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03.大大大大大キライな王子

「ソレイユちゃん好き! 結婚してぇ~~!!!」


 あたしの悲しい叫びは地下牢には響くけど、肝心のソレイユちゃんにはきっと届いてない。

 階段を上って、長い長い……長ーーーーーい廊下を走り抜けると、ようやく光が差す方が見えてきた。

 ここは牢獄らしいけど、旧い宮殿を利用しているって設定だったかも。

 だからか、地上へ上がると内装は豪華で綺麗だった。

 

「出口……なのにっ……」

 

 長い事牢獄生活だったせいか、この体はうまく走れない。

 少し走っただけでも息が切れちゃって、光が差し込む方の扉に向かう足が止まる。


 ぜえぜえと息を整えていると、最悪な状況が再び訪れた。


「貴様! ここで何をしている!?」

「若い女……まさかラブカか!?」

「ラブカ……確か銀髪だったはずでは……」


 あー、鬱陶しい。

 憲兵と、あたしの処刑を待ちきれない愚民共がわらわらと宮殿に集まってきている。

 娯楽のない世界で貴族の処刑は一大イベント……らしい。

 民衆たちは興奮して、いまかいまかとあたしの登場を待ち望んでいた。


「逃げるな! 卑怯者!」

「今すぐ殺せ!!!」

 

 そんな中、肝心の主役(あたし)が逃げようとしているもんだから民衆たちは大騒ぎしかけている。


「ギロチンなんて生ぬるい! みんなで殴り殺せ!」


 うん、殺そう。

 相手は10人だかいるけれど、リンチで殺されるくらいなら死ぬまで噛み付いてやろう。

 

 いつもそうだ。

 あたしの周りは暴力ばっかりで、誰も人間扱いしてくれない。

 転生しても何も変わらない現実にがっかりしながら、あたしは拳を構えた。


「ぐへへ……俺がやってやるよ……」


 ビール腹の不細工なおじさんがあたしを小ばかにしながら歩み寄ってくる。

 その手には馬用の鞭……ああ、やだやだ。武器くらい人間用にしてよ。


 短鞭なら間合いは読みやすい。

 相手の動きを見るためにじっと瞳を見つめる。

 目線が動く、足が一歩出て、腕の筋肉が動く――よし、今だ……!!

 

「す、好きだ……!!」

「はえ?」


 だけど、おじさんは手に持った鞭を振り下ろすことはなかった。

 がくりと地面に膝をつくと、私の腕にすがりつく。


「おえっ、やめてよ気持ち悪い―!」

「好きだ、ラブカ様! どうか俺を許してくれ……」


 なんか、様子おかしくない……?

 他の人はどう思ってるんだろう、そう思って周りを見渡すと、さっきまで熱狂に浮かれていた民衆も憲兵もじっとりとあたしを見つめている。


「お美しい……」

「誰だ! 彼女を殺そうとするものは!?」

「俺がそいつを殺してやる!」

 

 でも、全員同じ状態だった。

 あたしの顔をうっとりと見つめているかと思うと、敵意は見えない相手に向いてしまっている。

 これは、ラブカの魅了魔法――!

 

「さすがラブカ嬢。世界唯一の魅了魔法使い。瞳を合わせるだけで男が落ちる」


 状況がわからずに戸惑っていると、宮殿の影から尊大な声が聞こえてきた。

 その男はずっと影にいて顔は見えないけど、影に溶けるような黒髪には覚えがある。

 悪魔の証の黒髪……それを持つ第二王子――アイリス・ノワール・レ=ザン。

 

 呪いの証の赤髪と同じように、この国には不吉な髪色がある。

 黒髪は母親が悪魔と姦通した証、王族で生まれることなどあってはならない禁忌の色。

 第二王子に生まれながらも、幼い頃から僻地に追いやられ、いないものとして扱われていた忌子。

 ――と言う設定の、乙女ゲーム「flos.」の攻略対象!


 たしか筆頭の攻略キャラで、トップ画面のイラストもアイリスくんなんだよね。

 ピンク髪の凛々しいソレイユちゃんと並ぶには暗すぎてあんまり似合わないかなって思ってるけど。

 ソレイユちゃんは凛々しい男装令嬢だから、隣に立つのは明るくておしゃれで可愛いあたしの方が……


「だが、お前は誰だ?」 


 そんなことを考えていたら、アイリスくんの言葉に心臓が跳ねた。


「本物のラブカに体術の心得は無く、逆境に立ち向かう勇気もない。しかしお前はラブカと同じ顔をしている」

「アイリスくんには関係ないじゃん」

「大方、ラブカの呼び寄せた悪魔と言うところだろう。彼女の体を乗っ取って逃げ出そうとしていると」


 ぐ、大体あってるかも……

 

 アイリスくんは頭が良くて厄介だ。

 たしかラブカの魅了魔法は、互いの目線が合わないと成立しない。

 だから暗闇の牢獄では発動せず、影に潜むアイリスくんにも使えない。


「死にたくないの。逃がしてくれる?」


 じゃ、暴力しかないか。

 

 あたしは再び拳を構える。

 設定の上だとアイリスくんはこの国一番の剣技の使い手だ。

 勝てるかはわからないけど、戦わないと死ぬだけ。

 

「ふっ……」


 アイリスくんの笑い声と共に、彼が動いた。


――シュンッ!!


 剣の軌道を見切って一歩下がる。


「きゃあっ!!!」

 

 剣は避けられたはずなのに、虚空を裂いた剣の衝撃波があたしを襲う。

 骨の髄まで凍らせるようなそれは、氷魔法を伴った剣技。

 まんまとくらってしまったあたしの腕は氷漬けになり、関節まで凍らされて動きが止まる。


 でも、それが油断になる。


 攻撃が成功してアイリスくんが「ふっ」と安堵の息を吐いた瞬間、低い位置にかがみこんで蹴り上げる。

 顎を狙ったけど、さすがにガードされたので、アイリスくんの腕がひび割れる音しか響かない。


 だけどガードが崩れた。

 その隙を狙って、あたしは詠唱を唱えた。

 

「ファイアボール!!」


 あたしひとりじゃ勝てないし、ラブカひとりでも勝てない。

 でも、あたしの暴力とラブカの魔法なら――あたしは最強の殺戮令嬢になれる!!


――ボウウッ!!!


 くぐもった音を立てて火球がアイリスくんを襲う。

 咄嗟の氷魔法でガードしきれなかった火球がアイリスくんの骨を焼いた。

 

「くっ――!!」


 このままとどめを刺す!

 振り上げた踵を脳髄に叩き込んでやろうとしたとき、逆に足を取られてしまった。


「きゃっ――」


 あたしは大理石の床に叩きつけられ、アイリスくんに覆いかぶさられる。

 瞳が合わない様、目を手のひらで抑えられる。

 でも、この距離なら攻撃魔法でぶち殺せる。


 その呪文を詠唱しようとしたとき――


「んっ――」


 あたしは唇を奪われた。

 ラブカ()は沢山のキスを知ってるけど、中身(あたし)はキスなんて初めてで……


「はぁっ……」


 くすぐったい感覚と、脳が融けそうな痺れに体の力が抜けてしまう。

 その瞬間、瞳に激痛が走った。


魔封じ(アンティ・スペル)

「キャアアアアッ!!!!」


 瞳に直接針を打たれたような激痛が走る。

 あたりが真っ赤に染まる。

 視覚は残っているけど、まるで他人の視点が介入しているような違和感が脳を襲う。


「お前の魅了魔法を支配した。これで俺の許可以外で使用することはできない」

「ひっどいなあ……」


 呆然としている間に、低い声が耳元で囁いた。

 

「俺と婚約しろ。ラブカ・ディオール」

お読みいただきありがとうございます!

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