02.我儘姫に狂気を添えて
【あははははははは!!!! みんなバカみたい!】
道に放り出されたスマホの中の女の子が高らかに笑っている。
馬鹿な王子を騙して、邪魔する女を処刑して、極悪非道な令嬢・ラブカは勝利に酔いしれていた。
「いい……なあ……」
あたしの大事なスマホ、手を伸ばしたいけど身動き一つとれない。
何故ならあたしは車に吹っ飛ばされて、コンクリの壁に挟まれて、じわじわ苦しみながら死んでいる最中だから。
何もかもが潰れてる感覚がするのに、頭は妙に冴えていて。
あたしが死んでも、元凶の親父は何も感じないんだろうなってことだけはっきりと思い浮かぶ。
【ラブカ・ディオール! 貴様を反逆罪で逮捕する】
【な、なによ! あたしは何もしてないわ!】
死にかけのあたしを置いて、オートモードの乙女ゲームはストーリーを進めてしまう。
この後ラブカは革命軍に処刑されて、ギロチンでバッサリ。
我儘娘にお似合いの、哀れな結末が待っている。
とはいえ、轢死で即死できない身からしたらギロチンバッサリは人道的な気もするけど。
【命までは取らない。どうか悔い改めてくれ】
ああ、ヒロインが出てる。
かっこいー。
もっと見てたいな、このシーン大好きだから……
【嫌よ! あたしはあたしとして生きた! 変わることなんてありえない!!!】
ラブカは決して頭を下げず、極悪非道なまま地下牢に囚われた。
数日後に処刑されるらしい。
「おそろいだね」
その言葉が最期。
あたしの前世の人生はオシマイ。
哀れで惨めで、とっても可哀想だった。
◇ ◇ ◇
前世のあたしは普通の女の子だった。
パパがヤクザで、そこらじゅう敵だらけで、最近ちょっと命を狙われてたけど。
あたしはあくまで普通の女の子。
なのに下校中に車で特攻なんて、女子高生相手にオーバーキルじゃない?
で、吹っ飛ばされて、気づいたら転生してた。
転生先はあたしの大好きなゲーム「flos.」。
中世? のフランスみたいな場所が舞台の、剣と魔法と夢とドレスと宝石でいっぱいの素敵なお話!
ヒロイン・ソレイユは男装騎士【ソル】として騎士団に入って、王子とか騎士とかいろんな人と、身分を隠した恋愛を楽しむの。
あたしはヒロインがいちばん好きだった!
だって前世じゃ男社会のわけわかんない極道騒動に巻き込まれて死んじゃったし。
あたしもあんなふうに強かったら、好き放題して生きていけるのになって。
「なのに……なんでラブカなの……!!!」
あたしが転生したのは「ラブカ・ディオール」という高飛車なお姫様。
元は平民の男爵令嬢だけど、可愛いからって男をたぶらかして、財政難の国で好き放題散在。
ヒロインとも敵対して、救いの手を差し伸べられるけど、断っちゃうんだよね。
で、処刑。
「ていうか、今既に処刑寸前じゃない!?」
素敵なお屋敷に住むお嬢様になれるんだろうなって思ってたのに、狭くて汚い地下牢があたしの新しい居場所だった。
灰色の壁、石の床、お布団代わりの藁……藁!?
壁に打ちつけられた鉄の輪と、部屋の隅に置かれたブリキのバケツ。
鏡がないから自分の姿は見えないけど、真っ赤な髪が視界に入る。
あれ、可笑しいな。
ラブカって銀髪だったはずだけど――
「ていうか、詰んでるじゃん!」
せっかく転生したのに誰も状況を教えてくれない。
ひとりぼっちってさみしいし、転生させた奴も責任取ってよ!
「ラブカ殿。処刑場へお連れします」
あ、人が来た。
と思ったらあたしを救ってくれる人じゃないみたい。
桃色の髪の青年と、顔をすっぽり布で覆った処刑人っぽい人たち。
桃色の髪、どこかで見たような……
「あ、ソレイユ――」
「っ――黙れ!!!」
ヒロインのソレイユ・ド・ルクシオン伯爵令嬢だ!
今は男装してるからソルって名乗ってるんだっけ。
ソレイユちゃんの邪魔しちゃだめだ。
うっかり口を滑らさないようにあたしは手で口を押える。
「早く来い! この愚図が!」
そんなことをしていると、しびれを切らした処刑人に手を掴まれる。
あたしの腕はやせ細っていて、あざだらけ。
――ドクンッ
心臓が跳ねると同時に、洪水のようにラブカの記憶が頭に流れてくる。
王太子をたぶらかして贅沢三昧、そしてそれを咎める王太子の婚約者を失脚させ処刑させた。
そしてその罪であたしは捕らわれた。
そこは地獄だった。
女性の権利など一切守られず、下衆な看守が毎日ヤジを飛ばす。
(そうだ。それで毎日世界を呪ってたら、髪が赤くなっちゃったんだ)
たしか火のような赤毛は呪いの証。
毎日毎日人を呪っていたら、悪魔との契約が成立して赤毛に変身・あたしが転生! って感じなのかな。
えー、じゃあこの状況。あたしにどうにかしろってこと?
今乱暴に扱ってくる処刑人の、布に隠された顔の奥にある瞳には覚えがある。
ラブカを虐めていた人だ。
「彼女は令嬢として死ぬのだ! 丁寧に扱わないか!」
ソレイユちゃんは優しい!
彼女(男装中だから彼かな?)は紳士で、処刑人の乱暴な振る舞いに怒ってくれる。
けど、あたしはそれどころじゃない。
「転生後即死亡!? それじゃ意味ないじゃん!」
「ついに狂ったか! この悪女め!」
「おじさんも悪者じゃん! あたしのこと毎晩――」
「っ……黙れ!!」
処刑人がぶんと腕を振り上げる。
殴られる――と思ったけど、動きはびっくりするほどゆっくりだった。
前世のあたしは極道の娘で、嫌われ者のパパの代わりにしょっちゅう命を狙われてた。
そのせいで暴力が日常で、あたしは自分を守るために喧嘩術を身に付けた。
相手の動きの全てを読み、未来を予測する。
異様に鋭くなった動体視力が、相手の動きを緩やかに見ることができる。
止まったような時の中であたしは動く。
掴まれた腕を振りほどき、身をひるがえして後ろに回り込む。
これでいったん一安心、なんだけど――
「……殺そうかな。殺したいよね、ラブカも」
正義や任務を引き合いに乱暴されたラブカの心が少しだけわかってしまう。
前世のあたしもそうだったから……
うん。哀れなラブカと、これからのあたしの人生の為に、こいつは殺しておこう。
あたしは処刑人の首に腕を回し、全力で締め上げた。
「おっごぉ――!?」
そしてゾーンは終わり、処刑人は泡を吹いて倒れた。
「貴様!」
ついでに他の処刑人もぶっ殺しちゃおう。
こいつらも、ラブカのこと虐めた、死ね♡
剣を持つ腕をねじり上げ、力が抜けたところでその剣を奪う。
相手が驚く声を上げる前にその喉を切り裂けば、2人目、3人目も簡単に堕ちていった。
「ホーリーランス!!」
「……!?」
ソレイユちゃんの声と共に、シュン! と矢を裂くような音が聞こえて、あたしの脇を光の槍がかすめていった。
「魔法……!」
しまった。この世界には魔法があった。
魔法はこの世界の激ヤバ兵器。体術剣術じゃ相手にならない。
「まずい……!!」
光の槍があたしの体を貫く……
その瞬間、あたしの目の前に炎の障壁が展開し、光の槍は炎に溶けた。
「……さすがラブカ。魔法ひとつでのし上がっただけのことはある」
そっかラブカは魔法が得意で、その能力で男爵家の養子になったんだっけ。
生まれつきの魔力過多。
炎系統は呼吸するみたいに使える――それがラブカの資質。
「行け」
「えっ……」
「ここは正義の執行所。不当な扱いを受けたお前を殺すわけにはいかない」
バトルになっちゃうかなって思ったけど、ソレイユちゃんは私を逃がしてくれた。
「知らぬこととはいえ、すまなかった」
と、謝って――
あたし、人に謝られたのも、優しくされたのも、初めてだった。
どくどくと心臓が脈を打つのがわかる。
顔が真っ赤になって、声が出ない。
この気持ちは、きっと、あたしがずっと欲していた――
愛だ。
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