04.鏡の向こうの破滅の未来
――ガリッ!!!
「っつ――!!」
口の中に差し込まれた舌を思いっきり噛んでやったら、アイリスくんは小さく声を上げて体を離した。
「好きな人がいるの。だからダメ」
口の端に滴るアイリスくんの血を舐め取ってそう答えると、アイリスくんは怒りを滲ませながらも笑っていた。
「お前にはそんな者たくさんいるだろう、アバズレが」
「そんなひどいこと言う人とは付き合いたくなーい」
実際あばずれビッチなのは本物のラブカだけど、面と向かって言われるとカチンとくる。
頭の中のどこか遠くに、ラブカには悪気がなかったという感情が刻まれている。
【ただ人に愛されたかっただけ、人を愛したかっただけ。
その愛を魔法で作ってはいけないなんて、誰も教えてくれなかった――】
――って。
「で、殿下! 何をなさっているのです!」
「魔女め! 俺達だけではなく殿下まで騙したか!」
アイリスくんに封じられて魅了魔法が切れたのか、背景と化していた憲兵と民衆がぎゃあぎゃあと再びわめきだす。
彼らからしたら気づいたら第二王子がいて、しかも処刑直前の悪女と床ドンしてるんだから、そりゃびっくりするよね。
アイリスくんもうるさいなって思ってるのか、あたしの上で大きなため息をついていた。
「移動するか」
「しなくていいよ。あたしは婚約なんてお断り、それでおしまい――!?」
しつこいなあと辟易しているあたしを無視して、アイリスくんは手鏡を取り出した。
「鏡転移」と呟くと、身体が氷のように溶けていく感覚、それに抗うこともできず、あたしは別の空間に転移してしまった。
◇ ◇ ◇
「キャアアアアアアア!!!」
「革命軍がここまで乗り込んできたぞ!」
「私の妻はどこだ!? 娘は!?」
鏡で転移した場所は、戦火の宮殿だった。
あちこち無残に燃え上がり、暴徒と化した民衆が乗り込んで金目のものを奪っていく。
貴族の男は捕えられ、女は連れ去られ、逆らうものは殺される。
「これ、幻?」
「よくわかるな。この国の未来だ」
でも、革命に熱狂するひとたちにあたしとアイリスくんは認識されていないみたい。
何も言わずに歩いていくアイリスくんの後ろを追いかけていくと、謁見の間までたどり着いた。
【呪いの王・アイリス……よく逃げなかったな】
【ここは私の国だ。この国が滅ぶときは俺も滅ぶまで】
そこではアイリスくんがたった一人で革命軍と戦っていた。
アイリスくんはめちゃつよだけど、未来のアイリスくんは多勢に無勢で死にかけって感じ。
血だらけでボロボロで、それでもまっすぐ立っているところはちょっとカッコイイと思った。
「これ知ってる! アイリスくんルートの破滅エンドじゃん!」
あたしはこの光景に見覚えがある。
これはアイリス君が王位継承した結果、呪いの王として民衆のうっ憤の矛先になり、革命軍が力をつけてしまったルート。
実際アイリスくんはいい政治をしようとしてたけど、民衆は重税と階級差別・貴族の腐敗に怒りがたまって、もうどんなきっかけでもいいから王政を終わらせたかった。
「破滅エンド、か……」
アイリスくんにはわかる筈もない話をしているのに、彼は笑って頷いていた。
「隣国の令嬢が似たようなことを言っていた。【破滅エンドがあるからこの国に未来はない】とな。この魔法も、その女が授けてくれたものだ」
破滅エンド……この世界にはない言葉だ。
アイリスくんに吹き込んだ人がいるってことは、あたしと同じように転生した人がいるのかな。
「名は確か、アンネロッテ」
でも、知らない人だった。
【我が名はアイリス・ノワール・レ=ザン! このレ=ザン王国の最後の王である!】
そんなことを話している間にも、革命劇は終わりを迎えようとしていた。
アイリスくんは体中を貫かれながら、それでも剣を大きく振り上げて名乗りを上げている。
「この国は滅ぶ。革命軍の手によって。お前が詐欺程度で処刑になるのも、王家に潜む革命軍が王政の腐敗の象徴として民衆に見せしめにしたいからだ」
【俺は俺のまま、俺として、ここで死ぬ!!!】
「ラブカ、お前の魔法を俺のために使え。そうすれば俺の婚約者として恩赦を与え、革命軍を滅ぼした暁には解放してやる」
今のアイリス君の後ろで、未来のアイリスくんは絶命した。
革命軍に体を奪われない様、最後は自らを魔法で爆散させて、何一つ残さず消えていった。
アイリスくんの狙いはわかった。
未来の革命を阻止して、破滅エンドを回避する為にあたしの力が必要なんだ。
そしてその提案は、あたしにとっても悪いものじゃない。
「あたしの人生はさ、そういう大人のじじょーに巻き込まれっぱなしだった」
「……前世、か」
「おやじのせいでいっつも命を狙われて。何もしてないのに悪い子呼ばわり。しかも、最後はおやじの敵の鉄砲玉に轢き殺された。まだ15歳だったんだよ?」
15歳……そうだ、あたし15歳だったんだ。
ラブカは18歳だから、あたしは何年かをスキップしてる。
15歳をもっと生きたかった、16歳になりたかった、17歳で恋もしてみたかった。
「とっても可哀想でしょ? 不憫でしょ? だからあたしは今回は自由に生きるの」
でも、ラブカになれたことにはきっと意味があるんだと思う。
「好きな人を愛して、嫌いな人を殺して、嫌なものからは逃げて、むかつくものは壊す……。だって前世はあんなに不憫だったんだから、神さまだって許してくれる」
今度は自由に生きていいよ、って。
神様からのメッセージなんだ。
「可哀想なあたしは、なにをしてもいいの」
あたしの言葉を聞くと、アイリス君は笑っていた。
気づけば革命劇は終わっていて、色を失った世界にあたしたちは取り残されていた。
「ふっ……自由は与えられずともよいということか」
「そういうこと。死ぬなら一人で死んでね、じゃ」
難しい話はオシマイ。
あたしは処刑から逃げて、別の国で生きなおそう。
出口はどこかなーっときょろきょろしていると、アイリスくんはめげずに交渉を持ち掛けてくる。
「では、”好きな人”を与えると言ったら?」
「……好きな人?」
「俺の権力で結婚させるも良し、魅了魔法を返してやるから自分で好きにするも良し……お前は【好きな人】がいるんだろう?」
好きな人。
それは、桃色の髪の爽やかな男装令嬢。
騎士道を重んじる、この世で最も美しい人――この物語のヒロイン。
悪役令嬢のあたしじゃ絶対に手に入らないその人が、この契約で手に入る……
「……騎士の「ソル」くん」
「ああ、絶華の騎士団長か。ああいう堅苦しいのが好きなんだな。いいだろう、俺の権力でお前の伴侶にしてやる。革命軍を滅ぼした暁には、魅了魔法で心も奪えばいい」
頭で考えるより先に、「いいよ」とあたしは答えていた。
アイリスくんの手を握ると、ぎゅっと誓いの握手を行う。
「それでは、契約成立だ」
そして、あたしたちは元の世界に戻っていった。
◇ ◇ ◇
「それでは、極悪令嬢、ラブカ・ディオールの処刑を行う!!!」
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