08.野盗の死体なんてほっとけばいいじゃん
「野盗の死体なんてほっとけばいいじゃん」
野盗の数は12人くらい?
ステゴロじゃ大変だったろうけどラブカの炎魔法は強力だからわりと早く片が付いた。
まるで炎の中で踊っているようで、そしてみんなが燃えていく中あたしだけが踊りを終えたような、奇妙な爽快感がそこにあった。
すっきりしたからさっさとシャン=ペルデュにいこー!
って張り切ってたのに、アイリスくんは死体ひとつひとつを丁寧にチェックしたり、人数とか武器とかをお手紙に書いて王都に送ったりで、全然出発できない。
「ほっといたら土に還るって。行こうよー、飽きたよー」
「俺の立場では放っておけないんだ」
「王子様だから?」
「そうだ」
帝王学ってやつ?
身分ごとの死体の処理方法なんか教わるんだ。
(って、んなわけないか)
アイリスくんは袖をまくり、額に汗を浮かべながらひとりひとり確かめている。
その様子に従者くん達がおろおろと狼狽えてるのを見ると、王族としてはあり得ない行為なんだろうな。
アイリスくんは焼けただれた死体の形を整え、祈りを捧げている。
正体のチェックだけじゃなくて、アイリスくんは彼らを人として見送ろうとしている。
「ワルモノにお祈りはいらないんじゃないのー」
「【臣民は我が子である】と学んできた。たとえ悪に染まろうとも、な」
「バカ息子じゃん」
子供だったらワルモノでも弔うってこと?
前世のあたしのパパはばっちり血が繋がってたけど、あたしがあいつのどんなトラブルに巻き込まれても助けてはくれなかった。
(……あーあ、胸糞悪いこと思い出しちゃった)
あたしは助けてほしかったのかな?
助けてもらえないのが当たり前で、期待もしてなかったから、考えてもみなかった。
「ねえ、あたしが――」
「殿下!!」
自分でも何を言おうとしたわからなかったけど、何か言おうとしたときにジャストタイミングで別のおじさんの声が聞こえてきた。
「近くの村の長です。連れてまいりました」
「ああ。ご苦労」
ワルモノの埋葬と近隣の被害状況を聞くためにアイリスくんが部下をパシって連れてきたみたい。
でも、村長のおじさんはワルモノの死体に見向きもせず、アイリスくんに縋りついた。
「どうか助けてください! こいつらの一味が、私の娘を……!」
「おい! 殿下に対して不敬だぞ!!」
「よい。続けろ、村長」
あーあ、なんか始まっちゃった。
従者が怒っていたように村長はちょっと失礼な奴で、隣で暇してるあたしのことなんか目もくれずに自分の願いだけをつらつら語ってる。
野盗はこのあたりの森にアジトを構えていて、村の女たちを攫って行ったとか。その村の女たちの中に、自分の娘がいるだとか。
「攫われたのはいつ頃だ?」
「十日ほど前になります」
「十日も放っといてるなんて、捨てたも同然じゃん。それなのに今更助けるのお~?」
都合のいいことばっかり言うおじさんに意地悪したくなって、あたしはつい茶々を入れてしまった。
「決して捨てたわけではありません! 私には力がなく、助けることができなかったのです……!」
「だからそれを【捨てる】って――ぎゃっ!」
――パチン、とアイリスくんの指が鳴って【封魔の首輪】が発動して声が封じられる。
「|あうあういあいっえ、いっあおい《乱用しないって言ったのに》!」
「今のはされて当然だ」
あたしの声を封じたまま、アイリス君は村長に「必ず助ける」と誓ってしまった。
村長は「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も礼を言って――帰った。
「おええおおいお!!」
あたしはあのおじさん嫌い。
助けたいなら、助けるつもりがあるなら、自分が無力でも飛び込めよって思っちゃう。
それで死んでも、名誉の死じゃん。
でもアイリスくんはそのまま村長の背を見送って、従者たちに指示を出し始める。
「場所は森近くの村。街から追われたならず者が徒党を組んで乗っ取ったらしい」
規模おっきいなあ。
だから王族馬車という最高の獲物とはいえ、馬車襲撃に十何人も人数をさけたのか。
「敵数は多く、地の利も奴らにある。ラブカ、お前は嫌ならここで待機していろ」
――パチン、とアイリスくんの指が鳴ると、あたしの声は再び出るようになった。
「待機も嫌、行くのも嫌。この場合はどうしたらいい?」
「なら、【好きなこと】をしろ。何の罪もない若い女を暴力で意のままにする悪漢を殺すのは好きか?」
「好き」
「よし、決まりだ」
誘導された!
でも確かに、あのおじさんにも、鉄砲玉もどきの野盗にもうんざりしてた。
ストレス発散がてらにちょっと暴れてもいいかなあ。
「やるかあ~」
剣でも槍でも弓でも好きな武器を持っていいって言われて、あたしは小さなナイフをもらった。
このサイズなら重くないし、投げてよし、刺してよし、万能だからね。
馬はあたしのことが嫌いなのか、バルバルいってうまく進んでくれない。
それでもどうにか誘導して、あたしは森へと向かった。
***
ラブカからかなり距離を開けて、アイリスとその従者たちがついていく。
無言で馬を進ませている中、ひとりの従者がアイリスに進言した。
「殿下。今回ばかりはラブカ嬢が正しいかと。我々が出る幕ではございません」
「しつこいぞ、オルタンシア」
オルタンシアは、不遇なアイリスを支え続けた従者であり、アイリスの同世代の無二の親友でもある。
そして、乙女ゲーム「flos.」の攻略対象のひとりだ。
紫がかった髪は光を浴びて青色にも見える。光の具合で色を変える美しい髪は彼が絶世の美男子だと呼ばれる所以でもある。
「僕もラブカ嬢に同意です。金を払って傭兵を雇うことも出来たろうに……あの村長は人の善意に頼りすぎている」
「わかっているさ。だが俺は助ける。俺は親に見捨てられたのだから、俺は誰も見捨てない」
「しかし……」
「それに、すぐ終わるさ――」
アイリスはそう言うと、手に持った鏡を覗き込む。
【鏡幻視】と唱えると、遥か先にいるラブカの様子が鏡に映る。
【ぐっへっへっへ、お嬢ちゃん。こんなところにひとりでどうしたんだ?】
森近くのさびれた村の入り口で、ラブカは彼女の二倍ほどの背丈もある男に絡まれていた。
【旅人か? それにしちゃいい服を――】
【邪魔】
スッ、とまるで紙を裂くようにラブカは野盗の喉を一閃する。
【あっ……がひゅっ……ごぽごぽ…………】
器官を裂かれた男は自らの血に溺れ、苦しみ悶えながら絶命する。
ラブカはそれに目をくれることもなく、馬を降りると、村の中を悠々と歩いて行った。
その姿を鏡で見ながら、アイリスはオルタンシアに静かに微笑んだ。
「我々には殺戮令嬢がついている」
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