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『ニュースキャスターの父、ロッカーの叔父、教師の居候。この家、まともな大人が不在です』  作者: 水前寺鯉太郎
シーズン1

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第10話:『レンズ越しの再履修 ―水前寺家の放送事故―』

『レンズ越しの再履修 ―水前寺家の放送事故―』

 リビングに設置された、巨大な照明が放つ白光。それは、僕が必死に守ってきた「プライバシー」という名の聖域を、無慈悲に焼き尽くしていた。

「……修くん、もっと『パパ大好き!』って感じで、肩に手を置いてくれるかな?」

 三十代半ばの、いかにも「業界人」といった風貌のディレクターが、軽薄な笑みを浮かべて指示を出す。

 僕の隣には、不自然なほどに糊のきいたシャツを着て、ニュース番組のオープニングのような、非の打ち所がない微笑を浮かべる父さんが座っていた。

「もちろんです。私の家庭教育において、スキンシップは情報の等価交換と同じ。親愛の情を明確に言語化し、物理的に表現することは基本中の基本ですから」

 父さんの声は、いつになく「アナウンサー」だった。腹式呼吸の完璧な、心の内側が一切透けて見えない、クリスタルのように冷たい声。

 これじゃない。

 僕が毎日、うるさいと思いながらも聞いていたのは、風呂場でパンツ一丁で吠える、もっと泥臭くて、滑舌だけが空回りする情熱的な声だったはずだ。

「さあ、続いては叔父の譲さん。ギターを持って、爽やかな『家族の絆』をイメージした一曲をお願いします!」

 ディレクターの合図で、革ジャンを脱がされ、なぜか白いサマーセーターを着せられた譲叔父さんが前に出る。

「……こんな、牙を抜かれた狼みたいな格好で、俺のソウルが鳴ると思うか?」

 叔父さんの目は死んでいた。手元にあるのは、愛用のエレキではなく、局が用意したアコースティックギターだ。奏でられたのは、教科書に載っているような「翼をください」。

 音色が、死んでいる。

 佐藤先生も、ホワイトボードを没収され、ただの「インテリな居候」として、借りてきた猫のように端っこで座らされている。

 偽物だ。全部。

 

「……カット! いいよ、最高! これぞ熊本の誇る、一流の知的人道家庭だね!」

 ディレクターが親指を立てたその時だった。

 二階から、大きな物音が響いた。

 

「……ちょっと、私の部屋のクローゼット、勝手に開けないでよ!」

 姉の真菜の怒鳴り声。カメラマンが「絵になる」と思って勝手に潜り込んだらしい。

 バラバラと、階段から何かが落ちてきた。

 それは、僕が昨日の夜、誰にも見つからないように必死で接着剤を塗り直していた、粘土細工の「シェルター」だった。

 防音壁は剥がれ、屋根はひしゃげている。

 カメラのレンズが、床に転がったその無惨な塊をズームで捉える。

「おっと、これは……? 現代っ子の抱える、心の闇かな?」

 ディレクターの目が、獲物を見つけたハイエナのように光った。

 その瞬間。

 僕の隣で、空気が変わった。

「……闇? 君、今、なんて言った?」

 父さんの声から、「アナウンサー」のメッキが剥がれ落ちた。低く、地を這うような、本物の怒りの声。

「これは、息子が僕たちの騒音から身を守るために、必死で構築した『独立国家』だ。闇なんていう安っぽい言葉で片付けるな」

 父さんは立ち上がり、胸元のピンマイクを無造作に引きちぎった。

「ディレクターさん。視聴率が欲しいなら、他を当たりなさい。僕の家族は、君たちの作る『綺麗な箱』には収まりきらない。もっと、厄介で、うるさくて、救いようのない連中なんだ」

 父さんはカメラを真っ直ぐに見据えた。それは、ニュースを読む時の視線ではない。一人の、情けない父親としての視線だった。

「いいか、全国の、いや、熊本の視聴者の皆さん。水前寺航は、家ではただの『発声練習おじさん』です! 弟は無職のロックバカ、居候は屁理屈の塊! そして息子は、そんな僕らに絶望してシェルターを作っている!」

「おい、航! 余計なことまで言うなよ!」

 譲叔父さんがサマーセーターを脱ぎ捨て、革ジャンを羽織った。

「俺のソウルは、こんな安っぽいセットじゃ響かねえんだよ!」

 叔父さんがアンプのスイッチを入れる。爆音のフィードバックノイズが、スタジオと化したリビングを震わせた。

 佐藤先生も、眼鏡をクイと上げ、どこからか予備のホワイトボードを取り出してきた。

「……教育的見地から修正させていただきます。この家は『一流』ではありません。常に崩壊の危機に瀕している『再履修家庭』です。しかし、だからこそ、更新し続ける生命力がある」

 ぐちゃぐちゃだった。

 カメラの前で、父さんは滑舌良く「いかに自分が息子に嫌われているか」を熱弁し、叔父さんは『面談のブルース』を熱唱し、先生は「家庭崩壊の数学的確率」をグラフ化し始めた。

 山岸先生が見たら、即座に警察を呼ぶレベルの惨状。

 ディレクターは顔を真っ青にして「中止だ!」と叫んでいる。

 僕は、床に落ちたシェルターを拾い上げた。

 接着剤は剥がれ、もうボロボロだ。

 でも、それを見て、なぜか少しだけ、胸の奥が軽くなったような気がした。

 数日後。

 放送された番組は、予定されていた「一流家庭特集」ではなく、「密着!熊本の変な家族」というバラエティ特番に変更されていた。

 

 テレビの中の父さんは、これまで見たこともないような、ひどく不細工で、ひどく楽しそうな顔で笑っていた。

「……最悪だよ。明日から学校、行けないじゃないか」

 僕はリビングのソファで、隣に座る父さんに聞こえないくらいの小声で呟いた。

 

 すると、父さんは何も言わず、大きな手で僕の頭をクシャクシャに撫でた。

 その手のひらは、少しだけ熱かった。

 僕は、その手を振り払うことが、どうしてもできなかった。

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