宣戦布告』

『シャワー室の反乱、自由への宣戦布告』

 撮影現場は、異様な熱気に包まれていた。

 有名ブランドの香水CM。譲は、知的な作家をイメージした「書斎の作曲家」を演じるはずだった。

 だが、現れたクライアントの女性重役は、譲の鍛えられた肩(最近、佐藤先生との漫才の稽古で鍛えられたものだ)を見るなり、台本を破り捨てた。

「変更よ! 書斎なんて地味。シャワー室で、濡れた肌に香水を吹きかけるの。譲さん、バスタオル一枚になって」

 スタッフがざわつく中、譲はスタジオの真ん中で立ち尽くした。

「……待ってください。このCMの曲、俺は『静寂の中の知性』をテーマに書いたんです。シャワーの音でかき消されるような音じゃない」

「いいから脱ぎなさいよ。あなた、会社に雇われている『商品』でしょ?」

 重役の言葉が、譲の耳の奥で嫌な音を立てた。

 横で見ていたマネージャーが、揉み手で近づいてくる。「譲、これを受ければ次は冠番組だぞ。脱ぐくらい、安いもんだろ」

 譲は、視線を足元に落とした。そこには、佐藤先生が漫才のネタを書き殴った、真っ黒なノートが落ちていた。

「……お断りします」

 譲の声は、低く、けれどスタジオの隅々まで響いた。

「俺は、自分の曲と、隣にいるこの男の知性を売るつもりはありません。三流には三流の、脱いじゃいけないプライドがあるんだよ!」

「譲さん、論理的な判断です」

 セットの影から、佐藤先生が悠然と現れた。彼はどこからか持ち出したホワイトボードに、素早く数式を書き始めた。

「この契約変更は、事前の合意形成を著しく欠いています。また、あなたの審美眼は、この香水の本来のターゲット層の知性を侮辱している。……譲さん、ここには我々の居場所という名の変数は存在しません」

「……先生。俺、会社辞めるわ。二人で、何にも縛られない、本当の『再履修』を始めよう」

「計算済みです。退職後の生存確率は 5\% ですが、幸福感の期待値は無限大ですから」

 二人は、呆然とするスタッフを置き去りにして、スタジオを飛び出した。

 

 その夜、水前寺家のリビング。

 航は、二人の話を聞いて、黙って冷蔵庫から一番高いビールを取り出した。

「……よし、乾杯だ! 無職おめでとう! 三流おめでとう!」

「パパ、おめでとうじゃないでしょ。これからの生活費、どうするのよ」

 真菜が呆れ顔で言いながらも、自分の「美容院代貯金」が入った封筒をテーブルに置いた。

「修、先生のマネジメント、あんたがやりなさいよ。小穂は……おじさんの衣装担当ね」

 修がタブレットを叩きながら、真剣な顔で言った。

「株式会社『再履修』。登記の準備はできています。最初の仕事は、僕が企画した『熊本・論理的漫才ツアー』です。ギャラは、村の特産品ですが」

 

 譲がギターを手に取り、佐藤先生がホワイトボードのマーカーを握る。

「……兄貴。俺たち、もう誰の言いなりにもならないぜ。このリビングから、世界を笑わせてやる」

 

 航は、二人の背中を見つめながら、亡き妻の写真をそっと撫でた。

「……見てるか。あいつら、最高のツラしてるぜ。……よし、明日のおはようくまもと、冒頭の挨拶は決まりだ。『今、熊本で一番輝いている無職を紹介します』ってな!」

 窓の外には、熊本の夜空がどこまでも高く広がっていた。

 バスタオル一枚の屈辱を投げ捨て、二人の男は今、自由という名の荒野へと、力強い一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ