15.あたしの心とちょっと違う
その夜、あたしはうっきうきだった。
「この服でいいかなあ~。お化粧したほうがいいかなあ~。張り切りすぎたらやっぱりうざい?」
アイリスくんに課せられた【フローライト堕とし】のミッションは早々に成功。
あとはじっくり情報を吐かせるだけでいいんだよね。
アンネロッテが強すぎるのは想定外だったけど、フローライトくんの権力でじわじわ殺していけばいいもんね。
うん、楽勝!
そんなことより、入学式で約束したソルくんとの約束のほうが大事。
『はは。じゃあ、今日の夜なんかどうだ?』
入学式で貸してもらったハンカチを返すためだけの小さな約束、だけど。
大好きな人と2人っきりで話せる機会にあたしはのぼせ上ってた。
「髪の毛よし! お化粧なし!」
でも香水だけちょっとつけておこ……
ソルくんは男装してるけど、女の子同士だからあんまり張り切って準備したら引かれちゃうかも。
まだデートじゃないもんね、お友達同士。
だからあんまり気負わずに、これくらいがちょうどいい。
「……そう、だよね」
あれ、なんでこんなに自信ないんだろう。
――コンコン
そんなことを考えていたら、控えめなノックが鳴る。
ソルくんだ!
「はーい! 今開けるね!」
これから夜のデート!
あたしのドキドキの学園生活は、これから始まるんだ――!
***
「ソルくん! いらっしゃい!」
扉を開けた先には、制服を着たソルくんがいた。
「しー、ラブカ嬢。こっそり男子寮を抜け出してきてるんだから」
「あ、ごめんね! しー……」
あたしの大声に、人差し指を立てて「しー」と叱ってくれる。
男装姿も超イケメンだけど、細い指やふっくらとした唇は女の子のものだ。
ふわりと香るお花の香りは、お母さんを思わせるようにやさしい。
(お母さんに会ったことないけど)
「……どうした、ラブカ嬢?」
ソルくんに見とれてたら、謎の沈黙の時間ができちゃった。
不思議そうにこっちを見つめるソルくん。
下心がありますなんてバレたら帰っちゃうと思って、あたしは慌てて話を切り出した。
「あ、あのね! ハンカチ、ちゃんと洗って、アイロンもかけたんだよ」
「そこまでしなくていいのに。ありがとう」
(やばい、さっそく核心に入っちゃったせいで話が終わっちゃう!)
もっとたくさんお話ししたいのにー!
お部屋に入ってもらって、お菓子もお茶もあるよって言いたいのに。
ソルくんを前にすると、頭がふわふわして何も浮かばなくなっちゃう。
「少しだけ、お邪魔してもいいかな」
でも、ソルくんは優しい。
あたしが名残惜しそうな顔をしているのに気付いたのか、甘い時間をちょっとだけくれるって言ってくれた。
しかも、あたしの部屋で。
「えっ、あ、も、もちろん! 入って!」
あわよくばって思ってたけど、まさか本当に全部叶うなんて。
あたしは掃除したてのきれいな部屋にお招きすると、ソルくんはにっこりと笑ってお部屋に入ってくれた。
***
「――でね、でね! 馬車ってすっごく暇だから、あたしずっと木の数えてたの」
「はは。実は私も暇な時はそうしてる。誰にも内緒だぞ」
「お揃いだー!」
甘ーいお茶と、甘いお菓子としょっぱいお菓子を並べて、楽しいお茶会は続いた。
あたしが一方的に話し続けるばっかりじゃなくて、ソルくんもたくさんお話ししてくれる。
こういうおしゃべり好きなところとか、オチのない話を取り留めもなく話し続けてくれるところとか、大好き!
アイリスのやつは聞いてばっかで(聞いてもないし!)つまんないもんね。
「アイリス殿下とはうまくやっているか? 突然の婚姻だったが……」
「あー、アイリスね……」
もう最悪なのアイツ!
暗いし強引だし、【魔封じ】なんて付けてあたしのこと縛るの、DVじゃない!?
――そう言おうとしたとき、喉がぐっと詰まる。
破滅の未来を見ても凛としていた瞳が、野盗を倒して女の子を助けた時の優しい笑顔が、頭から離れない。
「……結構、いいところもあるよ」
口から出たのは、あたしの心とちょっと違う言葉だった。
(アイリスのことはキライだけど、誰かに悪口を言うほどでもないというか……)
「そうか、もう遅かったか」
「ソルくん……?」
突然、ソルくんの声が冷たくなる。
どうしたの? さっきまであんなに優しく話してくれてたのに。
(なんかしちゃった!? でも、入学式の時は優しくしてくれたし、そのあとも特に変なことは……)
変なこと……あれ、そういえば……
「あ、あたし……湖でソルくんのこと」
ぐらり、視界が揺れる。
まともに座ってられなくて、床に倒れこむ。
吐き気がすごい、目が開けていられない。
床にへたり込んだあたしをソルくんがお姫様抱っこしてくれる。
うれしい、なんて思うこともできないくらい具合が悪いけど……
「おやすみ、ラブカ嬢」
ソルくんの優しい言葉と一緒に、あたしの意識は途絶えた。
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