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第1話:菌の芽吹きと影の森

薄暗い森の奥深く、木々の枝が絡み合うように空を覆い、陽光は細い糸のようにしか差し込まない。そこは「影の森」と呼ばれる場所で、冒険者たちが恐れる禁断の領域だった。霧が立ち込め、地面は湿った落ち葉で覆われ、時折、奇妙な唸り声が響く。普通の人間なら、足を踏み入れるだけで命を落とすかもしれない。そんな場所で、俺は膝をつき、息を荒げていた。

俺の名前はリオン・ヴェイル。二十歳の若造で、冒険者ギルドの末席に名を連ねる、ただの駆け出しだ。生まれは辺鄙な村で、両親は農民だったが、俺は幼い頃から剣を振り回すのが好きだった。村を襲う魔獣を倒す英雄に憧れて、十五の時に家を出た。ギルドに入って五年、依頼は主に雑用や低級の魔獣退治。でも、今日の依頼は違った。影の森で採取される希少な薬草「影茸」を集めるというもの。報酬は破格で、俺のような貧乏冒険者が飛びつくには十分だった。

「くそっ、こんなところで迷うなんて……」俺は独り言を呟きながら、周囲を見回した。地図によると、影茸は森の中央部に生えるはずだ。だが、霧が濃すぎて方向感覚が狂う。腰の剣を握りしめ、ゆっくりと前進する。足元で何かがカサカサと音を立て、俺は飛び上がった。見てみれば、小さな虫のような魔物。低級の「霧虫」だ。毒針を飛ばしてくるが、剣で叩き落せば問題ない。

しかし、問題はそれだけじゃなかった。森の奥へ進むにつれ、空気が重く淀み始める。頭がぼんやりし、視界が揺らぐ。これは影の森の呪いか? いや、違う。俺の体に異変が起きていた。額に、何か熱いものが生えてくる感覚。最初は汗かと思ったが、触ってみて愕然とした。そこに、柔らかい突起物が。指で摘むと、ぷにぷにとした感触。鏡がないので確認できないが、まるで……キノコ?

「なんだこれ? 幻覚か?」俺は慌てて額を擦るが、取れない。むしろ、成長するように膨らむ。頭痛が激しくなり、俺は木の根元に座り込んだ。思い返せば、数日前、ギルドの酒場で変な爺さんに絡まれた。あの爺さんが、俺の飲み物に何か仕込んだのか? いや、そんな記憶はない。もしかして、森の空気を吸い込んだせいか?

キノコは徐々に大きくなり、赤い傘のような形になった。直径五センチほどで、表面はつやつやと光っている。匂いは甘酸っぱく、食欲をそそる。だが、頭に生えたものを食べるなんて、正気じゃない。俺は剣を抜き、切ろうとした。刃を額に当てた瞬間、キノコが震え、俺の脳裏に声が響いた。

《食べる……無敵……数秒……》

声? いや、幻聴か。だが、好奇心が勝った。冒険者なんてのは、好奇心の塊だ。俺はキノコを摘み取り、口に放り込んだ。味は意外に美味い。ジューシーで、果実のような甘さ。噛むと、汁が溢れ、体中に熱が広がる。

次の瞬間、体が輝き始めた。黄金色の光が全身を包み、俺の肌が透明に輝く。心臓の鼓動が速くなり、力が湧き上がる。「これは……無敵状態?」俺は直感的に理解した。体当たりだけで敵を倒せそうな気がする。でも、数秒しか持たない。声が言っていた通りだ。

タイミング悪く、周囲から魔獣の気配。影の森の住人、「影狼」だ。灰色の毛皮に赤い目、群れで狩りをする獰猛な奴ら。五匹が俺を取り囲む。普段なら逃げるか、剣で戦うしかないが、今は違う。光が体を包んでいるうちに、俺は飛び出した。

体当たり! 最初の影狼に肩をぶつける。奴の体が爆発したように吹き飛び、木に激突して動かなくなる。痛みは感じない。無敵だ! 二匹目に突進。同じく、一撃で倒す。三匹目、四匹目……だが、五匹目にぶつかる頃、光が薄れ始めた。数秒、正確には五秒ほどか? 最後の影狼が俺の腕に牙を立てようとしたが、俺は剣を振るって仕留めた。光が消え、体が重くなる。息が切れ、膝が震えた。

「はあ、はあ……これが、俺のスキルか?」額を触ると、キノコはなくなっていた。だが、なんとなくわかる。また生えてくるだろう。頭にキノコが生えるスキル。食べると体が光って無敵になり、体当たりで敵を倒せる。でも、数秒しか持たない。それをどう活かすか? 冒険の鍵になるかもしれない。

俺は立ち上がり、影茸を探し続けた。森の中央部に着くと、そこは開けた空間。巨大な古木が立ち、周囲に影茸が群生している。黒い傘のキノコで、薬効が高い。俺は袋に詰め込み始めたが、異変に気づいた。古木の根元から、巨大な影が蠢く。「森の守護者」か? 伝説の魔獣、樹木の精霊のような存在。体長十メートル、枝のような触手が無数に伸びる。

守護者が俺に気づき、触手を振り下ろす。俺は転がって避け、剣を構える。だが、こいつは強すぎる。低級冒険者の俺じゃ、相手にならない。額に熱が戻る。キノコが再び生え始めた! 俺は急いで摘み、口に放り込む。体が輝き、無敵状態に。

「今だ!」俺は守護者に向かって突進。体当たりを連発する。触手が俺に絡みつくが、痛くない。奴の体にぶつかると、木の幹が割れる音がした。だが、数秒で光が消える。俺は後退し、剣で触手を斬る。守護者は怒り狂い、地面を揺らす。キノコはまた生えるか? 額を触るが、まだない。再生に時間が必要なのか?

戦いは激化した。守護者の触手が俺を捕らえ、締め上げる。息が詰まる。「くそ、こんなところで終わるのか……」視界が暗くなる。だが、額に再び熱。キノコが生えた! 俺は必死で手を伸ばし、摘んで食べる。光が爆発し、無敵に。体当たりで触手を吹き飛ばし、守護者の核に突っ込む。一撃で奴は崩れ落ち、霧のように消えた。

勝利の余韻に浸る間もなく、俺は影茸を回収し、森を脱出した。ギルドに戻り、依頼を完了。報酬の金貨を手に、酒場で一杯やる。隣の席に、ベテラン冒険者のエレナが座った。金髪の美女で、俺の先輩だ。

「リオン、生きて帰ってきたの? 影の森は危ないって言ったのに。」彼女はワインを傾けながら、からかうように笑う。

「まあな。でも、なんか変なスキルが目覚めたよ。頭にキノコが生えてさ、それを食べると体が光って無敵になるんだ。体当たりで敵を倒せるけど、数秒しか持たない。」俺は正直に話した。隠す必要はない。

エレナの目が輝く。「へえ、それって『菌王の祝福』じゃない? 古代のスキルで、伝説の冒険者が持ってたって聞いたわ。数秒をどう活かすか、だね。タイミングが命よ。」

彼女の言葉に、俺は頷いた。確かに、数秒の無敵をどう使うか。それが俺の冒険の鍵になる。影の森は序章に過ぎない。もっと大きな脅威が待っているはずだ。ギルドの掲示板に、新しい依頼が張り出されていた。「魔王の影、迫る」。大陸を脅かす大事件。俺はそこに挑む決意をした。

その夜、宿で俺は鏡を見た。額に小さな芽のようなものが。キノコの予兆だ。俺の冒険は、これから本番。数秒の輝きを、最大限に活かすために。

(つづく)

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